27話 「パーティー名会議は、だいたい事故る」
サルコジ港のギルドは、朝から潮の匂いと人の熱気でむんむんしていた。
船乗り、商人、冒険者、鍛冶屋、なぜか羊――ここはいつだって「生活」がうるさい。
その入口で、違いのわかる剣聖レイは、深呼吸の代わりにコーヒーを一口、喉に流し込む。
精神安定。世界の真理。
「よし。今日は“弟子三人のパーティー登録”だけだ。平和だな……」
「フラグ立てないでください、師匠」
即座に突っ込むのはアーモンド。騎士団仕込みの真面目さが、ツッコミに変換されている。
隣でマイはにこにこ。何か楽しそう。
そしてクリームは帽子の影で唇を尖らせていた。
「そもそも、港が暑い。潮風が生ぬるい。火山島、だめ。エルフ干からびる……」
「干からびてから言え。まだ潤ってる」
「師匠、優しさがゼロ……」
その背後から、ふわりと花の匂いがした。
野良着なのに女王感が消えない、エルフ女王ニベアが腕を組んで立っている。目が笑っていない。笑っていないのに美しい。反則。
「さあ、三人。名前は決めたの? 恥ずかしいのは却下よ」
昨晩から、三人は真剣にパーティー名を考えていた。
――しかし、真剣な議論ほど、だいたい変な方向に行く。
「第一候補はこれ! 『銀槌と紅の刃と翠の詠唱』!」
マイが紙を掲げる。字が丁寧。内容が中二。
「長い! 看板に書く前に日が暮れる!」
アーモンドが即座に折る。
「じゃあ第二候補! 『魔神戦槌ホームランズ』!」
「スポーツチームみたいだ! あと私、野球よく分かんない!」
「コツコツコーン!」
「擬音で押すな!」
クリームがメモを取りながら、冷静に言った。
「……私はシンプルが良いです。『女王の娘とその従者たち』とか」
「それ、従者って誰のことだ」
「師匠です」
「おい」
ニベアが額に指を当て、ため息をついた。慈愛と頭痛が同居している。
「あなた達……どうしてそう、恥ずかしさに全力なのよ」
レイはコーヒーをもう一口。
なぜか胸がチクリとした。
(……そういえば)
若い頃。まだ剣聖と呼ばれる前、ニベアと二人で旅をしていた頃。
冒険から帰るたびに、ニベアはパーティー名を変えた。
『蒼月の誓い(ブルームーン・オース)』
『黎明の双剣と賢者の星(ドーンブレイド&セイジスター)』
『終焉を拒む恋人たち(エンドレス・ラヴァーズ)』
思い出すだけで胃がきゅっとなる。
いや、当時は真剣だった。二人とも、真剣に――恥ずかしかった。
(あれは明らかに中二病だったな……)
その時、ニベアがさらりと言った言葉まで思い出す。
「エルフはね、魔力が安定しない修行中に“名付け衝動”が暴走するの。だいたい二十年くらい。人間で言うところの……そうね、“中二病”よ」
当時のレイは、意味が分からず頷いた。
今なら分かる。分かりたくない。
「レイ、顔が死んでるわよ」
「コーヒーが足りないだけだ」
「足りないのは覚悟でしょ」
「え?」
「え、じゃない」
言い合いを背に、ギルドの受付へ向かう。
カウンターには、いつものギルド職員マーガレットがいた。仕事が速い。目が据わっている。こちらも反則。
「レイ村長、いらっしゃい。……今日は何です?」
「弟子三人のパーティー登録だ。ほら、この三人」
マーガレットは三人を見て、ふっと笑った。
苦労人の笑いだ。
「わあ、例の。港がざわついてる子たちですね」
「ざわついてない! たぶん!」
「否定が弱い!」
「……で、パーティー名は?」
三人が凍った。
そのために昨晩、寝ずに会議したのだ。
アーモンドが紙を握りしめ、マイが胸を張り、クリームが“女王の娘モード”で一歩前に出る。
