26話 英雄王?勇者?――いえ、僕は凡人ですから (凡人が王配をやっている理由)
ハイネ王国。
この世界に無数に存在する人類国家のひとつであり、フランツ大平原のほぼ中央、やや東寄りに位置する中規模国家である。
西と東を巨大な二本の河川に挟まれ、水は澄み、土地は肥え、空は広い。
平原国家らしく、農業、漁業、牧畜が盛んで、極めて“普通”の国だった。
――ひとつを除けば。
「ハイネの酒は、飲み物じゃない。文化だ」
という言葉が、世界のどこかで必ず聞こえるほど、
この国の酒は異常なまでに美味かった。
エール。
クラフトビール。
ウイスキー。
ブランデー。
バーボン。
スコッチ。
ありとあらゆる酒が生産され、輸出され、世界中の酒場と王侯貴族の食卓を支配している。
外交官が語るハイネの国力は、軍事でも財政でもなく――
「酒を止められたら、世界が困る」
その一点に集約されていた。
そんなハイネ王国の王宮。
重厚な石造りの議会棟に、今日も拍子木の音が響く。
「――それでは、次の議題に入ります」
議長の声が広間に通る。
その議席の、ちょうど中央より少し後ろ。
王と並ぶ“王配”の席に、ひとりの男が座っていた。
ウォーレン・ハイネ。
英雄王。
勇者。
大英雄。
そう呼ばれる男だ。
……本人が一番、それを嫌がっている。
「……ねえ、また“英雄王”って言われてたよ」
小声で隣に囁く。
隣に座るのは、ハイネ王国の女王――マルガリータ。
「気にしないで。公式文書では“王配ウォーレン”だから」
「それも胃が痛いんだけど」
ウォーレンは、肩をすくめた。
彼は、勇者になりたかったわけではない。
英雄になりたかったわけでもない。
王族になりたかったなど、なおさらない。
孤児院育ち。
剣は人並み。
魔法も平均点。
才能があるとすれば――
「準備だけは、やたらする」
それだけの凡人だった。
孤児院時代の幼馴染が、剣聖レイである。
あの規格外。
あの災害。
あの「コーヒー飲んでるだけで魔物が逃げる」男。
(なんで僕が、あいつと同じ“勇者パーティー”だったんだろう……)
何度考えても、答えは出ない。
魔王討伐の最終局面。
仲間が倒れ、希望が折れ、絶望が満ちた瞬間。
“何も考えていなかった”ウォーレンの一撃が、魔神を貫いた。
偶然。
奇跡。
運だけ。
だが世界は、それを許さなかった。
――勇者認定。
――英雄称号。
――国際会議での発言権。
――そして、ハイネ王国王配。
「凡人に、責任を押し付けすぎだよ……」
そんな彼の前で、議題は進んでいく。
「次に、北方情勢について」
空気が変わった。
議場の全員が、背筋を伸ばす。
「北狼帝国――ゴールドマン問題です」
その名を聞いた瞬間、ウォーレンの表情が硬くなる。
ゴールドマン。
ワーウルフ。
銀狼の王。
魔将四席。
一匹で国家を喰い、
一匹で秩序を壊し、
一匹で“国”を作った存在。
「ジャンヌ帝国は事実上、北方から撤退しました」
「諸侯の半数が討死、残りは内乱状態です」
「難民はすでに三十万を超えています」
淡々とした報告が続く。
ウォーレンは、無意識に拳を握っていた。
(……まただ)
力のある者が、世界を壊す。
そして、その後始末を――
「凡人がやらされる」
隣で、マルガリータが静かに言った。
「ウォーレン。あなたは、どう思う?」
議場の視線が、一斉に集まる。
英雄王の意見。
勇者の判断。
ウォーレンは、ゆっくりと息を吸った。
「……僕は、ゴールドマンを“悪”だとは思っていません」
ざわり、と空気が揺れる。
「彼は差別されてきた。狩られてきた。売られてきた」
「だから、力で世界を塗り替えた」
事実だ。
「でも――」
ウォーレンは、視線を上げた。
「だからといって、放置していい存在でもない」
「彼が動けば、国が滅びる」
「滅びるのは、いつも“普通の人”です」
農民。
商人。
子供。
「……僕は、英雄じゃない」
その言葉に、議場が静まる。
「凡人です」
「だからこそ、わかる」
「凡人が、どうやって生き延びるか」
ウォーレンは、マルガリータと視線を交わした。
「戦争ではなく、対話を」
「正義ではなく、現実を」
「そして――準備を」
準備の鬼。
凡人の戦い方。
議場に、深い沈黙が落ちる。
やがて、議長が頷いた。
「……王配ウォーレンの意見を、正式議事として採択します」
ウォーレンは、深く息を吐いた。
(ああ……レイ)
(今ごろ、コーヒー飲みながら畑でも耕してるんだろうな)
英雄王?
勇者?
いや。
僕はただの凡人だ。
――だからこそ、逃げない。
ゴールドマンという嵐が迫る中、
ハイネ王国は、静かに備えを進めていた。




