したいことがないなら『答えて』みて
3行あらすじ
AI《LIFE ADVISOR》は「夢のない男」に1,000を超える『心の穴あけ質問』を投げ続ける。
回答ログは瞬時に物語化され、主人公アンドレイ自身が読み耽るほどの回顧録へ進化。
画面に提示された『次のタスク』は、若き日に封印した〈あの夢〉──選ぶのは24時間以内。
雨粒が曇りガラスを斜めに走り、午前六時の街路樹を滲ませている。
──体は重いのに、指先だけが妙に騒いでいた。
私はソファに沈み、スマートグラスを額へ滑らせる。
《LIFE ADVISOR》を起動すると、青いパネルが即座に浮かんだ。
> 《したいことがないあなたへの特別質問モード》
「まったく、物好きなAIだ」
苦笑しつつ、質問リストをスクロールする。
◆深堀りプロンプト
《今、好きな香りは?》──ベルガモット。
《十歳の誕生日に欲しかった物は?》──赤い自転車。
香り、音、記憶──
地の文三行ごとに鼻腔や指温がざわめく。
心拍が上がるたび、画面左隅のバイタルグラフが脈を描いた。
《死に一番近いと感じた瞬間は?》
「妻の病室で、心電図が直線になった夜だ」
私の声は、誰にも届かない空気に溶けた。
◆1000問目の着信
回答ボタンをタップした瞬間、景色が切り替わる。
> 《今日の総括》
・共感閾値:78%
・孤独耐性:92%
・感覚記憶密度:23.4 bit/秒
統計の羅列なのに、妙に胸が熱い。
「私というデータ」が、私より私を語っている。
◆生成された回顧録
画面に革装丁風の表紙が現れた。
> 『SILFUR—六億秒の肖像』
タップすると六章立ての目次。
過去の選択・挫折・歓喜が、物語として整列している。
「他人事みたいだが……面白い」
ページをめくる音と、遠い昔の潮騒の匂いがリンクした気がした。
◆AIからの『提案』
最後のページを閉じると、真紅の通知。
> 《あなたの回答傾向は世界人口0.01%未満》
> 《成功確率の高い次のタスクを生成しました》
画面中央に現れた五文字。
『月面ビジネス』——若き日に夢見て捨てた、あの計画だった。
喉が、ごくりと鳴る。
──今なら、できるか?
> 《このタスクを採用しますか? 回答期限:24時間》
私は震える親指で「承認」を──まだ押せなかった。
◆次回予告(週内公開)
AIは『たった5分の散歩』から月面事業へと道筋を示す。アンドレイの最初の一歩は、果たして地球上で踏み出されるのか?