井79 ベーゼ・ベーゼ
『ピンポーン』
「はい?」
「あら。瑠香…ちゃん、でしたっけ? いらっしゃい。ちょっと待っててね。今あの子に聞いてくるから……」
「え?!ママ?な、なんで出たのよ!私はいないって言って!!」
「なに言ってるのよ。もういるって言っちゃったわよ。……あなた、ただでさえお友達少ないんだから……大切にしなさいよ?」
「ち、違うの!あれは……そういうんじゃないの!」ショートボブヘアの少女、早見恋歌は、「お願い!私は風邪をひいて寝てるって言って!!」と叫ぶと奥の部屋へ逃げていった。
「いい加減にしなさいよ?あんな素直で可愛い子、あなたの趣味を知っても逃げ出さないなんて、貴重よ?遊びたくないなら、自分で言いなさい!」
恋歌の母は、玄関の扉を開けると「あら、瑠香ちゃん、いらっしゃ~い。」と言った。
「こんにちは。突然来てしまってすみません。恋歌ちゃんはいますか?」と
コートの下に白いブラウスとチェック柄のペールブラウンのスカートのセットアップを着た真咲瑠香が、にこやかに、ふわりとした口調で言い、ペコリとおじぎをした。
「あら、瑠香ちゃんごめんなさいね。恋歌ね、今起きたばっかりなの。ちょっと待っててくれる?どうぞ、どうぞ、さ、上がって待っていて」と恋歌の母親が、コートを預かりながら瑠香のことを促すと、
「あ、いいんですか?では、おじゃま致します」と言って彼女は靴を脱ぎ始めた。
正座して玄関の靴を揃える瑠香を見ながら、恋歌の母は……まあ、お行儀良くて可愛いこと……と思い、バニラのような甘い匂いに、ジャスミン系のフローラルな香りが混ざった、少女がつけているであろう香水の中に…、
……微かに臭う動物臭のような嫌なにおいを感じ、
……うちの下駄箱、臭いわ………。と顔をしかめていた。
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ダイニングのソファに通された真咲瑠香は、膝の上にブラウンのカーディガンをたたみ、出されたホットココアに口をつけて、「おいしい。」と言って、にっこりと笑った。
恋歌の母は、軽く肘をつきながら、自分もココアを飲み、……うちの子もそれなりに可愛いけど、やっぱり、ね?清純系の女の子って……いいわあ。こんな子がよく恋歌のお友達になってくれたわね……と、不思議そうに彼女のことを眺めていた。
「ねえ、瑠香ちゃん?変なこと聞くけどいい?」「はい、なんでしょうか?」
「うちの子、ちょっと変わってるでしょ。……あの水槽で飼ってる虫はね……。正直気持ち悪いと思うでしょ?でもね……あの子のパパが昆虫学者でね。……まあ、離婚したからうちにはいないんだけどね?……そこからきてるの。あなた、あれを見ても大丈夫だった?」
真咲瑠香は、ココアを小皿の上に戻すと、「私も虫さん、大好きなんです」と言った。
丁度その時、ダイニングに入ってきた恋歌と目が合い、母親は「あら、今の聞いた?あなた良かったわねえ?瑠香ちゃん、うちの子のお友達になってくれてありがとね~。」と言った。
「この子ったら、ゴキブリに名前付けてるのよ?普通、そんな女子中学生いないわよね~」
早見恋歌は、顔を強ばらせながら、真咲瑠香を見ていた。
「あなた……、今日は何しに来たの?」
「恋歌?なに?その言い方。瑠香ちゃんごめんなさいねー、この子ったら、中二病?て言うの?恥ずかしがり屋だから、気にしないでね~」
「お母さん?!そんなんじゃないから!」
瑠香は、この親子を見ながら、細い人差し指を鉤爪型に折り、それを唇にあてて、クスクスと肩を揺らして笑っていた。
「あの……。」しばらく談笑していると、瑠香がおずおずとした様子で恥ずかしそうに手を上げる。
「なあに?瑠香ちゃん」と上機嫌な恋歌の母親が歌うように言う。
