愛故に
動揺する心。怒り、桔梗に対する激しい感情。申し訳なさ、白鳳華蓮に怪我をさせてしまった、無力さの悲観。
その2つが混じり、原動力となり、獣となった蒼井は強かった。が、その精神状況はまさに歪。
ふとした拍子に壊れてしまう、複雑でありながら酷く単純。 そんな心は、今、目の前に立ちはだかる華蓮により、壊れてしまっていた。
――桔梗を殺してしまいたい。
華蓮に、校長に、大切な人達に怪我をさせた桔梗に復讐を!
――華蓮……
間接的とはいえ、自分が怪我をさせてしまった少女。彼女の言うことは、なるべく聞いてあげたい。
黒桜を握る手が、振るえているのが分かる。ズボンから垂らしたアクセサリーに、刀身が何度も当たり、カチャカチャと何度もなった。
(分からない)
下唇を強く噛む。
(分からない)
それでも涙は止まなくて
(分からないよ)
気がつけば、その場に座り込んでいた。
―――
自分の気持ちに整理がつかない蒼井。
暴れる彼を、目を見開きながら見て、動揺しながらも、一方で白鳳華蓮は、その気持ちの全てを悟っていた。
「蒼井さん……」
付き合いが長いと分かる、彼の優しさ。直情的なものではないが、蒼井も確かに優しい人間である。それが、自らの力で他人を傷つけたら、やりたくないことを無理矢理にやらされたら……
(どんなに優しくても怒り、ますよね)
昔、いじめられていた自分。だからこそ、悲しみの中で覚える怒りには、不思議な親近感が湧いた。 そして、それと同時に胸に針が刺さるような痛みも、確かに感じた。
蒼井さんが好き。
そうなって欲しくない。
優しい蒼井さんでいて
蒼井さん。蒼井さん、私の正義の味方
華蓮の中の蒼井は、昔、いじめから救ってくれた、紛れもないヒーローだった。
そのヒーローが怒りで、他者をいたぶるなんて、華蓮には耐えられなかった。
見てるだけで、こんなに、苦しい。じゃあ、本人はどれだけ辛いのか。
気がつけば華蓮は、桔梗と蒼井の間に割って入っていた。
―――
「お主には、助けられたな」
投げ捨ててしまった大鎌を、軽々しく拾い上げ、桔梗が華蓮へと言葉を放つ。
「感謝する」
そして、敵であるはずの桔梗は、清々しいまでに綺麗な礼を華蓮に向けた。
「いえ、お気になさらず」
それだけ真面目な桔梗の態度に、失礼がないよう丁寧に返事をすると、蒼井へと振り返る。
振り返る瞬間に、背後から強い風が吹いたのは、桔梗が引き上げた時の突風だろう。美しい髪をその風に流すと、華蓮は蒼井の肩を叩いた。
「蒼井さん」
「白、鳳。ごめん……俺」
蒼井に落ち着きが現れ始めていることに、華蓮は気付いた。
そして、次に何をしようとするかも。
「土下座なら、しなくて結構ですよ」
柔らかみを含んだ、優しい口調で蒼井に釘を刺す。
華蓮が言い終わる頃には、もう土下座の体制は整い、後は頭を下げるだけであった。 ……危ない。
あれだけの暴走をしてしまったのだ。
蒼井がこれくらいすること、目に見える。
そんなことはしなくていい。
私達のためにしてくれたんだから。
華蓮は蒼井を抱き締めた。
蒼井が完全に、落ち着くまで。