表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイアーモンドクリーム----コーヒー好きな剣聖は今日も弟子を鍛えます---  作者: イサクララツカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/62

22話 畑の祝福と剣の型 (エルフ時間と剣聖ブレンド)

あわただしい嵐は、過ぎた。

 家の中を引っ掻き回した“母(法王)”の来訪と、結婚と、娘の襲来と、全部まとめて。

 朝のサルトリ村は、静かだ。

 火山島の空気は澄んでいて、潮の匂いと、土の湿った匂いが混じる。遠くの波が、寝起きの頭をゆっくりと撫でていく。

 ――この静けさが、剣聖にとっての回復薬だった。

「よし。今日は畑を起こすぞ」

 違いのわかる剣聖レイは、野良着を着て農作業に精を出していた。

 剣聖が野良着を着ると“農家の兄ちゃん”になるはずなのに、背筋と目つきが戦場のそれで、結果、威圧感がすごい。

 牛の背に木の枠を掛け、鋤をつないで引かせる。

 牛は例の、なぜか良質なミルクが取れる家の牛だ。今日はやけに機嫌がいい。

「……頼むぞ。ゆっくりでいい。畑は逃げない」

 牛は「モゥ」と短く返し、土を返し始めた。

 鋤が土を割る音が、妙に心地いい。剣戟よりいいまである。

 その後ろに、もう一人。

 野良着の女王がいた。

 ――世界の美の双璧、エルフ女王ニベア・カーター。

 豪奢なドレスでも、鎧でもなく。袖をまくり、膝を汚し、指先で小麦の種をつまんでいる。

 彼女は種を落とすたび、土の上を軽く撫でた。

 光が派手に走るわけではない。風がそっと巡り、土がふわりと呼吸するように、祝福が染み込む。

「実りが良くなる。病気になりにくい。虫も……礼儀正しくなるわ」

「虫が礼儀正しいって、なんだよ」

「畑に対して、ね。エルフの祝福がある畑で、無作法は許されないの」

 ニベアは当たり前のように言う。

 当たり前の基準が、女王のそれなのが問題だ。

 レイは腰を伸ばし、休憩に入った。

 畑の端に置いた水筒ではない。ポットだ。中身は当然――

 剣聖特製ブレンドコーヒー。

 香りが立ち、鼻から脳まで一直線に落ちる。

 これがあるだけで、人は理性を保てる。剣聖は、人生でそれを学んだ。

(……エルフの祝福より、俺にはコーヒーだ)

 レイがコーヒーを飲んでいると、家の方から足音と声が近づいてきた。

 朝から港までランニングしていた三人が、帰ってきたのだ。

 マイ、アーモンド、そして――クリーム。

「ただいまーっ!」

 マイは元気だった。鍛冶職人は基本、燃えている。汗をかいても笑う。

 アーモンドも息は上がっているが、騎士団仕込みの呼吸で早く整う。先輩の余裕が出てきた。

 問題はクリームだった。

「……っ、あ、暑……っ! 暑い、暑い、暑い……!」

 火山島の熱は、肌に張り付く。

 海風に慣れたエルフには、拷問に近い。

「干からびる……エルフが……干からびる……」

「干からびる前に、姿勢を戻しなさい」

 ニベアの声が“女王”から“母”へ切り替わる。

 冷たいようで、含まれているのは心配だ。

「背中。エルフの背中は、誇りよ」

「暑さに誇りとか、意味わかりません!」

「意味は後で理解する。まずは礼儀」

 クリームは悔しそうに背筋を伸ばした。

 その瞬間、ニベアが満足げに頷く。愛が重い。躾も重い。

 マイとアーモンドは顔を見合わせて、ニヤニヤした。

「……女王様、容赦ないね」

「娘だからよ」

 ニベアは淡々と返す。

 淡々としているのに、視線だけは確実に娘を見ている。そこが母だ。

 三人は庭の端で、柔軟と体幹トレーニングを始めた。

 汗を流しながら、まずは“基礎”。次に“型”。

「せーのっ!」

 アーモンドが号令をかけると、三人が剣の形を演武し始める。

 マイの型は、鍛冶のハンマーを振るう癖が抜けないせいで豪快すぎる。

 アーモンドは正統派で、線が綺麗だ。

 クリームはまだ荒いが、動きの“間”がエルフらしい。呼吸が違う。

 それを畑から眺めながら、レイはコーヒーをもう一口飲んだ。

 精神が整う。剣聖特製ブレンドは、今日も働いている。

 ニベアが、種袋を軽く抱えたまま言った。

「カーター王国は海のおかげで暖かいけど、冬は厳しいのよ」

「……カーターの冬で厳しいなら、この島は何なんですか」

 クリームが遠くから呟く。

 アーモンドが「黙って動け」と肘で軽くつついた。

 ニベアは、遠い昔を思い出すように空を見た。

「何でエルフがあんな場所にいるか。七千年前……八世代前ぐらいかしら。

 気候変動じゃなくて、大戦争が先。

 戦争が土地を壊して、海を荒らして、風の流れを変えて――それで今の気候になったの」

 さらっと言う。

 内容が重いのに、さらっと言う。エルフの時間感覚は罪だ。

 レイはコーヒーを飲みながら思う。

(エルフ時間って何だよ……“八世代前”が、七千年前?)

 ニベアは続けた。

「長く生きるとね。“待てる”と思ってしまうの。

 でも、待てることと、待っていいことは違う」

 その言葉に、レイの喉が一瞬詰まった。

 コーヒーを飲む。熱が胸の奥に落ちて、感情を落ち着かせる。

「……俺は、待たされるのは嫌いだ」

「知ってるわ」

 ニベアは、少しだけ柔らかく笑った。

「だから捕まえたのよ」

「言い方が怖い」

「愛よ、愛。エルフの愛は重いの」

 畑の休憩。

 日差しが少し強くなってきた。

 ニベアが何気なく言う。

「昼、何食べる?」

 レイは即答した。

「親子丼だな」

「夜は?」

「ホワイトカレー」

「……あなた、カレーの比率がおかしくない?」

「正常だ」

「どこがよ」

 ニベアが呆れ顔を作る。

 だが、その表情には、確かな安心が混ざっている。

 家族みたいな空気。

 弟子たちの剣戟。畑の土。牛の息。

 世界は混迷でも、朝はちゃんと回る。

 レイはコーヒーを飲み、深く息を吐いた。

(……この村、増えていくな)

 ニベアが土の匂いのする手袋を外し、レイの横に立った。

「増えるのは悪いことじゃないわ。畑も、責任も、未来も」

 レイは返事をしなかった。

 ただ、剣聖特製ブレンドをもう一口飲んで、静かに頷いた。

 そして畑の向こうで――

「型、もう一回いくぞ!」

「はいっ!」

「クリーム、足! 足が遅い!」

「遅いんじゃなくて、暑いんです!」

「言い訳は呼吸にして吐け!」

「それ、騎士団の理不尽です!」

 今日もサルトリ村は、平和に騒がしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