ファイル
リビングテーブルに座り、早朝から淹れた紅茶の香りを感じながら、ヨーグルトをスプーンで掬って口に運んだ。ここまでが昨日、貸金庫からファイルを受け取った後の出来事だった。
芽依ちゃんと長電話した後、貸金庫から持ち帰ったファイルを開いてみようとしたが、朝からの貸金庫の探求で昨夜はとても疲れていたことと、新しい世界への扉は夜に泣いた後ではなく、新鮮な気持ちで開けてみたいと考えて、翌日の日曜日の朝から確認することにしたのだった。
いつもの手紙を読むときのルーチンに従って、紅茶カップを片付けた手をキッチンで丁寧に洗った。薄い生地のカーテン越しに朝の陽ざしが透けて差し込んでいるリビングルームに戻り、2冊あるファイルの内、比較的薄い方の「Wahrheit」のタイトルのファイルを手に取った。タイトルの意味は昨日、確認した通り、「真理」。きっと、このファイルに新たな世界に繋がる秘密が記載されているに違いない。
あらためてファイルの表紙を詳しく見ると、タイトルの下段に「Wahrheitssuchende Organisation」という記載があった。これもドイツ語のようだ。スマホの検索画面から翻訳ソフトをクリックし、日本語に翻訳すると「真理探究機関」という意味だった。このファイルを作成した組織名だろうか。秘密結社が作成した文書のようで胸が高鳴った。
いよいよだ。意を決して、新しい世界の扉となるファイルの表紙を開いてみた。すると、最初の頁の紙面の中央には、謎めいた4行の詩が綴られていた。
湖をわたる風がそよぐ
オークの木の葉で光がゆれる
遠い時代の記憶にのせて
エルフたちの詩声が聞こえる
神秘的な詩だった。
これは何だろう。
そもそも、誰が書いたのだろう。いっちゃんが書いたのだろうか。貸金庫の暗証番号も彼は詩で伝えてきたので、そうなのかも知れない。
そういえば、彼は昔、作詞作曲家を目指していたと言っていた。彼がその話をしたとき、作詞のポイントは、表現描写を正確にして風景が目に浮かぶようにすることだよと言っていた。この詩も短いけれども、風景が浮かんでくる書き方なので、彼が書いた詩のように思える。
だけど、この詩のエルフがいる風景はこの世界ではない。なのに、まるでそこにいるかのような描写だ。想像上の世界だろうか。いっちゃんはそのとき何を想像していたのだろうか。それとも、どこかでこの風景を目にしたのだろうか。
詩は、もう一度、ゆっくりとその詩を頭の中で復唱してみた。何故か懐かしい風景が浮かんできた。直感的にこの場所はきっと私も知っている場所だと理解した。だけど、どこなのかは全く想い出せない。もしかして、私はいっちゃんとこの場所に行ったことがあるのだろうか。何とも言えない不思議な感覚になった。
彼とのデートで巡ったいろんな場所の想い出を呼び起こしても、その答えは見つからなかった。そもそも、この詩の風景は日本ではないような気がする。そうだとすると、いっちゃんとの想い出の場所ではない。
四行詩の追及は後回しにして、詩はファイルの頁を先にめくった。すると、次の頁には、これは目次だろうか。二つのグループに区分された文字が頁の上から順に並んでいた。




