参考資料
明け方に少し眠ったので、朝はなんとか起きることができた。今日は、職場復帰に向けての手続きだ。ずっと連絡を取ってくれていた人事の北川さんに会うことになっている。ただ、会合は、午後からの予定なので、まだ時間はある。
念のために、今日は長時間の外出になるので、処方して貰った薬を服用した。しんどくなったら、無理しないでくださいと言われたが、このところ大丈夫そうだし、体調を理由に延期してしまうと、また復帰が遅れてしまう気がする。このタイミングで万全を期して出社に向けて行動しておきたいと思った。
いずれにしろ、街中に出掛ける前には、きちんとメイクをしておこう。やつれた顔で会社の人に会いたくない。下地とファンデを塗った後、コンシーラーで気になる部分を整えていく。
鏡の中でセミロングの長さの髪を整えながら、先日、いっちゃんの両親が言っていたことを想い出した。
「あの子、小さい頃から本が好きでね。床が抜けるくらいの本を持っているの。なんか難しそうな本ばかりだから読まないし処分しようと思っているのだけど、どうも気持ちの整理がつかなくてね。誰か引き取ってくれないかなと思っているのよ。」
「リサイクル業者に頼んで持っていって貰うかって、話しているんだけど、詩ちゃん、良い業者を知らない?」というようなことを両親が話しかけてきたことを想い出した。
そのときは、そうなんですねと相槌を返して、よいところがあれば連絡しますと答えておいたが、あの参考資料というのが、その本のような気がした。
会社に復帰したら、その報告とともに、また両親のところに行ってみようと思った。その本が参考資料だとすると、それらはファイルに書かれた謎のレポートを作成する上での資料のはずなので、貸金庫に隠された何か大切なものへと繋がっているはずだ。
こうして、詩は着慣れたベージュ系のコートを羽織って、自宅を後にした。少し曇り空ではあるが、冬にしては意外と外は寒くはなかった。今年は例年よりも暖冬のようだ。
通勤用の服装をして、会社に向かう地下鉄に揺られるのも、本当に久しぶりだった。通勤時間ではないので、電車は混んではいないが、座席はどこもいっぱいなので、入り口付近にたたずむことにした。
窓の外は地下トンネルの暗闇が流れている。職場の人は私を受け入れてくれるだろうか。そんな不安はもちろんあったが、いつまでも休んでいる訳にはいかない。そう思った時、眩しい駅の蛍光灯の光が詩の顔を照らした。そう、何よりも彼が遺したメッセージが今の私を前向きにしてくれている。