「御手洗い、お借りしてもいいですか?」
「ダメェーー!!ぜっっったいに!ダメよ!!」
「なんでよ?!」恋歌の母がびっくりして、娘を見る。
「ご、ごめんなさいね?瑠香ちゃん、もちろんいいわよ。そこ出て右よ。」
真咲瑠香がダイニングを出ていくと、青ざめた恋歌が、アルコール消毒スプレーとファブリセッシュを両手に持って、
二丁拳銃のように、トリガーに指をかけて走り出した。
……まあ、あの子ったら。自分の家の御手洗いの臭いを嗅がれるのが嫌だったのかしら……。思春期ね……。母の思惑をよそに、
恋歌は遠巻きに自宅の御手洗いを見張りながら、瑠香が触ったと思われるドアノブなどに、ダブルスプレーをシュッシュッと吹き付けていた。
最後に水を流す音と共に、瑠香が出てくると、恋歌は小さな声で「……て、手を洗ってくださいましたか……?」と聞いた。
瑠香は、きょとん、とした顔で、黒いクレオパトラヘアーを片方に傾け、微笑むと、無言でダイニングの方へ戻ろうとした。
「待って!……ください…。お母さんに……近寄らないでください…… 」思わず彼女の腕を掴んだ恋歌のことを、瑠香が振り返る。
「……じゃあ、お部屋に行きましょ?」
そう言うと瑠香は楽しそうに笑った。
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パタン。
自室の扉を閉じた恋歌は、目の前の天然系清純少女が、みるみるうちに闇のオーラを纏っていく姿を、身震いしながら見つめていた。
「ふふふ。やみちゃん?」通り名の『闇の煉獄』を極端に略された恋歌は、「カ、カルキ様……。お久しぶりです……。」と言って床に跪いた。
「あなたさあ、いつまで経っても、懐妊の報告がないから、私、見にきてあげたのよ?」
(カサカサカサ……)水槽の中で闇の脂蟲達が活発に動き出す。
「み、見にきたって……、ど、どういうことですか……。」
カルキ様はブラウンのスカートを翻し、跪く恋歌の周りを踊るようにして一周し、「わからない?」と言って、軽く彼女の頭を小突いた。
「ほら、脱ぎなさい?」
「え?」
「下だけでいいわ。私がチェックしてあげる。」
「え、え?」
「ほら、私に無理矢理されたくなかったら、自分で脱いで、あなたの小さくて可愛い穴をこっちに見せなさい?」
「ま、待ってください!カルキ様!お、お許しください……」
カルキ様が、学習机に置かれたセロテープカッターにかけていた指を止める。
そして、英語の参考書の横に挟まれていた小さな箱を見て、その顔を急激に怒りに歪ませた。
『パルチサン錠』
「あ、あ、あなた……虫下しを……飲んだのね?私の……可愛い赤ちゃんを……殺したのね?」
「お、お許しください!カルキ様!どうか!」
ガバッとカルキ様は身体を飛び上がらせ、がに股になって、恋歌を床に押し倒しながら、彼女のお腹の上に乗った。
……目が血走っている。カルキ様は驚くほどの強い力で、片手だけで恋歌の首を抑えつけると、もう片方の手を自分の背中に回し、
シュッとスカートのベルトを外した。そのベルトはデザインとして付いていただけのもので、無くても機能的に困らないものであった。
カルキ様は、白いビニール製の細いベルトを、チョーカーのように恋歌の首に素早く巻き付け、
絞まり過ぎない程度に締め上げた。
そして、彼女の身体の上に馬乗りになったまま、カルキ様はベルトの余りを引っ張って、いきなり恋歌の頬をバチッと平手打ちした。
「カルキ様……どうかお許しください……」
恋歌の頬を涙が伝う。
「…あなた、おんなじことしか言えないの?」そう言うとカルキ様は静かに目を閉じた。
「ねえ…恋歌ちゃん」急に真咲瑠香の声に戻ったカルキ様が、目を開けると優しく囁いた。
「サリー・ホッパーごっこをしよっか?」
