緊張の帰宅
朝食のヨーグルトを冷蔵庫から取り出して、昨日の記憶を整理してみる。貸金庫を開けてからは、大切なファイルを無事に自宅に持ち帰るのに必死だった。金庫室のフロアからエレベータを降りて、そのビルのロビーから国際的な港街の通りに出た途端に、急に不安になった。
往きよりも重くなったショルダーバッグをたすきに掛けて歩いていると、すれ違う人の視線が気になった。突如とても大事なものを所持している実感が湧いてきた。まるで、スパイ映画によくある国家機密を取り扱う諜報員のような気分だった。大切な情報を狙っている他国の組織にバッグを盗まれるかも知れないというような妄想が頭をよぎった。通り過ぎる人がみんな悪い奴らのように見えた。
電車の中でも、大切なものが入っていることを自ら伝えているかのようにショルダーバッグをしっかりと前に抱えて、どこにも立ち寄らずに真っすぐに自宅のアパートに向かった。移動中はスマホを操作することもなく、両手でバッグを抱えていた。
ようやく自宅の最寄り駅の地下鉄のホームに到着し、階段を登って地上に出た。アパートに向かう道の途中の公園に指し掛かったとき、可愛い子猫がこちらを見つめていた。普段なら猫ちゃんを抱き上げたりしてかまってあげるのだが、この日は全く余裕がなく目をやることもなく、そのまま自宅に向かった。
アパートに辿り着いても、まだ気が抜けなかった。住民が乗ろうとするエレベータを『お先にどうぞ。』とやり過ごして、独りだけになったことを確認してそのエレベータに乗り、自宅のフロアまで上がった。後で、その様子を振り返ると、余計に不審に思われたかも知れないなと思った。




