表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/31

第7話 仲間

「間違い、ありませんか?」イリュシアの声が微かに震えている。「自分の尾を噛む、蛇の意匠……本当に、そう見えたのですね?」


 イリュシアの声が、微かに震えている。


「はい」ノアは力強く頷いた。「間違いありません。鈍く光る、銀色の……蛇の指輪でした」


 あの、ぬらりとした不吉な輝き。

 死の気配を纏うかのような、冷たい光。

 忘れるはずがない。


「【邪教ウロボロス】……古くから存在する組織です」


 彼女は一度目を伏せ、乱れた呼吸を整えるように、ゆっくりと息を吐いた。


 そして再びノアを見た。

 その瞳には苦悩と……それ以上に、強い決意が入り混じっている。


「彼らは、世界から失われたはずの禁忌の力――古代の強力な魔法の復活を目論んでいると……」


 禁忌の魔法。

 父さんが戦っていたという「悪意」とも、どこかで繋がっているのだろうか。


「王都周辺で近年起きている不可解な事件の背後にも、彼らの影があると言われています。誘拐、暗殺……目的のためなら手段を選ばない、危険な集団です」イリュシアの声に、一瞬、深い悲しみと、燃えるような憎悪の色がよぎった。まるで、決して忘れられない個人的な痛みを、心の奥底から呼び覚まされたかのように。「……本当に、許せない者たちです」



 予想だにしなかった言葉の数々に、ノアは息を呑んだ。

 ただの暗殺者ではない。

 もっと大きな、底知れない闇が、すぐそこまで迫っている。

 そんな感覚が、背筋をぞくりと這い上がった。


「でも……どうして、僕たちが……?」


 疑問を口にせずにはいられなかった。

 なぜ、辺境の村の宿屋の息子と、訪れたばかりの姫が、そんな危険な連中に狙われる?


「私にも、わかりません」イリュシア様は静かに首を振った。「ですが……理由はともあれ、私たちは狙われている。それが、あなたの未来視が示す事実なのでしょう」


 彼女は再び、ふぅ、と長い息をついた。

 恐怖や混乱を、無理やり押し込めているように見えた。


「ひとまず、今は生き残ることを考えましょう」


 その声には、先ほどまでの動揺はほとんど感じられなかった。

 凛とした、強い意志。

 さすがは、姫様だ。切り替えが早い。


「未来視によれば、犯人は黒衣の男……ただ一人、でしたか?」


「はい。僕が見た限りでは一人でした」


「そうですか……」イリュシア様は顎に手を当て、思考を巡らせる。「内部に裏切り者がいる可能性が高い、と先ほどあなたは言いましたね。その線で考えるなら……」


 問題は、どうやってその「内部の裏切り者」を見つけ出すかだ。

 時間がない。

 今夜、襲撃が起こるのだから。


「その……蛇の指輪。ウロボロスの指輪が、唯一の手がかりですよね」ノアは言った。「誰か、そういう指輪をしている人がいないか、探せませんか?」


「ええ。それが一番確実でしょう。ですが……」イリュシア様は眉をひそめる。「犯人も馬鹿ではありません。おそらく、普段から指輪が見えないように工夫しているはずです」


「工夫、ですか?」


「ええ。例えば……常に手袋をしているとか」


 手袋。

 言われてみれば、騎士の中には、常に革の手袋をしている者もいるかもしれない。

 夏でも、だ。

 礼装の一部として。

 あるいは、武器を扱う上で。


 侍女たちも手袋をつけている者がいるかもしれない。


「そもそも」ノアは、さらに厄介な可能性に思い至った。「僕たちに気づかれるのを恐れて、一時的に指輪を外している、なんてことは……?」


 そうなったら、もうお手上げだ。

 見た目だけでは、誰が犯人か、まったく判別がつかなくなる。


 ノアの言葉に、イリュシアも難しい顔をした。


 だが、そこで口を開いたのは、ノアの肩にいたフィーリアだった。


「あの、ノア様、イリュシア様」小さな声が響く。「そういう、特別な力の込められた指輪って、普通は簡単には外さないものですよ」


「え? どういうこと、フィーリア?」


「【邪教ウロボロス】がどんな組織かは私も詳しくは知りませんけど……」フィーリアは少し考え込むように宙を漂った。「一般的に、『契約』の証となるような魔法具は、常に身に着けていることに意味があるんです。そうすることで、組織との繋がりを保ったり、あるいは……特別な力を得られたりする場合が多いですから」


