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井80 さわやか3組


「宍戸さん?」


斉藤水穂(さいとう みずほ)が、にっこりと笑いながら、宍戸(ししど)さやかの目の前に立っていた。

さやかは、きょろきょろと、まるで誰かに助けを求めるように視線をさ迷わせ、近くにいた井上咲愛(いのうえ さくら)と目が合うと、おどおどとして、すぐに目を逸らした。


そんな様子を見て咲愛がクスッと笑い、さやかの(そば)に近付いてくる。「ねえ、宍戸さん?あなたのとこってさ?凄くお金持ちなんでしょ?」


さやかは黙って(うつむ)いていた。


「宍戸さんがさ、学校を休んでる間、……給食のメニューが貧弱になったとか言われてたけど、…それってホントなの?……まあ、嘘でしょうけど、でも実際かなりショボかったんですけど……」

「そうそう、宍戸さんってさ、お金持ちだとしても、今まで全然そんな風にしてなかったよね?もしわたしがお金持ちだったら、絶対自慢しちゃうかも。……洋服とかも高いのを着てさ……、」「文房具とかもめっちゃ可愛いやつで揃えるよね!」と咲愛が水穂の言葉に被せてくる。


「でも宍戸さんて、そういう感じじゃなくてさ……なんて言うか、他のみんなと同じようにしてたよねー。」「そうそう。」「マジ尊敬しちゃう」「だよねー」「他の人はどう言うか知らないけどさ、わたし達は、宍戸さんが(▪▪▪▪▪)水筒こぼし(▪▪▪▪▪)ちゃったこと(▪▪▪▪▪▪)とか(▪▪)、ぜーんぜん気にしてないよ!……て、言うか宍戸さんて、結構かわいいよね?」「つーか、かなり可愛くない?」「天は二物を与える、だっけ?」「マジそれ!」「和風美人だよねー!」「え~と、じゃ、じゃあね!……なんて言うか……わたし達さ……宍戸さんが戻ってきて、ちょっとホッとした。何かさ、こんなに長く休むと思ってなくて……」「え~っと、その……わたし達、ちょっと意地悪だったかも……ごめんね!お、おかえり!じゃ、じゃあね!」

そう言うと水穂と咲愛はぴゅーっと、慌てて走り去っていった。


「あれで、謝ってるつもりなんだから驚くわよね……」


さやかが振り返ると、そこにはブラウン肌のツインテール少女、高嶺真愛(たかね まな)が立っていた。

「さやかちゃん、気にしないでね?あの2人はいつもああだから…。」

「気にしてません…」と日本人形のように青白い肌をした、さやかが言う。


「今日は三つ編みじゃないんだね?あれ可愛かったよ。」と真愛が笑顔で言い、唇の下で八重歯がキラーンと光る。

宍戸さやかは何も答えずに、落ち着いた緑色のジャケットの肩を、少しだけ引っ張って襟を直した。


「ん?」


真愛が眉毛のところで、手のひらを水平にして屋根を作り、さやかの背後の遠くに向かって目を細める。


……さっきから、ちらちらと……こちらを伺っている目線と、得も言われぬ美少女学級委員オーラを感じて……、真愛は、少しだけ考え込むような顔をすると、

「じゃあね、さやかちゃん!また明日ね!」と言って手を振りながら歩き去っていった。


………。


高嶺真愛が視界から消えたことを確認すると、流れるような所作で、肩をあまり上下させない、お化けのように滑る足取りで…、

丸襟ブラウス、チェックのベスト、紺色のタック付きスカートコーデの巨大リボン美少女、赤城衣埜莉(あかぎ いのり)が、栗色に近い髪からさらさらと擬音を鳴らしながらやってきた。


そして、目の前にたつと、素早く宍戸さやかの立ち姿を確認する。


……ふむ。顔立ちは少し大人びた和風ロリ。髪は日本人形。洋服は昭和女児+育ちがいい系自主規制制服風コーデ。ただ、上履きの色が違うのは……校則違反じゃないかしら?まあ、よく言う、可愛いは正義ってやつね……。赦しましょう……、感謝しなさいよね……。


