井88 なぞなぞ対決
「じゃあ、さっそくだけど、わたしからいかせてもらっていい?」
「どうぞ、先に言ってくれて構わないよ。」
「いいの?君が先に出さなくて、本当に大丈夫?」
近藤夢子が、ニヤリと笑いながら、あまり凹凸のない胸に伏せたノートの背を、雄大には見えないように微かに持ち上げて、隙間からちらっと内側を覗いた。
そこには、白い紙の中央のページの綴じ目から、左右に開いた梯子状の折りじわが、その薄い表面に対して、うちわの骨組みのように入っているのが見え、
淡いピンクベージュ色のマーカーで印を付けてあるポイントが、片方だけ見えていた。……硬めの鉛筆で書かれた、少女らしい小さな丸文字。そこを強調するためにマーカーをたっぷり塗った箇所の周囲には丸く、鉛筆の粉が少し黒く滲んできていた。
夢子は静かに「第一問。」と言った。
「パンはパンでも、…食べられないパンは、なあんだ?ただし、固いものではありません。」
早川雄大は、一瞬固まった……。
パンはパンでもだと………?なんだそのガキみたいな、なぞなぞは……。
雄大のそんな様子を見て夢子が、目は無表情のまま、可笑しそうに唇を歪ませる。
いや、待てよ……パンはパンでも……?え?これってフライパンじゃないのか?あ……そうか。これは固いからダメだ……。それなら、……食べられないと言うのなら……、消費期限の切れたパンとか……??
……いや、違うな。消費期限が切れて、固くなったパンだと、やはり条件に合わない。パン……パン……、食べれないと言うからには、食べ物ではないのか……?いったいどういうことだ……。
雄大は、自分が悩んでいるのを悟られないように、努めて涼しい顔をしながら考えていた。
「時間制限は特に設けないけど……、理科室の使用時間内にしてよね?」と夢子が言う。
……ふふふ。追い詰められた君は、あのNGワード、恥ずかしい『パン〇』と答えるしかなくなる……。カッコいい顔して、……可哀想に……。
それにしても君、期待外れじゃない?一問目にして、もうわたしの勝ちかしら?張り合いがないわね……。
夢子が「しっかりしなさい?ヒントは柔らかいものよ!」と言って笑う。
「わかったぞ!!パンダだ!」
「え」
「パンダはふわふわで柔らかいし、食べられない!どうだ!」
「ちょっと待って?パンダ?……そ、それは想定していなかったわ。それどころか真反対の可愛いワードじゃない……。いやいや、ちょっと待った。……パンダは一応熊だし食べれるんじゃない?……多分。」
「いや、駄目だろう。密猟は国によっては死刑だし、良くてもかなり重い懲役刑を課せられるはずだ。」
「そ、そうなの……?」と夢子は若干涙目になって聞き返す。
……なんだよ、こいつ。一問解かれたくらいでもう涙目かよ。……どんだけメンタル弱いんだ……。
「さあ、行くぞ!次は俺のなぞなぞだ!」
「わ、わかったわ……出してみなさい?君のやつなんて、ど~~せ、幼稚園の頃から大して成長してないような可愛いやつでしょ?
……わたしはね、そんなの出されたってビビらないわよ!……て言うか、そんなもん見慣れてるし……、ほら、君の幼稚園並のやつを出してみなさい?笑ってあげるから!」
……さっきの問題を出したお前がそれを言うか?
雄大は少しそう思ったが、「姉貴から教えてもらったなぞなぞだ!お前に解けるかな?」と言いながら紙とペンを取り出し、
「三角形abcが直角三角形の時、a²+b²=c²となることを証明せよ。」と言って、机にバンと叩きつけた。
「………は?」と言って夢子が、雄大の顔を見る。
「証明は100通り以上ある。どんなやり方でもいいぞ?」
「……それ、なぞなぞ……なの?」
「なに言ってんだ、これ有名なやつだろ?三平方の定理。」
「は?だから、なによそれ?」
「ピタゴラスの定理だよ。」
「あ、それなら知ってるわ。ピタゴラ〇イッチでしょ。小さい頃見てた。ガキね……まさに、まだ、真性〇茎の君らしい問題ね。それとも仮性〇茎かしら?」
「チッ、やっぱり知っていたか。
c²=(a²+b²)-4×½ab
=a²+2ab+b²-2ab
=a²+b²……だよな?
やっぱり、お前も、正方形の証明が一番簡単だと思ったか。なかなかやるな。こうも一瞬にして答えるとは思わなかったぜ……。」と雄大が言うと、
「まあ、安心しなさい、少年、わたしが知っていたってことは……内緒にしといてあげるから……まあ、そのうち剥けると思うわよ……?」と、夢子は小さい声で言って、勝手にひとりで赤面していた……。
「次、いくわよ!!」と夢子が気を取り直して叫ぶ。
「次はちょっと趣向を変えていくわ!
