遺された文書
当時、彼のその話を聞いていた友人の何人かは、その考え方に共感し自分達もその人生観で生きていこうという感想を漏らしていた。彼と付き合っていた私も少なからずその影響を受けている。会社の同僚や周囲の人に優しく接したい、ありがとうと感謝されたいという素朴な気持ちも彼の考え方が後押ししているのだなと思うときもある。彼がこの世を去った後も、彼の考え方は私の中に生きている。
そう思うと、彼はその人生観を他人に話すことで、他人に影響を与えていたし、今も与え続けている。あらためて思い至ったことは、人の存在って記憶だということ。どんなに長く生きたとしても、他人に何の影響も与えなかった人は誰の記憶にも残らない。生きている時から、既にその存在感は薄い。
反対に短い人生だったとしても、他人に影響を与えた人はいつまでも他人の記憶に残る。世界の偉人と呼ばれる人の存在感は、時代が変わっても色褪せることはない。その影響は後世までずっと世界の人々に引き継がれているからだ。
あらためて、いっちゃんが私に遺してくれた文書は大切にしないといけないと思った。あのレポートこそが、彼がこの世に残した記憶だし、彼がこの世に存在した証拠だ。それを他の誰でもないこの私に委ねてくれたんだ。
この世界の真理を明らかにした文書。そんなすぐに理解できるものではなさそうだったが、私になら任せられると彼は考えたんだ。もしかしたら、この内容を明らかにすることで世界中の人々を幸せにできると、彼は考えていたのかも知れない。彼の人生観、世界中の人を幸せにすることが彼の理想。そうでなければ、あれだけの資料を一体、誰が纏めようとするのだろうか。
彼が生きていたら、きっとこの資料の知識で世界中の人を幸せにしたのだろう。だけど、不幸にしてそれを成し遂げる前に彼はこの世を去ってしまった。常に最悪のことを考えてリスク対策をしていた彼。彼の気持ちを察すると、ここまで纏めた資料はどんなリスク対策をしようとも、必ず遺さないといけないと考えたに違いない。
そう考えると、普通に自宅にファイルを保管していると、彼の死後、その内容を理解しない人に捨てられたり、場合によっては数多くの書籍とともに売却されて、最終的には変な人の手に渡って悪用されてしまうかも知れないと思ったはずだ。実際に、両親は茶室にあった書籍を処分しようとしていた。だから、その情報が貴重であればあるほど、秘密管理をしたかったはずだ。
普通だったら、大切な遺産は親兄弟に遺すものだろうけれど、これは彼の人生観そのものだ。だから、彼の人生観を引き継いでいる私を、彼は選んでくれたんだ。そう思うと心に熱いものがこみ上げてきた。その引継ぎの方法として、冬のダイアモンドのパスワードや貸金庫まで使って私にその資料を遺贈してきた経緯には、彼の執念を感じた。
彼が言う見たことのない世界。その世界への扉を開けることは、彼との再会に繋がっている。まだ何を意味しているのかがわからないが、既に彼はこの世界にいると言っている。もうここまで来たら絶対に資料の内容を引き継いで、彼と一緒にその世界を見てみたい。詩があらためてその思いを強くしたとき、車内の中で会社の最寄り駅への到着を告げるアナウンスが流れてきた。
詩は、通勤客の人混みに紛れて地下鉄を降り、現実の日常生活に戻った。何気ないいつもの週明けの通勤風景だったが、これからの日常生活は、今までとは全然違う生活になる予感がした。




