彼女とアプリと結婚と
3行あらすじ
AIの誘導で立ち寄ったカフェで、アンドレイは『同類』の起業家リアに衝突する。
二人は《LIFE ADVISOR》を通じて急接近、コンサルと投資家として共闘し事業を急成長させる。
成功パーティーの夜、AIは次のタスクとして〈婚姻〉と〈政界進出〉を同時提示──24時間で選択せよ。
《彼女とアプリと結婚と》
午前十時、初夏の陽射しが高層ビルの窓面を跳ね、歩道に細かな光をばら撒いていた。
私は緊張も退屈もない空洞を胸に抱えつつ、AIに促されるままドトールへ向かう。
入口を潜った瞬間、視界が白く弾けた──前方の女性と真正面でぶつかったのだ。
スマートグラスが外れ、テーブルに転がる。互いの端末画面に同時表示された文字。
> 《お幸せに!》
「……あなたも、このアプリ?」
彼女――リア・カーヴィ(34歳、ヘルスケアスタートアップCEO)は笑いながら尋ねた。
落ちたカフェラテが芳ばしい湯気を上げ、店内にキャラメルの甘い匂いが漂う。
私は頷き、自己紹介もそこそこに席へ──指示どおり『15分の対話』が始まった。
リアは慢性疾患患者の行動データを解析し、リハビリ最適化アプリを展開中だという。
話しぶりは快活だが、目の奥に切迫した輝きが見えた。
「資金繰りが追いつかなくてね。次の投資ラウンド、壁が高いの」
私は耳を傾けながら、かつての自分を思い出していた。
呼吸が浅く、手の平が熱い。胸の奥で『コンサル魂』が目を覚ます。
《LIFE ADVISOR》が私のAR表示にシートを被せてきた。
> 【事業診断:不足リソース=資金2.7M/組織戦略/IPO準備】
> 【アンドレイの適合度:96%】
たった2秒の解析。だが十分だ。
「数字を見せてくれ」
リアは目を丸くし、それでもタブレットを差し出した。
カフェのテーブルが臨時の作戦司令室になる。
売上推移、CAC(顧客獲得単価/マーケ費)、法規制リスク……
それらを確認する三分に一度、『カフェモカの甘苦い香り』と『彼女の指が震える感覚』が挟まる。
私は赤ペンでキャッシュフローを再構築し、AIが瞬時に棒グラフへ変換していった。
──気づけば二時間。
リアの瞳は不安から期待へ、そして確信へ色を変えていた。
「あなたとなら、行けるかもしれない」
その囁きに、胸骨の裏が熱く脈打った。
翌日から私たちは正式にパートナーとなった。
リアは製品を磨き、私は資本と顧客網を供給する。
朝は500mジョグ、昼は資本交渉、夜は開発レビュー――体も頭もよく回った。このために運動をしていたかのようだ!
半年後、事業はシリーズBで1億ドルを調達。
祝賀パーティー会場のシャンデリアが水晶の雨を降らす夜、AIが金色のポップアップを表示した。
> 《成功を確認。次の推奨タスクを提示》
> 1. リア・カーヴィとの婚姻 成功確率88%
> 2. 政界進出(上院補欠選):勝率63%
> 《同時選択可。回答期限:24:00》
政界?
リアはシャンパンを掲げながら私を見上げた。
「次はどんな『最適』を選ぶ?」
彼女の頬に灯る紅が、ワルツ曲線のように揺れる。
クラリネットが甘くくゆり、人いきれと香水が混じる空気が、胸を焦がす。
> 《婚姻契約ドラフト/政界出馬届 どちらを先に承認しますか?》
> 私は指を宙に止め、秒針の刻む音を聞いた──残り23:59:12。
次回予告(週内公開)
婚姻か、政界進出か──二つの『最適』を天秤にかける夜。AIのアルゴリズムを超える決断は下されるのか。