……『いっぱい』と10回言いなさい!」
「なんでだよ??」「いいから言いなさい!これはなぞなぞなの!!」夢子がビシッと雄大の鼻先に指を突き付ける。
「わかったよ。いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい!」
「じゃあ、『い』のところを『お』に変えると?」
「おっぱお。」
「………。」
「だから、何なんだよ、これ?」
「正解よ。……なかなかやるわね……。」
「次は俺の番な?」雄大は再び紙とペンを取り出すと、「そうだな……、黄金比でいくかな……」と言って、紙に図形を描き出した。
「黄金…、なんですって?わたし、あんまりマニアックなのは嫌よ?」と夢子が顔をしかめる。そして、雄大が紙に書いた記号を見て、「君、エロいね……」と呆れたように言った。
そこには『Φ』と記されており、………夢子は「さすがのわたしも、それには、ちょっとひくわ……」と言って、雄大から体を遠ざけた。
「エラくはないさ。それにしても、引くとは?……x²-x-1=0のことか?二次方程式で解くことを言ってるのか?」
「……君、2次元が好きなの?……あちゃ~、イタいわね……。」
「ところでさ……お前も数学詳しいの?」と雄大が尋ねる。
「え?ま、まあ君よりは詳しいかもね。……何て言ったって、わたしは6年生よ。」
「ああ、感心したよ。結構進んでんだな……。」
「ふふっ、そうよ……。それにね?これは知っておいても損はない知識なんだけどね?…このくらいの歳では、女子の方が進んでいるものなのよ。」夢子が悪戯っぽく笑う。
「…だよな。俺も姉貴から色々教わったし。」
「え? ……お、教わったの?な、なにをよ……。」
「多分、お前も知ってるような色んなことさ。」
「な、七つ目の不思議に関しては……?」
「は?姉貴がそれを知るわけないだろ。今俺は数学の話をしてんだよ!」
「数学?……え?君、算数のことを言ってるの?ダメよ?……さっきの問題みたいなのは、もうダメ!算数のなぞなぞは禁止!ちっともなぞなぞじゃないし、だいたい面白くないから!……君、もっと他のなぞなぞ知らないの?」「お前な、数学はロマンだぞ?フェルマーの最終定理とか……。」
「フェ、フェルマ……?!……そ、それってエロいやつ?」
雄大は「何でそうなるんだよ……」と言って、 「じゃあ、これならどうだ……?」
と雄大は紙とペンをテーブルの端に寄せて、ドンと手のひらを付いた。
そして夢子の顔を覗き込むように、首を捻り、真剣な眼差しで、彼女の瞳を正面から突き刺した。
夢子は思わずドキッとして、目を逸らすのを忘れ、彼をじっと見つめ返していた。
雄大がいつもよりも低い声で「……朝は四本足、昼は二本足、夕方は三本足になる生き物はなあんだ?」と言う。
「………。」
雄大と夢子は見つめ合ったまま、お互いの呼吸を感じ合っていた。
「…………。」
「三本足ですって………。それってエロいやつ……?」
「いいから!答えを言え!」
「……答えは『男』よ!」夢子が勝ち誇ったように叫ぶ。
雄大が「惜しい!……答えは『人間』だ!」と笑いながら言う。
「はあ?!なんでよ?わたしには三本目は無いわよ!あるのは男だけでしょ!こんなのインチキよ!!」と夢子が大きな声を出す。
「人間は生まれてから最初のうちは、四本足で、はいはいをする。そして、成長すれば、二本足で大地を歩き、歳を取れば杖をついて三本足になる!つまり、これは、人の一生を表しているんだ!……て、これ、結構有名じゃね?スフィンクスのなぞなぞ……。」
「し、知らないわよ、だいたいなに?そのこじつけみたいな理由は??それだったら、四本足の猿が、進化して二本足になって、さらに未来には三本足になる、ていう理由の方が良くない??」
「確かに……その方がいいかも。でも、三本足に進化って何だよ??」と雄大が手を裏にして(なんでやねん!)とはたくマネをする。
「……あ、今ので、新しいなぞなぞを思いついたわ……。『過ちを犯した時、突っ込まれる、まん、が付くものなあんだ?』」
「……漫才か?」
「正解よ……。」
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「さて、と。」と雄大が、近藤夢子を睨みつける。「……教えてもらおうか?七つ目の不思議のことを。」
夢子は、理科室の四角い椅子の上で、体を固くして、ジーンズの膝を、ギュッと握った。
「……仕方ないわ。……でも本当にいいのね?……もう後戻りはできないわよ?」夢子はそう言うと、
「七つ目の不思議はね……男の子には無い……女の子の……七つ目の穴のことなの……」と静かに言った。
「ど、どういうことだ……?」
「ふふっ、やっぱり君には難しいかな?……そうね、説明してあげる。
……一つ目は口。二つ目、三つ目は鼻の穴。……四つ目と五つ目は耳の穴。」夢子は数え唄をうたうように、拍子を取りながら数えていった。
「……六つ目はお尻の穴。そして、七つ目は……。」「待て?穴は八つないか?」と、難しい顔をして聞いていた雄大が、夢子の唄を遮る。
「…………。」
「ちょ、ちょっと、君?!……それ、エロ過ぎんでしょ?!わ、わたし、まだ処女よ??八つ目はまだ開いてないわよ?!」
「何の話だ?七つ目はおへそ、八つ目は『あなた』な~んてな!……これ、なぞなぞだろ?」
「ちょっと待ってよ………。前の穴はどうしたのよ……?」
「前の穴?……なんだそりゃ。」「き、君、お姉ちゃんいるんでしょ??ほら、あれ出すところ!」
「え?女ってお尻から出すんだろ?だってさ、前側まで、お尻がつながってんじゃん?」
夢子はそれを聞いて、卒倒しそうになった。
「き、君ね?!知らないにもホドがあるよ??」
夢子は、ダメだこりゃ!と目をばってんにして、額を手のひらで叩いた。
「で、その七つか八つの穴が何だって?」と雄大が若干苛つきながら言う。
………その全ての穴を知ることが出来た暁には、君は大人になるのよ……、と夢子は思い……
「今日は、もう帰って……。また今度ね……」と言って、シッシッと手の甲を向けてバカ男子を追い払うのだった………。
次回、『イナゴの日』




