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マイアーモンドクリーム----コーヒー好きな剣聖は今日も弟子を鍛えます---  作者: イサクララツカ


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10話 「海は魔物、カレーは正義」

 サルコジ島の北――朝日が、海からゆっくり昇っていく。

 火山島特有の黒い岩肌と、白い砂浜。

 その境目に、レイの“村”がある。

 村民は一人。村長は一人。

 家畜は鶏と牛と愛馬。

 目の前に広がるのは、プライベートビーチ――そして。

「……魔物の巣だな」

 レイが、いつものようにコーヒーを飲みながら淡々と言った。

「“だな”じゃないです! 何で村長の土地が魔物の巣なんですか!」

 アーモンドが、ビキニアーマーのまま砂浜で叫ぶ。

 騎士団仕込みの綺麗な金髪をきゅっと束ねているのに、装備がビキニなので情報量が追いつかない。

 その横で、マイもビキニアーマー。

 黒髪ロングを同じく束ね、キラキラした目で海を見つめていた。

「ねえ、先生。ここ、最高じゃないですか!」

「最高だな」

「最高じゃないです! 魔物の巣って言いましたよね!?」

「うん」

「うん、じゃない!」

 アーモンドがツッコミで息切れしているのに、レイはのんびり海パン姿で椅子に座っている。

 コーヒーは湯気を立て、朝の潮風がそれを運ぶ。

「……先生だけ露出が許されてるの、納得いかないんですけど」

「海は暑い」

「私たちだって暑いです!」

「君たちは、海の中に入るからな」

「入りますけど! だからってビキニが正解とは限りません!」

 レイはカップを傾け、少しだけ目を細めた。

「装備は軽い方が動ける。あと濡れても乾く」

「理屈が妙に現実的!」

 マイが手を挙げる。

「先生、でも私、ビキニアーマー好きです! なんか……強そう!」

「その発想がもうドワーフ」

「ドワーフはね! “強そう”が正義です!」

「分かりました、分かりました! 今日の目的は何ですか!」

 アーモンドが話を戻すと、レイは海の方へ顎をしゃくった。

「シーフードカレー用の具材を狩る」

「結局カレーじゃないですか!」

「うちは夜、だいたいカレーだ」

「飽きないんですか!?」

「飽きない。カレーは文化だ」

「文化って言い切った!」

 レイの家の食卓は、筋肉と回復とスパイスで構成されている。

 昨日はコカトリス、今日は海の魔物。

 弟子の胃袋と価値観は、着実に剣聖に染まっていく。

「今日のターゲットは四つ」

 レイが指を折った。

「大王イカ」

「デビルクラブ」

「パールシェル」

「アビスシュリンプ」

「名前が嫌!」

「全部、うまい」

「食欲で魔物を選ばないでください!」

 マイが、背中の武器を嬉しそうに掲げる。

 魔神の戦槌。ドワーフの誇りと筋力の結晶。

「先生! 私、三回に一回、必ず“会心”ですよね!」

「そうだな」

「“改心”じゃないですよね!」

「改心もしてほしいな」

「そこは本人の努力です!」

 アーモンドは、腰の剣に手を添えた。

 マイが打った“刀”――正確には、ロングソードをベースに、切れ味と軽さを極端に寄せた変わり種。

 騎士団の制式とは違うが、手に馴染む。

「これ、切れすぎて怖いんですけど……」

「マイが“良い鉄があるから”って、急に目を輝かせて作ったからな」

「私、楽しくなると止まらないんです!」

「ドワーフこわい!」

 レイは椅子に座ったまま、指示だけは的確だった。

「アーモンドは前に出るな。受けて切る」

「マイは突っ込むな。三回目を当てろ」

「海の中は視界が悪い。油断するな」

「先生は?」

「応援」

「ずるい!」

「コーヒーが冷める」

「理由が平和すぎる!」

 海がきらめく。

 その“きらめき”の下に、魔物がいる。

 まず、砂浜の浅瀬――黒い影がぬるりと動いた。

「来たよ!」

 マイが身構える。

 海面が割れ、触腕が走る。

「大王イカだ!」

「うわっ、でかっ! でかっ! 足が多い!」

「イカは足じゃない、腕だ」

「そこ訂正する余裕あるんですか!」

 大王イカの触腕が、アーモンドの足元に絡みつこうとする。

 アーモンドは反射で一歩引き、盾――ではなく、今日は軽装。剣一本。

「受けるなって言ったのに!」

「反射で! 騎士団の癖が!」

「癖は直せ!」

 マイが突っ込もうとして――

「マイ、待て」

 レイの声が飛んだ。

 マイがピタッと止まる。

「三回目だ。焦るな」

「はい!」

 マイは一撃目、二撃目を“当てない”。

 あえて砂を叩き、波を起こし、触腕の動きを乱す。

「え、なにそれ、誘導!?」

