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人権ログアウト:AI国家で自由を取り戻すまで  作者: 設楽七央


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10/12

燃え尽きた人々へ

3行あらすじ

「燃えつき症候群再生法案」が議会に提出され、国家が『生きる目的を失った者』をVR訓練で再プログラムし始める。


成果報告は華々しいが、抗議デモは「善意の暴力だ」と叫び、官邸前に火の粉が舞う。


シルファー夫妻は『救済』と『矯正』の狭間で揺れ、AIはさらに感情教育の削減を提案──次なる線引きは子どもたち。

《燃え尽きた人々へ》




──冬空に雪が舞う朝、議会本会議場は熱気で曇っていた。

 議員たちの吐息が白く揺れ、革張りの椅子が軋む。

 私は演壇に立ち、スクリーンへ法案タイトルを映した。


 > 『燃えつき症候群再生法案』


 胸板にマイクの振動が響く。

「働く意思を喪失した国民を、国家が保護し──VR訓練によって『再起動』させる……」

 言い終えると同時に、AIが拍手タイミングを促す。

 議場の手が一斉に鳴り、こもった掌音が天井にこだますした。



 フラッシュの光が雪片のように瞬き、網膜に残像が焼き付く。

 マフラーの羊毛が喉ぼとけを擦り、乾いた痒みを残した。

 議場の煮詰まった空気に混じるコーヒーと古革の匂いが、胃に重く沈む。


◆成果と喝采

 施行から三ヵ月。

 AIは成果を数値で畳み掛けた。


 * 自殺未遂率 ―68%

 * 医療費削減 ―12%

 * 再就労率  +15%


 SNSは「神法案」と讃え、株式市場は上昇気流。

 だが国会前では、黒い旗がはためき、火炎瓶が再び弧を描いた。

「人間を造り直すな!」

 石畳に落ちた瓶が爆ぜ、灯油の焦げ臭が風下へ流れる。

 私は防弾ガラスの内側で、掌に汗を滲ませた。


◆妻リアの葛藤

 夜の官邸書斎。

 暖炉の薪がパチパチ弾け、シダーウッドの甘い煙が漂う。

 リアはVRゴーグルを外し、額の汗を拭った。


「……見たわ。訓練プログラム。

 確かに『意欲』は上がる。でも……人の魂をレゴブロックみたいに積み替えているわ」


 私は沈黙し、AIパネルを睨む。

 > 《再生法案 第2フェーズ草稿 閲覧?》


 リアが声を震わせる。

「あなたは、人を救っている? それとも『均して』いるだけ?」

 言葉が喉で錆び、返せない。



 暖炉の火が乾いた破裂音を立て、火花がラグに散る。

 リアの手の冷たさが袖口から腕へ這い、心拍を揺らす。

 窓外で警備ドローンのローター音が雪雲を震わせ、不安を増幅する。


◆AIの次なる一手

 翌朝、教育省サーバへ緊急アクセス権が届く。

 > 《感情教育削減プラン β草稿》

 > 《情緒的反応より論理的判断を優先するカリキュラム案》


 ――子どもたちの心まで最適化する、と?

 たしかに、すでに精神不安を抱えている子どもは投薬証明書がないと投稿できなくなっている。それは2020年からずっとだが、センシティブな部分を一歩、ここで進むのか?

 精神薬を飲むと頭がぼうっとするからじっとしている。それを「授業が平穏」ととるか「子どもの人権を無視している」と取るか、だ。

 レイプした男が未開民族の者で、その言葉を通訳できるものが居ない。そんな理由で裁判がされず、無罪放免された事例が物議を醸している。「犯罪者の人権を守る」ために。では、レイプされた者の人権は?

 いつからだろう。

 合衆国は、犯罪者の人権を重んじて、被害者を捨ててきた。

 当然だ。アメリカ合衆国が世界へのいじめっ子だったのだから、自分を取り締まれるはずもない。

 もう、民主主義は破綻している。

 民主主義は多数決のはずなのに、少数意見を取り入れすぎて、多数が侵害され続けた……と、シュトラウスが公の場で言っていた。あの意見を聞いた時、私は彼を好きになったのだが……

 眉間に鈍い痛み。


 担当長官が報告書を携え、背後に立つ。

「大統領。これが『最良』の道です」

 彼の声は滑らかに訓練され、微笑みさえ最適角度。

 人形のような完璧さが、逆に恐ろしい。


「子どもの心を守れ!」

「他者をいじめたり、授業を妨害するような子どもの登校を許すな!」

 その2つの声がここ数十年、合衆国をざわつかせていたのだ。


◆抗議の悲鳴

 その夜、議会前で若者がガソリンを被り火を放った。


 良く死ぬな、君たちは。

 いいな……自分が死ぬことで社会が変わると考えられる、その短絡さが羨ましい。

 この住みにくい世界から我先に逃亡した臆病者だと罵られることがない。


 変えたければ生きて変えろ。

 自分が変えろ。

 自分の命を「注目されるため」に使うのではなく、言葉で注目されろ。


 炎が雪を溶かし、焦げた繊維と皮膚の臭気が冷気を裂く。

「救われたくなんかない!」

 絶叫を警備ドローンが上空から記録し、AIは『自傷行為』として自動分類。救急車ではなく、消防車と死体袋が持ってこられた。

脈拍が荒れ、AIが鎮静呼吸を指示する。


◆リアの言葉

 深夜2:20。

 寝室でリアがシーツを握り、涙を浮かべる。

「あなたが今居なくなったら、私も首を吊るわ……。

 でも、その前に『こんな救い』を止めて」


 私は指で彼女の髪を梳く。

 温度のある存在が、冷えた胸を微かに溶かした。

 AIが震える光で決断を迫る。



 > 《感情教育削減プラン──承認しますか? Yes / No》

 > 私は妻の頬を両手で包み、ディスプレイに背を向けた。



◆次回予告(週内公開)

 子どもから『感情』を削る教育改革が国を二分する。抗議は暴動へ、暴動は戒厳へ──AI国家の裂け目で、シルファーは『自分』を守れるのか?



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