「し、宍戸さん」衣埜莉(いのり)は若干声を裏返させながら、さやかに声をかけた。

「あの……、お、おかえりなさい。……学級委員として、クラスに欠員がいるのは……気になっていたの……。その……えっと……。じゅ、授業でわからなくなったことがあったら!わたしに聞きなさい!あなたが休んでる間……、勉強、結構進んだわよ…?」


さやかはちょっと驚いたような顔をして、すぐに無表情に戻り、「……大丈夫。わたし、家庭教師がいるの。もう六年生の勉強もだいたい終わってるから……ありがとう。大丈夫。」


そ、ソウデスカ……。お金持ちって噂は本当だったのね……。

衣埜莉が次に言うべき言葉を迷っていると、

さやかが急に声をけてきた。


「あの、赤城さん?」「ん?なあに?」

「それ……、ジェネシスリング……?」


ギョッとした顔で、衣埜莉はランドセルのベルトに付けた防犯ブザーと一緒に提げていたキーホルダーを手で隠した。な、なに?なんでバレたの?これ、オタクバレしないように、結構気を遣って選んだのよ?パッと見、サ☆リオの双子のお星様グッズっぽいはずよ……!(それも校則で禁止されてるけど……)校則を()(くぐ)るために、ただのありふれた星マークみたいなのを選んだし、逆に防犯ブザーの方を、これと一体化するようなデザインにまでしたのよ!!なぜ?!なぜバレた!


衣埜莉は、はっ、という顔をして、宍戸さやかの目を見つめ返した。


「あ、あなた、もしかして、AQDVの……ファンなの……?そ、それもかなりディープな……。」


さやか自身も、少し、しまった、という顔をして、口に手をあてていた。「あ、いえ、そうでもない…んです。小さい頃、ちょっと……好きだった…くらいで。」

「嘘おっしゃい!!こ、このリングはディーヴァ第1期放映当時、ヘボンスターコラボで、全国100名にしか当選しなかったユグドルリング!それも、ジェネシスが当たるか、マリオットが当たるか、ラビリンスなのか、わからないという凶悪仕様!

通常であれば、わたし等の年齢だとキャンペーンの存在を知っているかも怪しいレベルのレアアイテムよ!……最近臨時収入が入ったわたしは、これをカリメリ(▪▪▪▪)で即決購入したわ!!」

さやかは、額に汗をかいて後ずさりをした。


「だから!!あなたが…AQDVのオタクでない(▪▪▪▪▪▪)なんて(▪▪▪)……絶対に有り得ないわ!!」


それを聞いて、さやかは諦めたように肩を落とし、やがて微笑んだ。


「……ええ。わたしはディーヴァの信者です。」

「やっぱり!!……で?で、宍戸さんは誰推(だれお)しなの?」……わたし、同担拒否ってわけではないけど、正直ジェネシス推しとは距離を置くかも……。

「わたしは、ラビリンス派……。」

「へえ!意外!……でもないか…。宍戸さん、ラビリンスっぽいと言えばラビリンスっぽいかも……」「推しだからって、同化するわけじゃない…よね?」「まあ、それはそうだけど。……宍戸さん。ひょっとして、何か凄いお宝とか持ってる?……その、家がお金持ちって聞いたけど……。」


さやかはクスリと笑って、「そんな、うちは言うほどお金持ちじゃないよ……。」と言った後、「小さい頃、プロトタイプ・レーヴァテインステッキをお母さんの取引先からもらったの。今でも宝物にしてる。」と少し自慢げに衣埜莉の顔を見ながら(つぶや)いた。


「そ、それホント?!わたし、見たことないよ??それ、ホントに現存するの??」と衣埜莉が叫ぶ。「それ、凄いわね……。ヴィゾーヴニルの羽根もちゃんと(ひら)くの?」「もちろん」とさやかが言う。

