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Pomegranate I  作者: Uta Katagi
第2章

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彼の実家

 私の住む街から彼の実家のある古都までは少し距離があるため、ネットで路線を検索すると古都に向かう電車の中でも、特急電車が推奨される。だけど、今回は各駅停車の普通電車を選んだ。心の速度が社会に追いつくまでには、まだ時間がかかる。


 普通電車は後発の特急電車に追い抜かれるために、私の乗った電車は途中の駅で長く停車した。ホームに向けて開いた扉から座席シートに向けて、冷たい風が吹き込んできて寒かった。


 今日は手紙を受け取るだけにしよう。封は開けない。中途半端な気持ちで優しい彼の言葉に触れたら、心の湖面に張り詰めた薄い氷が割れてしまう。


 古都に入った各駅停車の普通電車を降りて、更に地下鉄に乗り換えると、やがて彼の実家のある街の最寄り駅に到着した。地下の改札口を出て、通路にしたがって地上に出る階段をゆっくりと登る。通路を照らす蛍光灯の照明の光が、地上に降り注ぐ太陽の光に入れ代わる。地上に出ると、凛とした冷たい空気、そういえば2月は彼の誕生月だが、既に翌月の誕生石アクアマリンのような青い空が広がっていた。


 駅近くの寺院には由緒が記載された案内板が敷地の入り口に設置されており、ここが古い都であることを偲ばせる。寺院の横の小路を抜けて、しばらく進むと彼の実家のある住宅街に辿り着いた。


 ここに来るのはお通夜のとき以来だなと思いながら、記憶を辿りながら実家の見える道まで来ると、典型的な日本家屋の縁側越しにご両親がこちらを覗いていた。


 「ご無沙汰しております。」と詩が挨拶すると、

「遠いところから、わざわざごめんなさいね。さあ、寒いから中に入って。」と、彼の母親がフェンス型の門扉を開けてくれた。


 表札に刻まれた彼の苗字は「樫」、この古い都にはよくある苗字らしく「かたぎ」と読む。門扉から入ってすぐ前に見える木製の玄関扉には小さなドアベルが付いていて、扉が開閉されるとカランカランと心地よい音色が鳴った。


 玄関から居間に入ると、空気が一変する。お線香の香りが漂う仏壇が目に入る。そこには、彼の笑顔の写真が飾られてあり、現実を思い知らされる。

「まだ納骨してないのよ。気持ちの整理がつかなくてね。」と少し老けた気がする彼の母親がつぶやいた。


 私よりも、ずっと長い期間を過ごした分だけ、悲しみは深いはずだ。最近そのくらいのことは、考えられるようになった。


 仏壇の前の座布団に座ると、笑顔の彼が十分なメイクもしていない私を見つめている。手を合わせて焼香を終えると、いろんな感情が蘇る。


 しばらく、無言で仏壇の前に置かれた座布団の上に座っていると、「こちらでお茶でもどうですか。」と声をかけられ、居間に隣接するキッチンテーブルのある部屋に移動した。


 その様子だけを客観的に見ると、久しぶりに帰省した親族同士が接している風景のようだ。会話の内容もお互いに相手を気遣い、今年の冬は少し暖かいとか、円安だと海外にも行けないとか、そういう世間話を繰り返した。


 しばらくすると、先方の方から意を決したように本題を切り出してきた。「あのね、これが出てきたのよ。」キッチンテーブルの後ろにある食器棚の引き出しから、母親が薄い水色の横長の封筒を取り出した。封筒の表書きには見たことのある彼の字で、「詩ちゃんへ」と書いてある。


 「樹の遺品を整理していたら、机の引き出しの一番奥にあったのよ。」そう、彼の名前は「いつき」、漢字で書くと「樹」、私は名前の愛称でいっちゃんと呼んでいた。


 封筒を受け取ると、普通よりも厚い紙の封筒を使った手紙ということがわかった。便箋だけでなくて、中に何か入っているのだろうか。


 「裏を見て。まるで大事なものを隠しているみたいに、きちんと封までしている。」そういって、封筒を裏返すと、封じられた封筒のその糊付けされた部分に、星のようなしるしが押印されていた。


 企業間の会合が多い彼の仕事柄、彼はよくあちこちに出張した。短い期間のときは、電話やメールでメッセージを貰ったが、一週間を超えるようなときは、手紙を書いてくれた。彼が、二カ月くらいドイツに出張したときは、毎週、現地から手紙を送ってくれた。


 内容はそのときの気分に合わせてまちまちだったが、届く度にとても嬉しくて、開封前に手を洗ってから何度も読み返した。ただ、今まで、星のようなしるしの押印がある手紙は貰ったことがない。


 「何が書いてあるのかわからないけど、詩ちゃん宛になっているから渡しておこうと思ってね。」そう言われて、その日、私は手紙を受け取った。


 その日から、私の人生の時計は再び、動き出した。自分以外の世界との時間が繋がった。


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