第3話 手紙
「フィーリア! 君の力を貸してくれ!」
絞り出した声は、自分でも驚くほど切羽詰まっていた。
「えっ? わ、私ですか? もちろんです! ノア様のためなら、私にできることなら何でもします!」
フィーリアは小さな胸を張って、健気にそう答えた。
「ありがとう、フィーリア。……その前に一つ、確認させてくれ。君の姿って、僕以外の人には見えてない……んだよね?」 確信が欲しかった。
「はい。見えてません」フィーリアはあっさりと頷いた。「ラグナ様にも教わりましたから、普段はちゃんと姿を隠すようにしています。もちろん、ノア様みたいに見せたい相手にだけ、見せることもできますけど」
――よかった……!
確かな安堵が胸に広がる。推測は当たっていたのだ。
「じゃあ……僕から少し離れたり、何か軽いものに触れたりもできる?」
「はい。まあ、そんなに重いものは持てませんけれど……」フィーリアは少し申し訳なさそうに付け加えた。
なるほど。
物理的な干渉力は限られるが、手紙くらいなら問題ないだろう。
「フィーリアにお願いしたいことがある」僕は決意を固め、彼女に向き直った。「僕がこれから姫様に手紙を書く。それを姫様に直接渡してもらうことって、できるかな?」
「はい! お安い御用です!」フィーリアは嬉しそうに羽を動かした。
僕はすぐさま部屋の隅にある書き物机に向かう。
羊皮紙とインク壺、そしてペンを取り出す。
さて……とペン先が止まる。
いざ書くとなると、何から書き出せばいいのかわからない。
未来視のこと、今夜の危険……それを正直に書けば狂人扱いされるだけだ。
警戒されず、緊急性を伝え、会ってもらう必要がある。
どんな言葉を選べば……?
前世でも手紙なんて書いたことがないのだ。
必死に頭を捻り、とにかくペンを走らせてみた。
拙くても、気持ちを伝えるしかない。
『イリュシア様へ
僕は、あなたの宿泊している宿屋『陽だまり亭』の息子、ノアと申します。
突然このような形でお便りすることをお許しください。
先ほど広場にて、あなたのお姿をお見かけした際、どうしてもお伝えしたいことが脳裏をよぎりました。護衛の方には取り合っていただけませんでしたが……。
いてもたってもいられなくなり、こうして筆を執った次第です。
どうしても、姫様に直接お伝えしたいことがあるのです。
ただの宿屋の息子の戯言と笑われるかもしれません。この思いを伝えずに、後悔したくありません。どうか、ほんの少しだけでもお時間をいただけないでしょうか。
宿の裏手にある古い井戸のそばにてお待ちしております。
どうか、お一人で来てください。
ノア』
「うーん、こんなもんかなぁ……」
書き終えた羊皮紙を手に取り、読み返す。
これで姫様の心が動くだろうか。不安しかない。
いつの間にか隣に来ていたフィーリアが、僕の手元を覗き込んでいる。
「どうかなぁ? 変じゃない?」僕は自信なさげに尋ねた。
「良いですね! 素晴らしいです。心のこもった、大変な名文です!」フィーリアは目を輝かせて絶賛する。
「いや、そこまでじゃないと思うけど……」苦笑するしかない。お世辞でも嬉しいが。
「あとは、そうですねぇ……」フィーリアは小さな顎に手を当てた。「私から僭越ながら申し上げますと、やっぱり女の子って、褒められたら嬉しいものなんですよ。ノア様も、姫様をはじめて見たときに『綺麗だ』って思いましたよね? そのことを、もっとはっきり書いておいたら、きっと姫様の心に響くと思うんです!」
「え? そんな……ストレートに書くなんて、恥ずかしいよ!」
「もう、ノア様ったら!」フィーリアは少し呆れたように腰に手を当てた。「今は、とにかく姫様に信頼してもらって、会っていただくことが最優先なんですよ! 恥ずかしいなんてプライドは捨ててください!」
「そう……かなぁ……」
フィーリアの言うことも、一理ある……のかもしれない。
姫様に会えなければ、何も始まらないのだから。
「……わかったよ。フィーリアの言う通りにしてみる」
僕は少し迷った末に、ペンを取り直した。
手紙の最後に、フィーリアのアドバイスに従って、追伸の一文を書き加える。顔が熱くなるのを感じながら。
『広場での輝くようなお姿に心を奪われました。』
「これで……どうかな」
修正した手紙を、僕はフィーリアに見せた。
「良いですね! これでいきましょう!」フィーリアは満面の笑みを浮かべてうなずいた。
恥ずかしいとか、そういう問題じゃない。
なんとかして姫と会って話さなければ。
「よし、これで行こう」ノアは決意を固め、フィーリアに向き直った。「じゃあ、これから姫様の部屋にこれを届けてもらうんだけど……場所はわかるかい?」
「えっと……たしか、一番良いお部屋、でしたよね?」
「そう。二階の一番奥、突き当たりの角だよ」僕は指で方向を示しながら説明する。「僕も掃除で何度か入ったことがあるから、中の様子も大体わかるんだけど……」
「はい!」フィーリアは真剣な表情で聞いている。
部屋にただ置いておくだけでは、いつ気づいてもらえるかわからない。
侍女に見つかって処分される可能性もある。それでは意味がない。
もっと確実で、早く、姫様本人に届ける方法は……。
「……そうだ!」一つの大胆な考えが閃いた。「フィーリア、これはすごく難しいお願いになるかもしれないけど」
「なんでしょう、ノア様?」
「姫様が自分の部屋に入る、まさにその瞬間に、君も一緒に入って……姫様だけが見ているタイミングで、これをそっと置く、なんてことはできるかい?」
「目の前……ですか?」フィーリアは少し目を丸くしたが、すぐにその瞳に好奇心と挑戦の色が浮かんだ。「ふふ、秘密の任務みたいでドキドキしますね! ノア様、お任せください! タイミングを見計らって、やってみます!」
思ったよりも乗り気だ。
この小さな妖精は、見かけによらず大胆不敵なところがある。
「でも、部屋に入る時って、すぐそばに護衛の人とか、侍女の人がいるかもしれない」
「へっちゃらです!」フィーリアは自信満々に胸を張った。「私の姿は見えませんし、気配だって消せますから。それに、昔ラグナ様と一緒に旅をしていた時なんて、もっと危ない場所にも潜入しましたからね。これくらい、お任せください!」
その頼もしい言葉に、僕は最後の望みを託すことにした。
この方法なら、最速で姫様に手紙を届けられるはずだ。
「……わかった。じゃあ、その方法で頼む。くれぐれも気をつけてね」
「はいっ!」
僕は書き終えた羊皮紙を丁寧に折り畳み、封筒にそっと滑り込ませた。
インクが掠れないように慎重に、しかし急いで、封筒の表に『姫様へ』と宛名を書く。
自分の字が、やけに拙く見えた。
これで、準備は整った。
深呼吸を一つして、僕は完成した手紙をフィーリアに差し出した。
「頼んだよ、フィーリア。僕と、姫様の未来がかかってる」
「はいっ! 頑張ります!」 フィーリアの瞳は真剣そのものだ。
「……まあ、失敗したら、また別の作戦を考えるから、気楽にね」
プレッシャーをかけすぎても良くないだろう。
さて、姫の到着を待とう……と思っていたときだった。
宿の外が、にわかに騒がしくなった。
カクヨムで新作書いてます!
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ぜひ第1話だけでも読んでみてください!!
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