表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

第4話 潜入

 宿の外が、にわかに騒がしくなった。


 複数の馬が嘶く声、重い車輪が土を踏む音、そして人々のざわめき。


 ――もう来たのか!?


 窓からそっと外を窺う。

 宿の正面玄関に、立派な紋章の入った豪奢な馬車が数台停まっていた。

 強い日差しの中、護衛や侍女らしき人々が慌ただしく動き回っている。

 母の声も聞こえてくる。きっと、大忙しなのだろう。


「フィーリア、頼んだよ!」


「はい! かしこまりました!」


 フィーリアの元気な返事に、ノアはわずかに安堵した。

 だが、すぐに不安が胸を締め付ける。本当にうまくいくのだろうか……。


「姫様の部屋は、二階の一番奥、突き当たりの角部屋だ。豪華な扉だからすぐわかると思うけど……間違えないでね」念を押すように繰り返す。


「しっかり覚えました! お任せください!」フィーリアは自信たっぷりに胸を張る。その小さな姿が、今は頼もしく見えた。


 ノアは自室の木のドアをゆっくりと、音を立てないように少しだけ開けた。

 廊下に人影はない。

 母も階下で忙しくしているだろう。

 護衛たちは姫様の部屋の周辺――おそらくドアの前や廊下の要所に配置されているはずだ。


「よし……行ってくれ、フィーリア!」


 ノアの声に頷くと、フィーリアはドアの隙間から廊下へと、ふわりと舞い出した。

 その小さな背中が見えなくなるまで見送る。


 パタン、と静かにドアを閉める。


 ドアに背中を預けたまま、僕は大きく息を吐いた。

 心臓が、やけにうるさく鼓動している。


 ――頼むぞ、フィーリア。


 待つ時間は、まるで針が止まったかのように遅く感じられた。


 どのくらい経っただろうか。

 体感では十分にも満たないはずだが、もう一時間くらい経ったような気さえする。

 落ち着かなくて、部屋の中を意味もなくうろうろと歩き回る。


 その時。

 開けていた窓から、ひらりと小さな影が舞い込んできた。


「ノア様っ! ただいま戻りました!」


 待ち望んだ声だ。

 ノアは窓辺へ駆け寄った。


「フィーリア! どうだった!? 大丈夫だったのか!?」


 フィーリアは、少しだけ息を切らせて、興奮した様子でぶんぶんと首を縦に振った。


「はい! ばっちりです! 問題なく実行できました!」


 ――よかった……!


「本当か!? 見つかったりしなかったか? ちゃんと、姫様本人に渡せたのか?」


 矢継ぎ早に質問してしまう。


「もちろんです! お部屋に入る瞬間を狙って、ふわ~っと一緒に入って……。侍女さんが一人いましたけど、全然気づいてませんでした!」フィーリアは得意げに胸を反らす。「それで、姫様が椅子に座ったタイミングを見計らって、目の前のテーブルに、そーっと」


 まるでスローモーション映像を再現するかのように、フィーリアは手紙を置く仕草をする。


「手紙は、無事に渡せた、と。それは分かった。それで……姫様は? 何か言ってたか? どんな様子だった?」


 一番聞きたいのはそこだ。

 手紙を読んで、どう思ったのか。会いに来てくれるのかどうか。


 フィーリアは、そこで少しだけ言い淀んだ。


 あれ? とノアの心に小さな不安がよぎる。


「えっと……それが……」フィーリアは人差し指を頬に当てて、首を傾げる。「お話は、できませんでした」


「え?」


「手紙を置いた瞬間、姫様は『え?』って感じで驚かれて、すぐに手紙を手に取って……。私が『ノア様からです!』って小声で言ったら、また『えっ!?』ってなって。それで、すぐに手紙を読み始めたんですけど……」


 ごくり、とノアは唾を飲み込んだ。


「読み始めたんだけど……どうしたんだ?」


「ちょうどその時、扉の外から騎士の人が『姫様、お茶をお持ちいたしました』って声をかけてきて……。姫様、慌てて手紙をドレスの袖の中に隠しちゃったんです。それで、私も急いで部屋から飛び出してきちゃったので……」


 なるほど。

 話す時間はなかった、と。


 まあ……仕方ないか。

 手紙が無事に渡って、読んでもらえたのなら、それで十分だ。

 あとは、姫様の判断を待つしかない。


「わかった。よくやってくれた、フィーリア。本当にありがとう」


 ノアはフィーリアの頭をそっと撫でた。

 彼女はくすぐったそうに目を細める。


「僕たちは、やれるだけのことはやった。あとは、姫様が来てくれるのを信じて、約束の場所へ行こう」


「はい!」


 ノアはフィーリアを連れ、裏口からこっそりと宿を抜け出すことにした。


 まだ陽が高い。

 夕食の準備にはまだ時間がある。


 目指すは、宿の裏手……少し離れた雑木林の中にある古い井戸だ。

 子供の頃、何度か探検気分で近づいたことがあった。


 宿の敷地を抜け、雑木林へと続く小道に入る。

 昼間だというのに、木々が生い茂り、少し薄暗い。


「ここ……あんまり人が来なさそうですね」フィーリアが小声で言った。


「ああ。昔から、あまり使われてない井戸なんだ。水も枯れかかってるって話だし」


 だからこそ、密会には都合がいい。


 歩くこと数分。


 木立の向こうに、苔むした石造りの円が見えてきた。

 古井戸だ。

 石組みは所々崩れかかっていて、蔦が絡みついている。


 人気のない場所だった。


 ――ここで待つしかない。


 本当に、姫様は来てくれるだろうか。

 ただの宿屋の息子の、怪しげな手紙を信じて。

 しかも、「一人で来てください」なんて、無茶な要求までしてしまった。


 不安が再び鎌首をもたげる。

 もし、来なかったら? 手紙を読んでも、無視されたら?

 そうなったら、もう打つ手がないかもしれない。


 井戸の縁に腰を下ろす。

 石がひんやりと冷たい。

 時間が経つのが、やはり遅く感じる。

 太陽が西に傾き始めているのが、木々の隙間から見える光の色でわかった。


 焦りが募る。

 もう、来ないのかもしれない……。


 諦めかけた、その時だった。


 ――カサリ。


 背後の茂みが、微かに音を立てた。


 ノアは、弾かれたように立ち上がり、音のした方へ振り向いた。

 心臓が、早鐘のように鳴っている。


 茂みから、一人の人影が現れた。


 小柄な……少女?

 いや、違う。

 着ているものが、質素な旅人のマントで、フードを目深に被っている。顔はよく見えない。

 だが、その佇まい、雰囲気には、隠しようのない気品のようなものが漂っていた。


 フードの奥から、こちらを窺う視線を感じる。

 緊張と……警戒の色。


 間違いない。


 ――姫様だ。

カクヨムで新作書いてます!


『童貞のおっさん(35)、童貞を捨てたら聖剣が力を失って勇者パーティーを追放されました 〜初体験の相手は魔王様!? しかも魔剣(元聖剣)が『他の女も抱いてこい』って言うんでハーレム作って世界救います!〜』

https://kakuyomu.jp/works/16818622176113719542


本作を楽しんでいただける読者の方におすすめです!!


ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!

フォローと☆評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