母親の電話
その夜、キッチンで食器の片付けをしていると、田舎で暮らす実家の母親から電話がかかってきた。こちらから、電話しようと思っていたのに、機先を制された。母親ってどうして子供の様子がわかるのだろう。
「今年の夏休みは実家に帰ってくるよね?」
いきなり、ストレートな質問が飛んできた。思わず、部屋の中を後ずさりするような気持ちになった。そして、正直に今年は会社の友達と海外旅行に行くことを打ち明けた。
「え、海外旅行?大丈夫なの?」
予想通りの反応だった。きっと、反対なんだ。
心療内科の先生の許可を貰ったことを伝えてみたが、会社にも相談しないといけないというわかりきったことを、散々言われてだんだんと答えるのが面倒になってきた。
ただ、これも親の愛情なのだろうなと思い、詩は素直に母の言うことを聞いた。田舎の両親にとって、海外に行くというのは、遠い異国を冒険するくらいの覚悟がいすることなのだろう。しかも、私が実家で過ごさざるを得なかったあの時期を知っている両親にとっては、今も娘はまだ病み上がりの状態だと思っているはずだ。その娘が異国に行くというのは、不安で仕方ないのだろうなと思った。
普段だったら母の気持ちを察して諦めるのかも知れないのだが、今回はいっちゃんが行った薔薇島に絶対に行きたい気持ちが勝った。同行する菜美ちゃんがしっかりしている話を繰り返し話し、海外旅行に行く前には必ず、実家に帰って元気な姿を見せることを約束した。
母も娘のかたくなな態度に、これ以上は言っても無駄だと思ったのだろう。最後には、何かあったら海外から電話することを条件に納得して貰った。
ただ、菜美ちゃんと別々に出国することを話すと、また話がややこしくなるので、そこは伏せておいた。お母さん、ごめんなさい。私はもう子供ではないので。もしもばれたら、後で謝ろうと思った。
万一のときは、心強い先生の連絡先も持っているし、絶対に大丈夫だから、そこは娘を信じて欲しい。