「ドワーフの戦い方は、理屈じゃない。勢いと工夫だ」

「剣聖が急に褒める!」

 三回目。

「会心――!」

 戦槌が唸り、触腕の根元を叩き潰す。

 大王イカが海面に浮き、白く泡を吹いた。

「でた、ホームラン系の会心!」

「先生! イカ、取れました!」

「よし。次、デビルクラブ」

「次が怖いんですけど!」

 波打ち際の岩陰。

 赤黒い甲羅が、朝日に不気味に光る。

「……カニが、睨んでる」

 アーモンドが固まった。

「デビルクラブだな」

「名前が悪い!」

「挟む力が強い。鎧の継ぎ目を狙ってくる」

「最悪じゃないですか!」

 マイがにこっと笑う。

「カニ、食べたい!」

「食欲が勝つタイプだ!」

 デビルクラブが突進。

 アーモンドは、マイが作った“刀”を抜き、真正面から受け――

「受けるな!」

「分かってます!」

 受けずに、斜めに流す。

 刃が甲羅の縁を削り、火花のような水滴が飛ぶ。

「硬っ!」

「だから“悪魔”なんだ」

 マイが二撃、三撃目を整える。

 そして三回目。

「会心!」

 甲羅が割れた。

 デビルクラブがひっくり返り、足をばたつかせる。

「先生! 勝った!」

「まだだ。挟みが残ってる」

「え、こわ」

 レイはコーヒーを飲み干し、ようやく立ち上がった。

 歩いて近づき、カニのハサミを片手で押さえ込む。

「こう」

「いや、その“こう”ができないんですよ!」

「修行だ」

「万能ワードやめてください!」

 次はパールシェル。

 貝殻が厚く、口が固い。

 でも、貝柱が“世界遺産級”にうまい――という、レイの食レポだけで価値が決まる存在。

「貝って、どう倒すんですか?」

「倒すんじゃない。開ける」

「無理そう!」

 マイが貝を見つけると、職人の目になった。

「これ、開け方あるよ! 力じゃなくて、“角度”!」

「急に賢い!」

「ドワーフは“開ける”のも得意!」

「言い方!」

 マイは工具――ではなく、戦槌の柄を器用に使ってテコを作り、貝の隙間に滑り込ませる。

 ギギ……と嫌な音がして、口が少し開いた。

「今だ、アーモンド」

「はい!」

 一閃。

 貝柱だけを傷つけずに切り離す。

「……切れ味、えげつない」

「でしょ? 私の鉄!」

「自画自賛が気持ちいい!」

 最後はアビスシュリンプ。

 “地獄みたいに旨い”が、“地獄みたいに素早い”。

 水中で影が走った。

「見えない!」

「マイ、無理に追うな」

「じゃあ、どうするの!?」

 レイが淡々と言う。

「待つ」

「待つ?」

「餌で寄せる」

 レイがいつの間にか手にしていたのは、乾燥した香草と砕いた貝殻。

 海に散らすと、匂いが広がり、影が集まってくる。

「……先生、なんでそんなの持ってるんですか」

「カレーの下準備」

「準備が過ぎる!」

 集まった影に、アーモンドが踏み込み、マイが二撃目までで流れを作る。

 三回目――会心。

 水面が弾け、エビが跳ねた。

「取れたーー!」

「やったーー!」

 二人が喜ぶ。

 その横で、レイは椅子に戻り、またコーヒーを注いだ。

「よし。今日は収穫十分」

「先生、手伝ってない!」

「安全管理と指揮はした」

「それ、上官の言い方!」

「剣聖です!」

 戦利品は、イカ、カニ、貝柱、エビ。

 どれも“普通の海”では手に入らないサイズと質だ。

 アーモンドが息を整えながら、ふと海を見た。

「……ここ、やっぱりおかしいです」

「魔王討伐の拝領地だからな」

「だからって、海まで高難度にしなくても……」

「法王は、たぶんこう思ったんだろ」

 レイは穏やかに笑う。

「剣聖なら、何とかする」

「丸投げ!」

「でも先生、何とかしてる!」

 マイが、濡れた髪を拭きながら言う。

「ねえ先生。今日は、カレー何味?」

「シーフード。出汁強め」

「最高!」

「私、もう“カレーの種類”で一日を判断するようになってきました……」

「それが大人だ」

「違います!」

 朝日が高くなり、潮が引き始める。

 魔物の海は静かに見えるが、静かなだけで危険は消えない。

「帰るぞ。荷物、落とすなよ」

「はい!」

「はい!」

 二人が、戦利品を抱えて歩き出す。

 その背中を見ながら、レイは、ぽつりと言った。

「……いい朝だな」

「先生、またコーヒーですか!」

「うん」

「カレーじゃないんだ!」

「コーヒーは別腹だ」

「別腹の使い方、間違ってます!」

 こうして、サルコジ島北の魔物ビーチは、今日も平常運転。

 剣聖の家の夜は、きっとまたカレーになる。

 そして――

 レイの机の引き出しには、見なかったことにされた手紙の束が、静かに待っていた。

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