「うわあ……いいなあ………。」と衣埜莉が思わず本音を口から漏れさせると、

さやかが「赤城さん、……良かったら今度、うちに見に来る?」と言った。


「え?い、いいの?見たい!見たいわ!…も、もしかして、他にもお宝があるんじゃない??……そうだ!わたし、AQDVのBOXセットを持っていくから、上映会をしない?え~っと、いつが空いてる?わたし、ちょっと予定を確認するから!!」

「……BOXセットならうちにもあるよ…、それならシアタールームで見る?赤城さんにもレーヴァテインステッキを持ってきてもらって、……応援上映を……しよっか?」「えー!!それいいわね!!最高!楽しみ!!」


……何か意気投合して盛り上がる、3組屈指の美少女2人を、陰に隠れて遠くに見ながら、

高嶺真愛は、……なんか意外な組み合わせね……と考えていた。

「真愛ちゃん?」「ひょえっ?!」


背中から声をかけられた真愛は、その場で飛び上がった。


スタッ。


長い滞空時間を経て、やがて綺麗に地上に着地した真愛は、振り返って、「和歌ちゃん?驚かせないでよ?!」と涙目になって言う。

「真愛ちゃん?なにしてるの、そんなコソコソして。」と和歌名が呆れたように言うと、

真愛は「見てよあれ!」とツインテールの片方を振って、遠くに見える女子2人を差し示した。


和歌名はしばらく黙ってその2人の様子を見ていた。


「あんな顔して話す、さやかちゃん、初めて見たかも……。でも良かった……。衣埜莉ちゃんもさやかちゃんと仲良くなれたみたいだね……。ホント良かった……。」和歌名は少しなみだぐみながらそう言うと、「行こっか…」と笑顔になって真愛の肩を叩いた。「…御手洗いに……」「了解…」


 *************


ずっと渋い顔をしている雄大(ゆうだい)

「ど、どうかしたの……?」と村田知佳(むらた ちか)が聞いてくる。

「あ、うん……。いや、なんでもない………。」と早川雄大(はやかわ ゆうだい)は答える。

……リコーダー事件の本当の犯人……。 仕組まれたジュース事件……。SSについての調査は、いったん終了だ、とH先生は言ってきた。宍戸(エス)さやか(エス)……。

柿本先生は、宍戸さやかの家に家庭訪問に行った翌日から……学校を休んだ……。

偶然だとH先生は言っていたが……。なにか、宍戸さやか周辺で、良からぬことが(うごめ)いているような、…いないような……。


「じゃあな、また明日。」


雄大がポケットに手を突っ込んだままで、目も合わせずにそう言うと、

村田知佳は、残念そうに、何か言いたそうに、マスクの下で口を開きかけたが、「ん。じゃあねバイバイ…」とだけ言って、雄大と別れた。


一人になった雄大は、そのまま児童館の前の道を歩き、入り口にある掲示板に貼られた、クリスマス会のお知らせを、ぼんやりとした様子で眺めていた。


………。


児童館の建物の外に()り出したテラス風な縁側部分に、

1人の女子が腰掛けて、脚をぶらぶらとさせている。その(かたわ)らには、貸し出しの一輪車とブラフープが転がっているのが見えた。


……女子って、一輪車とブラフープがホント好きだよな……。雄大はそう考えて……持ち前の推理力を働かせて、……何故かな?とふと思い始めていた。


ブラフープは主に胸部のところで、プラスチックをくるくる回す遊びだ。……女子はそこが年齢と共に膨らんでくるから、ひっかかり(▪▪▪▪▪)ができて(▪▪▪▪)、回しやすくなるのかな……。面白くないわけじゃないんだけど、これを男子があまり遊ばないのは、その身体的差によるハンデみたいなこともあるせいなのかな?

一輪車も……男子に比べて……、女子には利点があるよな……。小さい頃は一輪車で遊んでたことがあるけど、……その……、最近はサドルと(また)がぶつかって……痛くなるから、遊ばなくなったからな……。女子はその点、有利だよな……。


そんなことを考えていると、テラスに座っていた女子が立ち上がり、児童館の庭の隅にある、登り棒に向かって歩いていく。


見慣れない女子だな……。5年生じゃなさそうだな。……6年生かな?

