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死の大統領選Ⅱ──崩壊と静寂

3行あらすじ

第2回討論会、アンドレイは開口一番「私も妻を亡くしました」と告げ、ランシングの心臓弦を直撃。


ランシングは『守護者』シュトラウスを失った喪失を叫び、全国生放送で泣き崩れる。


その瞬間、彼の政治生命は終わり、やがて〈死の大統領選〉と呼ばれる連鎖自殺へ繋がっていく。



《死の大統領選Ⅱ──崩壊と静寂》


 ──討論ステージのライトが夜空より白い。

 鼓膜を震わす歓声がいったん収束し、司会のカウントが無音をつくる。

 私はマイクを握り、視界左隅のAIプロンプトを閉じた。

 心拍82。自分の言葉で語ると決めた。


 隣で青ざめているランシングに、つま先を向ける。そっと、右手を胸に押し当て辞儀をした。

「私も妻を亡くしたことがあります。

 愛する人を喪ったあなたの痛みは、想像ではなく記憶で理解できます」


 空気が凍りつく。

 ランシングの瞬きが止まり、客席のカメラフラッシュが散弾のように弾けた。

 汗の塩味が唇に滲む。


 照明熱が額を焦がし、鼻腔でケーブルの焼ける匂いが立つ。

 ランシングの喉が嚙み切れそうに震え、マイクが小さく悲鳴を上げた。

 観客席から香水と焦げたフロアライトの匂いが渾然と押し寄せ、胸を詰まらせる。


「彼に守られたかったから大統領を目指したのにっ!

 意味ない! 彼が居ないと意味ないんだ!」


 ランシングは身を折って絶叫し、拳で演台を叩きつけた。

 瞬間、頬が濡れ、嗚咽がカメラマイクを飽和させる。

 彼の妻と幼い子どもが客席で立ち上がり、彼女は子どもの耳と目を抑えるために抱きしめた。

――ランシングの母親が甲高い悲鳴を上げ息子の頬を打とうとする映像が、全米へ同時送信される。

 「政財界のゴッドマザー」と呼ばれた女傑が瓦解する音が、スタジオに響いた。


 司会は言葉を失い、スタッフが駆け寄るが、カメラは切られなかった。

 床に泣き崩れたランシングの背に、私はただ十字を切り、沈黙する。


 ──ランシングの政治生命が終わった瞬間だった。

 



◆連鎖する死と『死の大統領選』

 討論会から四日後。

 シスコで挙行されたシュトラウスの葬儀は濃い霧雨に包まれ、海軍礼砲が雲を割った。

 同時刻、ランシングは遠く日本、『彼が滑落した』崖から身を投げたと報道され、さらに彼の選挙陣営を地獄に突き落とす。

 一人息子の死を知った母親は、その夜、自宅寝室で首を吊った。


 数十年後、歴史家はこの一連の事件を『死の大統領選』と呼ぶ。

 勝者も敗者も、血と涙の上でしか立てなかったからだ。


◆妻の抱擁

 夜、官邸のテラス。

 街灯が濡れた欅を鈍く照らし、土の匂いが重く立つ。

 リアが私を抱き締め、耳元で囁く。

「シュトラウス氏ね、日本の恋人が、あの崖で滑落死されたのですって」

 ああ、やはり、あの男が位置エネルギーなどで死ぬはずはなかった。彼は感情によって死んだのだ。

 私が、妻の死で抜け殻になったように、あの男も、動く気がなかったから、死ねたのだ。

「私も、妻が死んだ時、死のうと思った…………」

「あなたが今居なくなったら、私も首を吊るわ……」


 彼女の声は震え、肩越しに感じる鼓動が速い。

 私は何と答えるべきか分からず、ただその温度を受けとめた。

 AIの通知が袖口で明滅するが、視線を向けなかった。


 シュトラウスのAIも、死んだ。


 > 《大統領就任準備プロトコルを起動しますか? Yes / No》

 > 私は妻の背に腕を回し、画面を見ずに目を閉じた。





◆次回予告(週内公開)

 就任式まで残り30日。国家を『最適化』へ導くAIは、新大統領に「司法の自動判決化」を最優先タスクとして提示する──人を裁くのは誰か?



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