アーシア
「なんだってんだよ? あんた」
今、正直イライラしている。考えごとをして、憂鬱な気分だというのに訳の分からない女にちょっかいを出され、蒼井は相当頭に血が上っていた。
このまま女がふざけたような態度を取れば、それだけで顔面にクレーターを作ってしまうかもしれない。
「別に……ハフっ」
女は蒼井の問いを、特徴的な鼻の笑い方で飛ばしてみせた。
右足を強く踏み出すと、そのまま左に180度回す。そしてその回る勢いで左拳の裏拳を顔面に捻り込む――!!
が、しかし唐突に行われた、蒼井の如何にも重たそうな一撃は、簡単に女の左手で受け止められた。
「私、利き腕右なんですよ。ハフっ」
また、馬鹿にするように鼻で笑う。しかも、遠まわしに馬鹿にしやがった――!
許さねえ!!
体制を再び女と自分が向き合う形に戻すと、左足を女の手と自分の拳との間にまで振り上げる。
当然、女は蹴りをくらいたいと思っているわけではないので蒼井の拳を離して、バックステップを踏む。
(貰った……!)
即座に体制を低くして、女に突進する。
脚力には自信がある。素早い踏み込みで、女の腹に一撃を
「や~めた」
いれなかった。というか、今回は本能的にいれられなかった。
冷静に考えれば、目の前の女が妊娠していたりしない保証がどこにあるだろうか? もし仮に彼女の腹に子供が居たなら、殺してしまうことになる。
流石に罪のない人間を殺せるほど、彼はロクデナシではない。
「ハフっ」
また笑った。やはり、イライラするが何だろうか? 心の中のモヤモヤは取れた。
「悩みは、楽に、なりました?」
区切り区切りに女が声をかけてきた。
どうやら、初めから蒼井が悩んでいることに気が付いていたらしい。
しかし、そうなると疑問が生じる。
「俺に突っかかりがあったの、気付いてんならなんでわざわざ挑発してきた?」
そう、先に手を出したのは蒼井にしろ、手を出される原因は女にあったのだ。
今回ばかりは蒼井が途中で吹っ切れたから良かったものの、普通はそのまま殴られる筈だ。
つまり、女は殴られようとしたに近い。
その点が、蒼井には理解出来なかった。
「……稲妻の、力。正常に作用しているのが、分かってたから。ハフっ」
「――!」
“稲妻”という単語に蒼井は目を見開く。
まさか……あれを見られていたのか――!!
いや、火災現場にこんなに特徴的な人間が居たなら、直ぐに分かる。それに、稲妻に詳しいような物言いだ。
間違いない。目の前の女は何かを知っている。
「……稲妻はなんだ」
気が付けば、勝手にそんな質問をなげかけていた。
無意識だったが、きっと思考が正常に回っていても同じ質問をしていたのだろう。
女の、表情を伺うことの出来ないサングラスを見つめてみる。一度、強く太陽光を反射した気がした。
「“アーシア”だから」
「アーシア?」
「貴方達のような、人達の、集まる所」
呆然とした。つまり、自分のような能力者が何人もいるということらしい。少なくとも、一組織を作れるほどには。
蒼井は、不思議な感覚と共に自分以外にもこんな能力を持つものがいると安心感を得ていた。
どんな顔をしていたのか。きっとマヌケな顔だったのだろう。そんな蒼井に女は手を差し出した。
「ようこそ、アーシアへ」