24話 甘味は戦場にあり (イチゴケーキとデスビーの巣)
朝のランニングを終えた三人が、息を整えながら家に戻ってくると――
台所から、甘くやさしい香りが漂ってきた。
「あ、これ……」
マイが鼻をひくりと動かす。
アーモンドは汗を拭きながら、すぐに察した。
「女王様の、スイーツ準備ですね」
正解だった。
エプロン姿のニベアが、台所で腕を組み、真剣な顔で作業台を見下ろしている。
世界の美の双璧。エルフ女王ニベア・カーター。
その姿は、戦場に立つ女王よりも、今の方がよほど緊張感に満ちていた。
「……イチゴケーキにしようと思ったの」
ぽつり。
「思ったのだけど」
ちら、と棚を見る。
「イチゴ、ないわね」
さらに、瓶を振る。
「砂糖も……足りないわ」
沈黙。
空気が、ひやりとした。
その瞬間――
違いのわかる剣聖レイは、反射的にコーヒーカップを置いた。
「……ニベア」
「なに?」
「俺が行く」
ニベアの顔が、ぱっと明るくなる。
「取ってきてくれるの? さすが私の――」
「待て、言うな」
レイは立ち上がり、無言で双剣を握った。
装着。革紐を締め、重心を確かめる。
「武器、持っていくぞ。三人とも」
弟子三人が、一斉に固まった。
「……え?」
マイが首を傾げる。
「イチゴ、ですよね?」
「うん」
「……武器?」
「うん」
レイはコーヒーを一気に飲み干した。
剣聖特製ブレンド。精神安定剤。
「野外研修だ」
「意味がわかりません!」
アーモンドが即座にツッコむ。
だが、レイはもう玄関に向かっていた。
「行くぞ」
こうして四人は、完全武装で家を出た。
*
しばらく歩くと、視界が開けた。
「――……」
三人が、言葉を失う。
一面、赤。
どこまでも続くイチゴ畑。
自然繁殖した巨大な群生地。葉は濃く、実は宝石のように赤い。
「……すご」
クリームが、素直に呟いた。
「天然のイチゴ畑……」
だが、レイは剣を下ろさなかった。
「気を抜くな」
その直後――
ブゥゥゥン……!
空気が震えた。
羽音。
低く、重く、耳の奥に刺さるような音。
空を見上げた瞬間、三人の背筋に冷たいものが走る。
「……あれ」
マイの声が、かすれる。
巨大な蜂。
漆黒の体躯。血のように赤い複眼。
鋭い毒針が、日光を反射している。
「デスビー……」
アーモンドが歯を食いしばった。
凶悪な魔物。
単体でも危険だが、群れると災害になる。
そして――
「ここ、蜜を採ってる……」
クリームが震え声で言う。
そう。
デスビーが蜜を集めるイチゴ――
シュガーキング。
それは、世界がひっくり返るほど甘い。
一口で天国が見えると言われる禁断の果実。
その蜜を精製したものが、伝説の甘味料――デスシロップ。
「……ここに、あったのか」
レイが低く呟く。
三人は鳥肌が立った。
「このイチゴ、食べたら……」
「天使が降りてくるってやつだね……」
「いや、先に刺されて死ぬ未来しか見えません!」
デスビーが、空を旋回している。
完全な繁殖地だ。
ニベアが、家で言った言葉が脳裏をよぎる。
――イチゴケーキ、作りたいの。
レイは、剣を構えた。
「……狩るぞ」
三人が息を呑む。
「イチゴ取りですよね!?」
「そのための戦闘だ」
「論理が暴力!」
だが、剣聖はすでに前に出ていた。
双剣が、朝日にきらめく。
「デスビーは速い。マイ、打ち落とせ」
「了解!」
マイが魔神の戦槌を構える。
「アーモンド、牽制!」
「はい!」
「クリーム、補助!」
「……っ、了解!」
四人の狩りが始まった。
羽音が爆音になる。
デスビーが一斉に襲いかかる。
「来るぞ!」
レイが跳ぶ。
双剣が閃き、蜂の羽が斬り裂かれる。
「うわ、硬っ!」
マイの一撃が命中し、会心の衝撃が炸裂する。
「当たり!」
デスビーが地面に叩きつけられる。
「今です!」
アーモンドの剣が、正確に急所を貫いた。
クリームが詠唱する。
「風よ、導け!」
魔力が流れ、味方の動きが軽くなる。
レイは、ほんの一瞬だけ、笑った。
「いい連携だ」
甘味のための戦場。
火山島サルコジ島。
今日もまた――
剣聖の家のスイーツは、命がけで守られている。




