青いバラのブローチ
実家の奥にある茶室の図書館から、窓から明るい光が入るキッチンに入ると、キッチンテーブルの向こうに腰かけている父親から笑顔で「探していた本はありましたか?」と聞かれた。
「はい、面白そうな本がたくさんありました。」と詩は明るく答えた。
台所の方でやかんのお湯を古風な急須に注いでいる母親が、それを聞いてほほ笑んだ。そして、「樹の趣味の本だから、気に入ったのがあったら持って帰ってね。ここに在っても仕方ないから。」とあらためて本を譲る話をしてくれた。
「ありがとうございます。凄くたくさんあるので、もう少し見てから選ばせて貰ってもよいでしょうか。」と詩が答えると、「もちろんですよ。」とのご両親の回答だった。研究レポートがなかったとしても、付箋が付されている本は気になったので、今日、出来るだけ持ち帰ろうと思った。
キッチンテーブルの上に並べられた小さな大福餅を一つ、温かい緑茶で頂きながら、詩が会社に復帰したことを伝えると、ご両親は心から喜んでくれた。あの出来事以来、私のことを自分の娘のように心配してくれていたみたいだった。あらためてご両親に感謝の気持ちを伝えた。穏やかな週末のひとときだった。
そのときだった。家の外から猫の鳴き声がした。
「昨日から野良猫が来てるのよ。」と母親が言うと、
「そうそう、今朝も、玄関の庭を子猫が歩いてた。」と父親が続けた。
「春になって暖かくなったからね。」と母親がその話題を締め括った。
詩は夢の中で見たブチ猫を想い出したが、そんな話をご両親にしたとしても、今は理解がついていかない気がしたので、休憩後、ご両親にお茶とお菓子の御礼を言い、再び茶室の図書館に戻った。
研究レポートが本箱にないとすると、上下の本箱の間にある引き出しの中かも知れない。そう思って全ての引き出しも確認したが、ブランド物のキーホルダーや腕時計や万年筆などの小物ばかりだった。
念のために、姿見の鏡の横にある小物入れの戸棚の引き出しの中も確認したが、ここにも研究レポートはなかった。ドライバーなどの工具の引き出しや、古いパスポートが入った引き出し、中には海外出張が多かったいっちゃんが使ったであろう現地通貨毎に分けられた財布が入った引き出しで、研究レポートはどこにも見当たらなかった。
研究レポートは入っていなかったが、目に留まった引き出しが一つあった。それは、ブローチの引き出しだった。ハロウィン用なんだろうな、可愛いかぼちゃのブローチもあった。ピアノや音符のような音楽をモチーフにしたものや、流れ星、猫、バラなど、いろんなデザインのブローチが入っていた。
ブローチといえば、布地の青いバラのブローチを覚えている。
「青いバラの花言葉は、奇跡に変わったんだよ。」と彼の言葉を想い出した。
「以前は青いバラは存在しないから不可能という意味だったのだけど、ある企業が開発して以降は、奇跡がその花言葉になったんだ。」
あれはスペイン料理のお店だったかな。私との出会いが奇跡だから、このブローチを着けてきたよと言ってくれたことを想い出した。
ただ、そのブローチはこの引き出しには見当たらない。お気に入りのブローチなので、クローゼットにかかっているどれかのスーツに付いているのだろうと思った。




