お気に入り
朝起きて、ベッドの上で大きな欠伸を1回かく。その際に顎が激しく痛んだのは、昨晩受けた“覗きへの粛正”の影響だろう。 幸い今日は休日、顔を洗いながら、よく見れば少し腫れた顔を誰かにツッコまれることもないと安心してコンビニへと出掛ける。
――――
「ありがとうございましたー」
土曜日の朝だというのに、蒼井が学ランを着用していることに店員は訝しげな視線を向けながらも、頭を下げて鳥五目弁当を買った蒼井に頭を下げてくれる。
独り暮らしだったというのに料理の全くできない蒼井の朝食はいつも、このコンビニの弁当だと決まっている。本日も気分にあった弁当を手に下げてご機嫌気分で帰路につく。
しばらく進むと別れ道。右に進めば家に近いが急な坂道、左に進めば遠回りになるが平坦な道。いつもは急いで右を選択するのだが、今日に限っては少し違った。左の平坦な道へと歩を進める。緩やかなカーブが、どんどん家から遠退いていく感覚を味あわせるが、一応は近付いているのだ。なんとも不思議である。
「もう夏か――」
近くに見える森で蝉が鳴いたように感じた。思えば、もっと激しく鳴いていてもいいような季節だ。「アチィ」と呟きながら、蒼井は学ランの袖を捲った。
実はこの遠回り、選んだことこそ気分で決めたのだが、確かな目的があって進んでいる。
その目的まで後少し……
――――
「着いたーー!!」
やがて、蒼井がたどり着いたのは小さな木製のベンチだった。近くに見えていた森の木々は、更に道へとはみ出してきており、ベンチの周辺の日を遮ってくれている。
ここが俗にいう“蒼井のお気に入りの場所”
恋有夜は休日は昼まで眠るというのが決まっているし、ここで朝食を摂っていくのもいいかな、と蒼井は思っていたのだ。
すぐさまベンチに腰掛けて、膝の上に鳥五目弁当を広げる。
「頂きます!」
弁当の前で腕を合わせた瞬間、確かに蒼井の横を風が吹き抜けていった。この場所には似つかわしくなく、不快感すら覚えるほどの暴風だ。
弁当につけようとしていた箸を止めて、蒼井は不意に現れた、自らの背後に立つ男に声をかけた。
「何しに来やがった? 桔梗」
それは、少し前に蒼井と命の駆け引きを行ったばかりの男――桔梗であった。巨大な鎌を背中に担いだ桔梗は、無言で数歩蒼井に歩み寄ってから、ようやく口を開いた。
「もう一度戦ってはくれぬか?」
意外な言葉だ。前回は何の断りもなく襲いかかってきた癖に、本日に限り律儀に許可を求めてきた。
「なぜだ?」
そのことを不思議がらないわけもない。
かといって、大して興味があるわけでもない。が、蒼井は桔梗に問い掛けてみた。
「……前回は決着が付かずじまいだったからな」
「それだけか?」
「スッキリしないだろう」
冷静沈着で、論理的な人間だと思っていた桔梗から随分感情的な、浅い理由が聞き取れたことに蒼井は少しだけ口元を吊り上げた。
――彼も戦いが嫌いなわけではない――
「いいぜ、決着をつけよう!!」
目の前で黒桜を構え、短く桔梗に返事をした。