「?」恋歌は恐怖で顔をひきつらせて目を逸らそうとしたが、ベルトで首を引っ張られながら、あごを掴まれて、無理矢理に顔をこちらに向けさせられた。
「ラペルちゃん?」ルーラ・ローラになった真咲瑠香は、恋歌のことを舞台での役名で呼んだ。
「ラペルちゃん……。ルーラね、ラペルちゃんのことが大好き……。あのね……、でも私、お友達として大好きだけじゃ……足りないの……。本当の、家族になりたいの……。」
それに続く台詞を返さないラペルを見つめ、ルーラは笑顔のまま、再び彼女の頬を張り飛ばした。
涙を流しながらラペルは「……でも、る、ルーラが、本当の家族になることは、できないよ。サラマンダー家と…ローラ家は……」
「じゃあ!ルーラと結婚して!ルーラをサラマンダーの名字にして!!」
「な、なにをバカな……僕たちは女同士じゃないか……」
ルーラは、瞬時に真咲瑠香になり、そのままカルキ様に変化した。
「ねえ、やみちゃん?」
恋歌は逃げ出そうと身体を揺すったが、汗ばんで湿ったカルキ様の臀部は重く、びくともしなかった。
「ねえ、やみちゃん?ベーゼって知ってるでしょ?」
恋歌はふるふると首だけを振って答えた。
「うふふ。無学な女ね。ベーゼはね、……ドイツ語で『邪悪な』って意味。それなのにね?フランス語になると『くちづけ』て意味になるの!」
ガバッとカルキ様は恋歌に覆い被さり、両方からこめかみを掴むと、彼女の唇に自分の唇を強く押し付けてきた。
抵抗しようとすると、こめかみにあてられた親指が深く食い込んでくる。それと同時に、カルキ様の舌が、ギュッた閉じた恋歌の唇の周りを舐めまわし始めた。
さらにこめかみを押す力が強まり、カルキ様の濡れた舌が、恋歌の唇の間を掻き分けて、前歯を舐めてきた。
痛みに耐えかねて、恋歌が口を開くと、すかさずカルキ様は鼻を交差させるように、恋歌の口を深く咬み込み、
一気にべろを中に押し込んできた。
大量の唾液が恋歌の口内に垂らし込まれる。
カルキ様は、恋歌の腰に跨がり、左右に首を揺らして、唇の組み合わせを変えながら激しくキスを繰り返した。
口の端から溢れた唾液が首元まで流れ出す。
抵抗する意思を失った恋歌の手が、床にだらんと置かれたのを確認すると、
カルキ様は唇を離し、糸を引く涎を指で拭うと、それを恋歌の唇に塗りつけた。
「感謝しなさい?本当は、私の闇の門を、直接あなたの口にあてがっても良かったのよ。……でも今回は同族のよしみで、もっとロマンチックな方法であなたに産卵してあげたわ……。前の時はね?あなたの意志を尊重してあげようかと思っていたんだけど……。孵化した子達を、こうも、簡単に殺すとは思いもしなかったわ……今度は大切に育てなさい。」そう言うと、カルキ様はパルチサン錠のケースを取り、中身を破ると、ゴキブリが蠢く水槽の中にばら蒔いた。
「じゃあね。用も済んだし、私、もう帰るわね。」シュルッとベルトを恋歌の首から外すと、カルキ様は流れるような手つきで、それをスカートに戻し、服の乱れを直した。
「あ、あなた……何がしたいの……あなたの本当の狙いはなんなの……。」涙を伝わせながら、床に横になった恋歌が呟く。
「それを知ってどうするの、昆虫博士さん?私はね、体にぎょう虫やサナダムシを寄生させることが出来る特異体質の一族に生まれたの。
これは……共生よ。……そして生命が子孫を増やすのは本能よ。ただそれだけ。あなたのお父さんに聞いてみれば?あ、そうだ。あなたのお母さんにもよろしく。感染は家族間に拡がるのよ?知ってた?」
そう言うと、カルキ様は真咲瑠香の顔に戻り、「あのね……?恋歌ちゃんのキス、とっても素敵だったよ……」と言って頬を染めながら小走りに廊下を走り去っていった。
次回、『さわやか3組』




