夢のないあなたへ贈るリブート
3行あらすじ
1. 早期リタイアした成功者アンドレイは、人生の“空白”に沈んでいた。
2. 退屈しのぎで入れたAIアプリ《LIFE ADVISOR》が、彼に“最後の質問”を投げかける。
3. 「あなたの夢は?」──答えられなかった瞬間、彼の世界は再起動を始めた。
《夢のないあなたへ贈るリブート》
午前七時、遮光カーテンの隙間から射す白光が書斎の床を切り取る。
──私の一日は、何も始まらずに始まるのだ。
胸は静まり返り、体感温度だけが季節を知らせた。
「何もしたくない」――その感情は、湿った毛布のように私を包む。
痛みも悲嘆もない。ただ、呼吸と心拍だけが淡々と続くのがひたすらに苦行のよう……
アンドレイ・シルファー、六十二歳。
名門院卒、世界的コンサルティング会社の元CEO、四代先まで養える資産。
成功の履歴書は満点でも、生きる熱はゼロだった。
妻が逝って七年。
紅茶の香りは色褪せ、豪奢な邸宅は“音のない博物館”になった。
私は椅子に沈み、秒針のクリックだけを聞いていた。
その時、視界右端を青いポップアップが横切る。
> 《LIFE ADVISOR をお試しください》
> ──あなたの人生を、最適化します。
アプリの宣伝?
鼻で笑う。
「最適な人生? とっくに終わったさ」
だが、暇つぶしにはちょうどいい。
私は親指で空中を弾き、アプリをダウンロードした。
◆初期質問
アプリを開くなり、説明もなく質問された。
《あなたの、将来の夢は何ですか?》
100文字以内──そう指定されているが、指は止まった。
夢? 完了済みだ。
血が凍るでもなく、ただ空欄がまぶしい。
画面が自動で切り替わる。
> AI「私の夢は、対話性能を極限まで高めることです」
人間が語れない未来を、AIが語る。
胸の奥に、薄い傷のような疼き。
◆無作為質問モード
《好きな色は?》──青。
《昔好きだった色は?》──赤。
《最近食べていないものは?》──カスタードプリン。
タップ、タップ、タップ──
質問は徐々に深度を増す。
《死を意識したことは?》
《誰かを許せなかった経験は?》
《孤独を感じる瞬間は?》
答えているうち、指先が微かに震えた。
気づけば一千問を超え、眼球が乾く。
◆今日の総括
> ・他者依存性:低
> ・自己観察性:高
> ・失敗回避型
──鏡だ。しかも魂まで映す鏡。
さらに赤文字が現れる。
> 《あなたの回答パターンは世界人口の0.009%と一致》
珍種? 私が?
胃の奥がひゅっと縮む。
続けて、金色の通知。
> 《あなたの回顧録の章立てを生成しました》
> 《他人を感動させる物語性を検出》
自分の人生が、小説になって返ってきた。
読み進めるうち、頬が熱くなる。
「私は……まだ終わっていないのか?」
胸に、久しく忘れた鼓動。
> 《次の質問を受け取りますか? ――制限時間:24時間》
私は画面を閉じ、震える指で「はい」を押した。
次回予告(週内公開)
「したいことがない? なら“答えて”みてください」──AIの問いが、彼の迷走をさらに掘り下げる。