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第5話 金色の、小さなリンゴの形をしたペンダント

 ――姫様だ。


 フードの奥から強い視線を感じた。

 探るような視線。

 そして、明らかに警戒している。


「あの……」


 声が掠れた。

 緊張で、うまく言葉が出てこない。

 だが、ここで黙っていては何も始まらない。


「手紙を……読んで、来てくださったんですね?」


 ノアの問いかけに、フードの人物は微かに頷いたように見えた。


 ゆっくりと、白い手がフードの縁にかかる。

 そして、静かにフードが後ろへとはらわれた。


 現れたのは、息をのむほどに美しい少女の顔立ちだった。

 艶やかな金色の髪がさらりと流れていた。

 青い瞳が、ノアを見つめている。


「あなたが……ノア?」


 凛とした声だった。

 落ち着いているようでいて、どこか張り詰めた響きがある。


「は、はい! 僕がノアです! 【陽だまり亭】の……」


 ノアが言い終わる前に、イリュシアは静かに言葉を継いだ。

 その声は、やはり凛としていて、揺るぎない響きを持っている。


「あなたの手紙、確かに拝見しました」


 姫は、わずかに息を吸う気配を見せた。

 少しだけ、言い難そうに。


「まず、お伝えしなければなりません」


 声のトーンが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


「手紙に書かれていた、あなたの……その、お気持ちは、とても嬉しく思います。広場でのことまで覚えていてくださって……追伸の言葉は、正直、少し驚きましたが……」


 ――ん? 気持ち? 追伸?

 フィーリアに言われて書き足した『広場での輝くようなお姿に心を奪われました。』か。


「ですが」イリュシアの声が、再びきっぱりとした響きを取り戻す。「申し訳ありません。そのお気持ちには、私は……お応えすることができません」


 はっきりと、しかしどこか申し訳なさそうに、姫はそう告げた。


「期待に沿えず……本当にごめんなさい。それでも、あなたの勇気と……その、好意には、感謝しています」


 姫は少し逡巡するように間を置いた。

 それから、まるで思いついたかのように、少しだけ明るい声色で付け加えた。


「よろしければ、ですが。友人として、その、文通から、というのはいかがでしょう?」


 ――文通?


 友人?


 いったい、何の話だ……?


 ノアの頭の中は、疑問符で埋め尽くされた。

 今、この瞬間にも、刻一刻と『死』の未来が近づいているというのに。

 どうして、そんな悠長な話が出てくるんだ?


 混乱して言葉を失っている僕の肩の上で、小さな声がした。

 ノアにだけ聞こえる、フィーリアの囁き。


「(……あの、ノア様……? そういえば、あの手紙……。特に追伸のあたり、よく考えたら……恋文みたいだったかもしれません)」


 ――恋文!?


 フィーリアの指摘に、僕ははっとした。

 そうだ。

 『輝くようなお姿に心を奪われました』。

 フィーリアに言われるまま書き足した、あの、一文。

 あれが原因か!


『どうしても、姫様に直接お伝えしたいことがあるのです。ただの宿屋の息子の戯言と笑われるかもしれません。この思いを伝えずに、後悔したくありません。どうか、ほんの少しだけでもお時間をいただけないでしょうか。』


 このあたりも、ちょっとラブレターっぽいかもしれない。

 だから、姫は『気持ちには応えられない』とか『好意には感謝する』とか、そんなことを……。


 ――勘違いされているッ!!


 致命的な誤解だ。

 そんな、男女の色恋沙汰のような話をしている場合では、まったくないのだ!


 残された時間は、もうほとんどないのかもしれない。

 こうなったら――。


 ノアは、腹を括った。


「違うんです。手紙のことは……いえ、今はそんなこと、どうでもいいんです! 僕が本当に伝えたいのは……!」


 言葉を選んでいる余裕はない。

 信じてもらえないかもしれない。狂人だと思われるかもしれない。

 それでも、言うしかないのだ。


「聞いてください、姫様! 僕は未来を見たんです!」


「未来……?」姫の声に、困惑と不審の色が濃くなる。


「はい! 今夜、起こるはずの、恐ろしい未来です! この宿の……あの、豪華な客室で……!」


 脳裏に焼き付いた、あの忌まわしい光景を必死に言葉にする。

 声が震えるのを止められない。


「姫様と僕が、血まみれになって、倒れていて……! すぐそばに、フードを被った黒い服の男が……剣を持って……!」


 断片的な言葉になってしまう。


 姫は、完全に沈黙していた。

 ただ、その美しい顔には、強い動揺と……そして、深い疑念が浮かんでいるのが見て取れた。


 やがて、絞り出すような、冷ややかな声が返ってきた。


「何を言っているのですか?」声、震えていた。「血まみれ? 黒い服の男……? ノア、あなたは……少し、どうかしているのでは……?」


 信じられない、という拒絶。

 それは、当然の反応だろう。

 だが、ノアにはもう、後がないのだ。


(どうすれば信じてもらえる!?)


 ノアは、必死に考えた。

 何か……何か証拠になるものはなかったか?

 あの未来視の中で、ノアだけが知り得た情報は?


 ノアは脳裏に、あの忌まわしい光景をもう一度必死に映し出した。

 血の赤、黒衣の男、そして……。


(あった……!)


 あの時、確かに見たのだ。

 近くの床に……ぽつんと落ちていた、小さな輝きを。

 これしかない。

 これが、ノアの最後の切り札だ。


「……姫様」ノアは、姫に向かって言った。「あなたが……おそらく、いつも肌身離さず身に着けていらっしゃる……大切な、ペンダントのことです」


 ぴくり、と姫の肩が揺れた。

 青い瞳が見開かれ、空気が一瞬で張り詰めたのが分かった。


 ノアは続けた。これが外れたら、もう終わりだ。


「金色の、小さなリンゴの形をしたペンダント」


 静寂。

 風が木々の葉を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。


「未来視の中で……血に濡れた、あの冷たい床の上に……それが、落ちているのを……僕は、はっきりと見ました」


 ノアは言い切った。

 あとは、姫の反応を待つだけだ。


 姫が息を呑む音が、確かに聞こえた。

 そして、わずかに、本当にわずかに、後ずさったような気配。

 声にならない驚愕が、その全身から発せられている。


「なぜ……」姫の口から声が漏れた。「それを……。どうして……あなたが……?」

カクヨムで新作書いてます!


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https://kakuyomu.jp/works/16818622176113719542


本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!


ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!

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