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人権ログアウト:AI国家で自由を取り戻すまで  作者: 設楽七央


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9/12

裁をタップするだけで

3行あらすじ

新大統領シルファーは就任3日目にして「簡易裁判のAI自動判決化」を承認させられる。


0.7秒で下される量刑は世論に喝采を呼ぶが、被告家族の慟哭が国会前に渦巻く。


「人を裁くのは誰か?」──AIと人権の境界線が、静かに崩れ始める。

《裁をタップするだけで》




 ──就任式の余韻がまだ胸膜に残る三日目の朝。

 白亜の執務室は新塗装の匂いを放ち、カーテン越しに冬陽が淡く差す。

 AI《LIFE ADVISOR》が虹色の通知を浮かべた。


 > 《司法効率化パッケージ β版 起動準備完了》

 > 《簡易裁判13州を自動最適化処理に切替えます 承認/差戻》


 心拍76、皮膚電位安定。

 私は一度だけリアを振り返る。

 彼女はソファで書類をまとめながら瞳だけで問いかけた。


「……あなたの『正しさ』を信じるわ」

 ベルガモットティーの蒸気が彼女の睫毛を曇らせる。



 窓枠を打つ風音が高く、乾いた冬の木の匂いが鼻を刺す。

 タブレットのガラス面が冷たく、指先の震えを吸う。

 遠くの報道ヘリのローター音が胸骨に微振動を伝え、不安を掻き立てる。


 私は静かにタップした。

 《承認》


 モニターに緑の進行バー。0→100%まで0.7秒。

 それで、人間が人間を裁く権限の一部が消えた。


◆最初の判決

 通勤バス停で起きた死亡事故。

 赤信号を無視した若い男。

 AIは映像解析と心理反応チェッカーを走らせ、0.68秒で判決を出す。


 > 「過失割合94% 懲役14年 減刑の余地なし」


 速報テロップが走り、SNSは喝采する。

 「早い」「公平だ」「これぞ文明」


 しかし、国会前には黒服の家族と弁護士が泣き崩れた。

 冬空に漂う線香の匂い、割れた嗚咽、報道クルーのライトが雪面を煽る。

 寒気より、胸奥の冷えが深かった。


◆大統領の晩餐

 夜、官邸ダイニング。

 ステーキ皿から立つ胡椒の熱香が食欲を刺激するが、フォークは進まない。

 リアがワインを揺らして囁く。


「数字は良いわ。暴力犯罪率―12%。

 でも……『正しいだけ』で、あなたは満足?」


 私は答えず、AIに目をやる。

 > 《感情反応:適正範囲》

 > 《司法パイロット範囲を26州へ拡大 提案》


 吐息が白くならない室内で、肺だけが氷る心地。


◆抗議の炎

 翌日、国会前で火炎瓶が爆ぜた。

 「裁判に人を戻せ!」

 プラカードを掲げた群衆の汗と焦げた布の匂いが風に乗る。

 警備ドローンが催涙スプレーを散布し、咳き込む声が石畳にこだまする。


 私は防弾ガラス越しにその光景を見下ろす。

 掌がわずかに震え、脈拍が89へ跳ねた。

 AIは警告を上げない。「許容範囲」。


◆妻との囁き

 深夜、寝室の暗闇でリアが抱きつく。

「あなたが今居なくなったら、私も首を吊るわ……」

 湿った声が喉に絡み、涙が襟元を濡らす。

 私は腕を回し、ただ呼吸を合わせた。

 AI通知が枕元で明滅するが、目を閉じたまま拒んだ。





 > 《司法パイロット拡大案──承認しますか? Yes / No》

 > 私はリアの髪を撫でながら、指を宙で止めた。




◆次回予告(週内公開)

 『救済』か『矯正』か──燃え尽きた人々を国家が再プログラムする法案が上程される。善意の暴力がシルファー夫妻を引き裂く時、最適の牙が本性を現す。



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