そして三人、息を合わせて言った。
「『三日月スパイス隊』です!」
沈黙。
マーガレットが瞬きを一回。
レイがコーヒーを吹きかけそうになり、ニベアが「まだマシね……」と小声で呟いた。
「三日月……スパイス……隊?」
マーガレットが確認する。
「はい! 師匠のカレーが毎日すごいので!」
「スパイスは世界を救うって、マイが言いました!」
「言ってない、でも言った気がする!」
アーモンドが胸を張る。
「そして“隊”は、騎士団リスペクトです!」
クリームが上品に頷いた。
「……あと、エルフ的にも“三日月”は縁起が良いです。魔力の流れが整う……らしいです」
「“らしい”って言ったな」
「修行中なので!」
ニベアが咳払いを一つ。
「……三人で決めたのなら、それでいいわ。恥ずかしさは、努力で上書きしなさい」
女王の裁定が下った。
レイは心底ほっとして、コーヒーを飲み干した。
――が。
マーガレットが、書類の束をめくりながら、首を傾げた。
「……あれ? おかしいですね」
「何がおかしい」
「もう申請、入ってますよ。昨日付けで」
レイの背筋が冷える。
ニベアの目が細くなる。
三人が同時に「え?」と言う。
「申請者名:マリア様。内容――」
マーガレットは淡々と読み上げた。
「“パーティー名:マイアーモンドクリーム。備考:名前で呼ぶと愛着が湧く。まずは家族から。以上”……って」
沈黙が、港の喧騒よりうるさかった。
「ちょ、待って。パーティー名が私たちの並び!?」
アーモンドが叫ぶ。
「しかも備考が怖い!」
クリームが顔を赤くする。
「“家族から”って何ですか!? 法王、圧が強い!」
マイはなぜか目をきらきらさせた。
「家族……いい響き!」
「良くない! 良くない方向に進む!」
ニベアが、額に青筋を浮かべる。美しいのに怖い。最強。
「……あの尼、帰り際に何を仕込んでいったのよ」
レイは、椅子に座り直し、静かにコーヒーを要求したい気持ちになった。
だが、ここはギルド。逃げ場はない。
「マーガレット、訂正できるか」
「できますけど……マリア様の申請は、だいたい“強制力”があるので」
「強制力?」
「はい。署名が……聖印で。あと、なんか紙が燃えない」
「やめろ、怖い話をするな」
三人が一斉にレイを見る。
「師匠! 何とかしてください!」
「お父さん! いや師匠!」
「剣聖! どうにか!」
レイは深呼吸――ではなく、もう一杯コーヒーを飲む所作をした。
精神安定。世界の真理。
そして、諦めの境地で言った。
「……よし。正式名は『三日月スパイス隊』で通す。
通称は……“マイアーモンドクリーム”。」
「最悪の折衷案!」
「でも覚えやすい!」
「私は納得しません!」
ニベアがすっと微笑んだ。
笑顔が怖いのは、だいたい正しい。
「いいわ。まずは登録。次に、マリアへの“お礼”ね。愛を込めて」
「愛を込めると大惨事になるやつだ」
港のギルドで、今日も平和に事件が起きた。
レイは悟る。
(弟子が増えたら、問題も増える。……コーヒーの消費も増える)
マーガレットが、書類にペンを走らせた。
「はい、登録完了です。『三日月スパイス隊』……通称、“マイアーモンドクリーム”。」
「通称、口に出さないでください!」
「ギルドは公式ですから」
レイは、遠い目をしながら呟いた。
「……帰ったら増築だな。あとコーヒー豆の仕入れもだ」
背後で三人がわちゃわちゃ言い合い、ニベアが女王の顔でまとめに入る。
その騒がしさが、なぜか――少しだけ、悪くないと思えた。




