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マイアーモンドクリーム----コーヒー好きな剣聖は今日も弟子を鍛えます---  作者: イサクララツカ


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28/82

28話 「火山と鉄と、女王のいない午後」


 朝食の片付けが終わる頃、ニベアは静かに立ち上がった。

 いつもの野良着ではなく、淡い青緑のローブ。肩にかかる金糸の刺繍が、彼女がただの“村の奥さん”ではないことを思い出させる。

「レイ、午後から会議なの。カーターに戻るわ」

 そう言って、指先で軽く空をなぞる。

 瞬間、床に淡く輝く魔法陣が浮かび上がった。精緻で、静かで、圧倒的。

 古代魔法――血統契約魔法。

 世界で使えるのは、彼女と、その娘だけ。

「夕方には戻れると思うけど……無理はしないでね?」

 振り返ったニベアは、女王ではなく、完全に“心配する妻”の顔だった。

「分かってる。コーヒー飲んで待ってるさ」

 レイがいつもの調子で返すと、ニベアは少し笑って、次の瞬間には光の中へ溶けた。

 空間が閉じ、朝の家に静けさが戻る。

 ――嵐の目が、去った。

「……よし」

 レイは即座にコーヒーを淹れた。

 剣聖特製ブレンド。精神安定。今日も世界はギリギリ保たれている。

 弟子三人は、すでに庭で準備運動を始めていた。

「午前の課題、終わりましたー!」

 アーモンドが報告する。剣の型、基礎走、体幹。完璧。

「私も! 魔法制御、誤差三%以内!」

 クリームが胸を張る。エルフ的には「まだまだ」だが、人間基準なら異常。

「ハンマーの素振り、五百回!」

 マイは満足げに金槌を掲げた。地面が少し凹んでいる。

「よし。昼だ」

 昼食はビーフシチュー。

 昨日仕込んだ分を温めただけだが、レイの料理は“安定して旨い”。

 三人は無言で食べ、無言でおかわりをした。

「……で」

 スプーンを置き、マイが言う。

「午後、鉄鉱石取りに行きたい」

 レイは頷いた。

「予定通りだな。場所は分かってるな?」

「火山の北斜面。赤黒い岩が露出してるところ」

「正解。ただし――」

 レイはコーヒーを一口。

「危険だ。魔物も特有だし、運が悪ければドラゴンに会う」

 三人の表情が引き締まる。

「今日は“戦う”ためじゃない。“採る”ために行く。

 無理はしない。兆候があったら即撤退。いいな?」

「「「はい!」」」

 火山は、サルコジ島の中心にそびえる。

 標高は高く、空気は薄く、地面は常に熱を帯びている。

 途中、溶岩の名残が黒い川のように固まっている場所を越える。

 足元から、じわりと熱が伝わる。

「暑……」

 クリームが汗をぬぐう。

「エルフ、火山向いてない……」

「でも、鉄は好きでしょ?」

 マイが笑う。

「……嫌いじゃない」

 アーモンドは周囲を警戒しながら進む。

「魔物の気配、薄いけど……静かすぎる」

「いい観察だ」

 レイは双剣に手をかけたまま、歩調を落とした。

 やがて、赤錆色の岩肌が露出した斜面に辿り着く。

 鉄鉱石だ。質も悪くない。

「ここだ。手早く――」

 その時。

 遠くで、低い羽音が響いた。

 空を見上げると、雲の向こうに巨大な影。

 ドラゴン。

 完全な成体ではないが、それでも脅威だ。

「撤退準備」

 レイの声は低く、迷いがない。

 マイは即座に採掘用の道具をまとめ、アーモンドは前に出る。

 クリームは無詠唱で遮蔽結界を張った。

 影は旋回し、一度こちらを見た――が、興味を失ったように山の向こうへ消えた。

 沈黙。

「……行った?」

「行ったな」

 レイは小さく息を吐いた。

「今日はここまでだ。十分採れた」

 マイが袋を担ぐ。重い。満足そうだ。

「鍛冶、はかどる」

「生きて帰れて何よりです……」

 クリームがその場に座り込む。

「ドラゴン、無理……」

「だから言っただろ。今日は“戦わない日”だ」

 下山の途中、レイはふと空を見上げた。

 遠く、カーター王国の方角。

(会議、荒れてるだろうな)

 ニベアの顔が浮かぶ。

 強くて、美しくて、責任の塊みたいな女王。

 ――でも、ちゃんと帰ってくる。

 レイはコーヒーの残りを思い出し、少しだけ歩みを速めた。

「師匠」

 アーモンドが言う。

「女王様、戻ったら……また重力かけますよね」

「間違いなくな」

「……覚悟しとこ」

 夕方、家に戻ると、火山の熱とは別の“日常”が待っている。

 剣聖は、コーヒーを飲む。

 それが、この家の平和の合図だった。

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