23話 花咲く火山島と重力地獄 (エルフパンケーキと剣聖ブレンド)
火山島サルコジ島。
ここは温暖だ。四季はある。あるのだが――火山島特有の地熱と潮風が、季節の輪郭を甘くしてしまう。冬でも花が咲き、春は花が暴走し、夏は花が「まだいける」と言い張り、秋は花が「収穫は任せて」と勝手に実る。
農業にも漁業にも、適した島。
だが“適している”のは、人間の暮らしだけではない。
魔物も、よく育つ。
人形系の魔物だけはいない。理由は諸説ある。
「火山の磁場が呪いの糸を切る」とか、「海風が操り糸を腐らせる」とか。
いずれにせよ――それ以外の魔物が、だいたい全部いる。
だからこそ、この島の北半分は、魔王討伐の恩賞として剣聖に丸投げされた。
災害対策。名目は立派。
実態はこうだ。
――剣聖を“殺虫剤”として配置する。
島最大の町はサルコジ港。
島で「町」と呼べるのは、そこしかない。人も物も情報も、すべてそこに集まる。
そして、その町から北へ進むほど、空気が変わる。
森が濃くなる。
波が荒くなる。
地面から、魔素が立つ。
人間、ドワーフ、エルフ――多種族が「ここから先は、まあ、やめとこう」と自然に足を止める線。
その生存限界線が、剣聖の村サルトリだった。
理由は簡単だ。
剣聖がいるから、魔物が降りてこない。
剣聖は、そこに立っているだけで災害が減る。
本人の意図に関係なく、島の治安と物流が安定する。
島民はそれを“ありがたい”と言い、剣聖本人は“やめてくれ”と思う。
今日も、違いのわかる剣聖レイは――
「……うまい」
コーヒーを飲みながら、エルフパンケーキに舌鼓を打っていた。
剣聖特製ブレンド。香りが深い。苦味が落ち着く。精神が整う。
そして、目の前のパンケーキは、なぜか脳が溶けるほど甘いのに、胸焼けがしない。
山盛り。
花の蜜みたいなシロップ。
フルーツが盛られ、ナッツが散らされ、クリームが雪崩を起こしている。
作ったのは、言うまでもない。
エルフ女王ニベア・カーター。
世界の美の双璧。絶対王権国家の統治者。古代魔法の唯一者。
その女王が、料理は壊滅的に下手なのに――スイーツだけは神の領域に達している。
「……何なの、これ。なんでパンケーキだけ世界を救うの」
アーモンドが呻いた。
呻きながら、彼女は腕立て伏せをしている。
ただの腕立てではない。地面が揺れるほどきつい。
なぜなら――
「はい。重力、もう一段」
ニベアがニコニコしながら、さらっと言ったからだ。
弟子三人の身体に、重力魔法がかかっている。
重い。とにかく重い。大地が「お前ら、今日から親友な」と抱きしめてくる重さだ。
庭の一角。
芝の上。
修行場として整えた平地で、マイ、アーモンド、クリームが地獄をしていた。
「女王様! これ、筋トレじゃなくて、拷問です!」
クリームが叫ぶ。
汗で髪が額に貼り付き、エルフの気品が“負荷”に押しつぶされている。
「違うわ。これは愛よ」
ニベアは紅茶を飲みながら言った。
ニベアブレンド。香りが華やかで、鼻から上品さが入ってくる。
その上品さのまま、地獄を増やす。
「愛で弟子は強くなるの。エルフはそういう生き物」
「エルフこわい!」
「褒め言葉ね」
ニベアは嬉しそうにパンケーキをひと口。
口元がほころぶ。女王の笑顔は、国宝級に美しい。
だが弟子たちからすると、その笑顔は「追加メニュー確定」の合図だ。
マイは歯を食いしばってスクワットをしていた。
ドワーフ娘の足腰は強い。鍛冶は全身労働だ。
しかし、重力が“鉛の神”みたいに乗ってくると、別の話になる。
「……これ、鉄塊を抱えて鍛冶してる感じだね。うん、慣れてる……慣れてるけど!」
「マイ、声が元気だ。あと五回増やす」
「えっ、増やすの!? いまの“元気”は“気合”であって“余裕”じゃないよ!?」
ツッコミが地面に吸い込まれた。
地球が重い。
アーモンドは、騎士団仕込みのフォームで腹筋を続ける。
息の整え方がうまい。目が死んでいない。さすが先輩。
「……これ、騎士団でもやりましたけど、ここまでじゃなかったです」
「騎士団は、優しいわね」
「優しいの意味が壊れてません?」
クリームが半泣きで言う。
ニベアは、心底不思議そうな顔をした。
「優しいわよ。死んでないもの」
弟子三人が一斉に震えた。
レイがコーヒーを一口飲む。精神を守るために。
(……うん。ニベアは今日もニベアだ。俺の胃がんばれ)
レイは椅子に座っていた。
座っているだけで胃が痛いのに、パンケーキがうまい。
この世界は矛盾でできている。
「レイ、どう? 甘さ、足りる?」
「足りてる。というか十分だ。というか、これを毎日出されると俺は太る」
「太ってもいいのよ。抱きやすくなる」
「言い方」
ニベアは笑って、紅茶をすする。
その目は、弟子たちを見ている。厳しさの奥に、確かな配慮がある。
――“重力”は、ただのいじめではない。
姿勢が崩れた瞬間に、負荷が危険になるのを、ニベアは理解している。
だから、目は優しいのに、指示は一切ぶれない。
「クリームちゃん。肩を落とさない。首を守るの」
「首どころか、魂が抜けそうです……!」
「魂は抜けても戻せるけど、首は戻せないわ」
「戻せるの!?」
「私はできる。あなたはできない。だから守るの」
理屈が正しい。
正しいのが一番つらい。
マイがゼェゼェしながら、パンケーキの香りに鼻をひくつかせる。
「……女王様。あれ、敵です。匂いが、敵です」
「敵じゃないわ。ご褒美よ」
「ご褒美が見える距離にあるの、精神攻撃なんですけど!」
アーモンドが笑いそうになって、腹筋が崩れた。
「笑ったわね?」
ニベアが微笑んだまま言った。
「笑ってません! 呼吸が乱れただけです!」
「なら、整えなさい。重力もう一段」
「うそでしょ!?」
クリームの悲鳴が庭に響いた。
遠くで鳥が飛び立つ。火山島の花が揺れる。平和だ。
レイはコーヒーを飲む。
剣聖特製ブレンドは、今日も剣聖を人間に保っている。
「……ニベア」
「なに?」
「弟子、潰すなよ。育てるんだぞ」
ニベアは一瞬だけ目を細めた。
笑みが、少しだけ柔らかくなる。
「わかってる。私は“壊す”のは嫌いよ。……壊れるのは、見飽きた」
その言葉に、レイの胸が少し重くなる。
けれど彼は、コーヒーでそれを飲み下した。
「……なら、ほどほどで頼む」
「ほどほどにするわ。今日はね」
「今日は?」
「明日はパンケーキ、さらに盛るから」
「それ、ほどほどじゃない」
「エルフのほどほどよ」
弟子三人が地面に額をつける勢いで崩れそうになり、必死に踏ん張った。
火山島サルコジ島。
花が咲く。魔物が増える。人が生きる。
そして今日も――
剣聖の家の庭では、甘い香りと、重力地獄が仲良く共存していた。




