3話 「弟子が二人、家は一軒(足りない)」
サルトリ村の朝は、静か――ではない。
鶏がうるさい。とにかく自己主張が激しい。
「コケェェェッ!!」
「……目覚まし時計にしては音量が過剰だな」
縁側でコーヒーを淹れながら、レイはため息をついた。
巨大火山島サルコジ。人は住まない、未開発地。
村長は自分一人、村民は鶏と牛と愛馬だけ――のはずだった。
昨日までは。
「先生! おはようございます!!」
元気よく扉を開けたのは、ドワーフ娘のマイ・ジョンソン。
すでに作業着、すでに煤まみれ、すでに全力。
「朝鍛冶、最高です!」
「朝から火力が高すぎる」
「ドワーフは朝イチが一番ノるんです!」
「知らない文化を押し付けるな」
納屋の横――いや、元・納屋があった場所から、カンカンと金属音が響く。
昨日の時点で、なぜか鍛冶工房が完成していた。
「……確認するが、あれは?」
「私の工房です!」
「いつ許可した?」
「昨日、師匠が『好きにしていい』って!」
「言ってない」
「言いました!」
「言ってない!」
そこへ、きっちりとした足音。
「レイ師匠。おはようございます」
背筋を伸ばし、完璧な礼。
金髪の騎士、アーモンド・ハイネである。
「……おはよう」
「本日も修行をお願い致します」
「……修行?」
「はい。弟子として」
レイは、コーヒーを一口飲んだ。
「……確認する」
「はい!」
「はい!」
「君たちは、いつから弟子になった?」
マイが手を挙げる。
「昨日です!」
アーモンドも続く。
「私も、昨晩のうちに」
「……誰の許可で」
「先生です!」
「師匠です!」
「……俺、記憶喪失か?」
二人は顔を見合わせた。
「え?」
「え?」
沈黙。
そして、マイがニコッと笑った。
「じゃあ、今ここで正式にお願いします!」
「押しが強すぎる」
アーモンドが真剣な目で言う。
「父からの書状に、明確に書いてありました。
**“剣聖レイの元で学べ”**と」
「親が勝手に決めるな……」
「ですが、私は本気です」
マイも胸を張る。
「私もです! 師匠の剣、見た瞬間に決めました!」
「剣、振ってないが?」
「雰囲気です!」
「判断基準が雑だな」
レイはしばらく二人を見つめ、深く息を吐いた。
「……条件がある」
二人が一斉に姿勢を正す。
「はい!」
「なんでしょう!」
「家を増やす」
「……家?」
「この家は一人用だ」
「確かに!」
「今は三人だ」
「狭いですね!」
「だから――」
レイは淡々と言った。
「増築する」
マイの目が輝いた。
「やったぁぁぁ!!」
「なんで喜ぶ」
「建築は鍛冶の延長です!」
「今、初めて聞いた」
「今日、考えました!」
アーモンドが控えめに手を挙げる。
「……誰が、増築を?」
レイはマイを見る。
「……頼めるか?」
一拍。
「はいっ!! 任せてください!!」
即答だった。
「設計します! 寝室二つ、共有スペース拡張、訓練場――」
「待て、話が早すぎる」
「風呂も増やします?」
「増やす方向で進めるな!」
「水回り大事です!」
アーモンドが小さく頷いた。
「確かに……」
「君もか」
こうして、家の増築が決定した。
昼前。
レイは縁側に戻り、残りの手紙の束を広げた。
「さて……問題はこっちだ」
まず一通目。ギルドから。
『サルコジ島周辺にて魔物増加を確認。
特に海路、海賊の動きあり。
剣聖殿、警戒を』
「……海賊」
「暴欲系ですね!」
「分類するな」
次。ドワーフ王国。
『火山島鉱脈、調査希望。
鍛冶環境、非常に良好との噂あり』
マイが胸を張る。
「噂、広がってます!」
「誰が流した」
「私です!」
「だろうな……」
最後の一通。
エルフ文字、王家の封。
――ニベア。
『レイ。
あなたの村、人が集まり始めています。
良いことですが、目立ちます。
剣は錆びさせないで。
追伸:弟子が増えたそうですね。』
「……早いな」
「女王陛下ですか?」
「だな」
「情報網、怖いですね!」
「エルフだ」
レイは手紙を畳み、空を見上げた。
静かな村は、もう静かではない。
弟子が増え、家が増え、厄介事も増えた。
「……忙しくなるぞ」
マイは笑い、
アーモンドは真剣に頷いた。
「はい!」
「望むところです!」
剣聖の隠居生活は、こうして終わった。
代わりに始まったのは――
弟子と増築と、騒がしい日常だった。




