彼氏
「魔法使いみたい!」詩は驚いた。
彼のふるまいには、いつも、不思議な力を感じる。夜間のドライブで彼が運転中、「ポン」と言いながら人差し指を前方に弾く度に、赤信号が青に変わるのだ。きっと慣れた道でタイミングを合わせているだけなのだが、本当に魔法のように感じる。
いつだってそうだ。少し先の未来が見えているように、将来の出来事を的確に言い当てる。電車が事故で遅れることから景気が変動することまで、何でも予測してくる。
特に私に辛いときがあったときはそうだ。ポジティブな彼に泣き言は言いたくないと考えて、意識的に悩み事を隠していても、全くの無駄だった。メールの行間に書いてあったよと言って、私を癒してくれる。何も語らないことも含めて、彼にはそれがメッセージになるらしい。まるで、超能力者のように何でもお見通しだ。
大学の授業のグループ発表会のときもそうだった。私から彼に一緒に発表しようよと言い出したのにも関わらず、急に気が変わって一方的に止めると言い出したとき、あっさり「わかったよ」と一言だけ。理由は一切聞かない。既にいろいろと準備していただろうに、どうして?とか、その理由を何も聞いてこない。きっとそう言うだろうと思っていたよというような笑顔だ。どうして私のことがわかるんだろう、彼のことを考えると、胸がキュンとした。
一度、本当に驚いたことがある。都会の商社に入社して間もない頃、職場で上手くいかずに悩んでいた。そんなある休日出勤の日中、無性に彼に会いたくなった、話がしたかった。その日の勤務後、黄昏色に染まる退社の時刻、会社のビルから地下鉄の最寄り駅まで、独りで帰り道を歩いた。やがて、見晴らしのよい広い車道と交わる交差点まで来ると、聞きなれた声で突然、「詩ちゃん!」と声をかけられた。彼だった。
「え、どうして!」それ以上の言葉が出て来なかった。「今日は、車でこの辺を通ったから。そろそろ、仕事終わるかなと思って。」と彼は笑顔で答えた。友人と会った帰りらしいのだが、事前に約束もしてないし、そもそも会社に来たこともない。この道を通ることも知らないはず。
「会えてよかった、ラッキーだよ。そこの路地に車を停めているから、家まで送るね。」と彼は言った。びっくりしたせいもあってか、人通りもある道だったのに、嬉しくて涙が溢れた。どうして、私のことがわかるの?と素直に思った。やっぱり魔法使いだと思った。
「僕は変わり者だから」それが彼の口癖だった。確かにこんな人はいない。関心のないことはともかく、大事なことについては、彼には想定外ということはない気がする。リスク管理って、最悪のことをどれだけ想定できるかなんだよと言っていた。それが頼もしくもあり、大学時代からの彼の魅力だった。
そんな彼は星が好きだった。社会人になって、オリオン座をもっと見たいと言って、彼は車内から空が見えるサンルーフのついた車を購入した。この新しい車の助手席に乗るのは、君が初めてだよと言われ、ちょっと嬉しかった。ある寒い冬の晴れた日のドライブの帰りに、港湾都市にある埠頭に彼は車を停めて、星座の話しをした。
「ほら、あのオリオン座の青い一等星リゲルが僕の星。そして、オリオンベルトの三ツ星を挟んでリゲルと対称の位置にある赤い一等星ベテルギウスが、僕と対になる星。小さい頃からずっと、夜空を見上げて僕はその星を探していたんだ…」と言われた。そして見つめられた。その日からプロポーズを受けるのにあまり時間はかからなかった。