上は厚手のグレーのパーカーを着ていて、下はこの寒いのに、短いピンクのスカートを履いている。スカートにはボア生地で覆われたスリットのデザインが入っていて、色の白い脚には、くるぶしまでの靴下と、汚れた運動靴を履いていた。


何気なく雄大はその女子の様子を見ていた。……双葉とも、高嶺とも、村田とも、姉とも、また別なタイプの女子。今時珍しいおかっぱ頭。中背の細い身体に、丸い顔がアンバランスにくっついていて、切れ長の目が、少し冷たそうな印象を与えていた。


……ああ、何かに似てるかと思ったら……、座敷わらし(▪▪▪▪▪▪)か……。まあ、座敷わらしなんか見たことないけど………。雄大は、何となく可笑しくなってしまい、口元を歪ませていた。


その座敷わらし女子は、登り棒を少し登っては、滑り降り、また少し登っては、滑り降り、という遊びを、1人で何回も繰り返していた。


何してんだ……。あれ面白いのか……?


女子はよくわからんな……。と首を振り、帰ろうとすると……、座敷わらし女子がこちらを向いて、雄大と目が合った。


その女子は、遊びをやめ、急にこちらに向かって走ってきた。


そして、雄大の目の前で立ち止まると

「あなた、私のことずっと見てたでしょ?」と言った。

「あ、ごめん。別にじろじろ見るつもりはなかったんだ。ごめん、ごめん。」


(ふうん?)と彼女は、雄大のことを値踏みするような目で見ると、ふと、彼の襟の下に隠された、秘密少年探偵団のバッヂを見つけて、

「あ、あなた、もしかして、早川雄大君?」

と言った。

「なんだよ?俺のこと知ってるのか?」と雄大が驚いた顔をして答える。


「うん。知ってるよ。きみ、学校の七不思議について調べてるんでしょ?」「ああ、そうだよ。」「じゃあもう見つけた?」「……ん?何を?」「……七つ目の不思議。」「……は??見つけるわけないだろ。だいたいそれを見つけた奴は死ぬだろ。」

座敷わらし女子は、ふふ。と笑って「それは、大袈裟に伝わっただけだと思うよ?」と言った。


「……ど、どういうことだ?お前、な、何か知ってるのか?」

「死ぬって言う表現は正しいって言えば正しいのかな……?」「と、言うと……?」

「七つ目の不思議を知ると、……男の子達はね?言ってみたら、子供時代が(▪▪▪▪▪)終わって(▪▪▪▪)しまうの(▪▪▪▪)……。」「は?何だそりゃ。」「男の子はね、大抵、別な者に生まれ(▪▪▪)変わっちゃう(▪▪▪▪▪▪)らしいわよ?……まっすぐな…正義感に溢れた、どんなに心の綺麗な男の子もね……。一度死んで、もう二度と戻らないそうよ?」「何を言ってるんだ、お前は?」

「女の子のことを、お前、とか呼ぶのね?……きみ、カッコいいわね?」「おい、俺、もう帰るぞ。何なんだお前は?」


「『お前』かあ……。(クスッ)私の名前はね……近藤夢子(こんどう ゆめこ)っていうの。6年2組、出席番号10番。電話番号は〇7〇-〇721-4545。七つ目の不思議について知りたくなったら、いつでも連絡してね。字に残るから、私、luin(ルイン)は避けているの。」

クスクス、と座敷わらし少女は笑い、「また、近いうちに会いましょ?」と言うと、タタタ……と今度は鉄棒の方に走っていき、

勢いよく飛び付くと、

クルッと逆上がりをした。


雄大の目の前で、短いスカートが捲れ上がり、しわくちゃになったパステルブルーの布の固まりが踊る……。


姉のいる雄大は、……何だよ、この女……上から黒パン履いてないのかよ……ガキかよ……。


と思い、踵を返して、変な奴だな、と首を振りながら歩き去っていくのだった。

次回、『かぐや姫の記憶』

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