 契約。力。

 なるほど。

 ただの所属を示すアクセサリーというだけではない、もっと深い意味があるのかもしれない。


「フィーリアの言う通りかもしれません」イリュシア様も頷いた。「邪教が用いるような禁忌の力であれば、なおさら何らかの『制約』――例えば、常に契約の証を身に着けること――が求められる可能性は高いでしょう。力を得るための代償、とでも言いましょうか」


 つまり、犯人は今も、あの蛇の指輪を身に着けている可能性が高い、ということか。

 だとしたら、まだ希望はある。


「問題は、どうやってそれを確かめるか、ですね」イリュシア様は再び考え込む。「一人一人、身体検査をするわけにもいきませんし……」


 そんなことをすれば、警戒されるだけだ。

 もし犯人が護衛の中にいるなら、逆上して、その場で襲い掛かってくるかもしれない。


 何か、自然な形で、全員の手元を確認できる機会は……。


「……そうだ」ノアは閃いた。「夕食です!」


「夕食……?」


「はい! 今日は姫様を歓迎するために、母さんが宿の食堂で、ちょっとした宴席を用意するって言ってました! きっと、護衛の人たちや侍女さんたちも、何人かは一緒に……」


 貴人の食事は、普通なら自室で取るのかもしれない。

 だが、ここは辺境の村の小さな宿屋だ。

 村人との交流を兼ねた、ささやかな歓迎会のような形になる可能性は高い。

 母さんの張り切りようからしても、きっとそうだ。


「なるほど……」イリュシアもその可能性に思い至ったようだ。「確かに、食事の席ならば、手袋を外す機会もあるかもしれませんね」


「はい。そこで、注意深く観察すれば……もしかしたら、指輪が見えるかもしれない!」


 だが、他に方法が思いつかない。

 残された時間で、最も可能性のある手段だ。


「わかりました」イリュシア様は頷いた。その瞳には、覚悟を決めた光が宿っている。「その方法でいきましょう。夕食の席で、怪しい人物がいないか……探ってみましょう」


「僕も協力します!」


「ええ、頼りにしています、ノア」


 イリュシアは微笑み、すっと右手を差し出した。

 白く、形の良い手。

 貴族の、それも姫君の手だ。


 ノアは一瞬、戸惑った。

 何かの間違いだろうか、と。

 普通、貴族が、ましてや姫様が、宿屋の息子に握手を求めるなど、ありえないことだ。


 イリュシアは、ノアの戸惑いを察したように、少しだけ悪戯っぽく目を細めた。


「本来、このようなことは…身分のある者として、すべきではないのかもしれませんね」彼女の声は静かだったが、そこには確かな決意が滲んでいた。「ですが、今は……些細なことです。私たちは、共にこの夜を生き延び、見えない敵に立ち向かう、対等の『仲間』なのですから。そうでしょう?」


 対等の、仲間――。


 その言葉が、ノアの胸に強く響いた。

 身分も、立場も関係ない。ただ、共に運命に抗う者として、彼女はノアを認めてくれたのだ。


「どうか、あなたの力を貸してください。いいえ……共に、戦ってください、ノア」

カクヨムで新作書いてます!


『童貞のおっさん(35)、童貞を捨てたら聖剣が力を失って勇者パーティーを追放されました 〜初体験の相手は魔王様!? しかも魔剣(元聖剣)が『他の女も抱いてこい』って言うんでハーレム作って世界救います!〜』

https://kakuyomu.jp/works/16818622176113719542


本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!


ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!

フォローと☆評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