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井70 正式入団


「よ、お早う。」


早川雄大(はやかわ ゆうだい)は、クラスメイトの双葉和歌名(ふたば わかな)に向かって手を上げた。

和歌名も「おはよう」と答え、雄大の顔をじっと見つめた。


「……なんだよ?」と雄大が決まり悪そうに目を逸らす。

「今日、何の日かわかってる?」「は?今日?……今日は…、漢字の小テストだろうが。」「え?ほんと?わ、わたし、何もやってない。」「お前な、自分で聞いといて何だよ…。」


「て、違う違う!違うでしょ!今日は!知佳(ちか)ちゃんの誕生日でしょ!!」

雄大はビクッとして、再び目を逸らし、ん?と覗き込んでくる和歌名の視線から逃れるために、早足になって先に歩き出していた。


あれ?この様子……、もしかして、早川くん、ちゃんとわかってた??やだ、もう心配して損しちゃった。……やっぱりあれかな、探偵団の正会員バッヂをあげるのよね?

……まあ、後はいつの(▪▪▪)タイミングで渡すかよね。だとしたら、 わたしと真愛(まな)ちゃんのプレゼントは……先がいいかな?それとも早川くんの後がいいかな……?朝一(あさいち)がいいか、帰りがいいか。……後で真愛(まな)ちゃんに相談しよっと。


それからの2人は黙々と、会話のひとつもなく歩き続け、やがて高嶺真愛(たかね まな)の家に到着すると、

和歌名が玄関の呼び鈴を押した。


「オ、オハヨー……」朝から全力疾走をしたかのように、肩をゼエゼエとさせた真愛が、……ツインテールの中から2、3本の髪を飛び出させて…、黄緑色のワンピースの上からオレンジのコートを羽織りながら出てきた。ランドセルはすでに昨夜から玄関に用意されてたらしく、足元に置かれている。そして口には……食パンを咥えている……。

これ、現実にホントにあるんだ……と和歌名は思ったが、武士の情け(?)で黙っていることにした。

これ見たら早川くんが何か言いそう、と和歌名は思ったが、意外にも彼は、真愛の様子を見ても何も突っ込まず、ただ「ほら、早く行くぞ」とだけ言った。


3人は緩い坂道を登っていく。暗い竹林を横目に、先頭を歩く雄大から少し間を空けて、

和歌名と真愛は、こそこそと顔を寄せて喋り合っていた。


「……あの様子だと、早川くん、プレゼントを渡すタイミング、相当ナーバスになってるわね……」「フン、まあ、ああ見えて、あいつ、カワイイとこあんのね…」「ところで真愛ちゃん、わたし達のプレゼントはいつ渡す?」「そうね……まだあいつの心の準備が整っていないようなら……わたし達が渡すことでプレッシャーになるだろうから……まずはあいつのタイミングに任せましょ。」「そうね。早川くんがなんか、シチュエーションとか台詞とか用意してたら可哀想だしね。」「……ほんとにあいつ、そこまで考えてるかしら……」

真愛は先を歩く雄大の背中を見て、「……まあ、なんかいつもと様子が違うのは確かね……」と(つぶや)いていた。


**************


村田知佳(むらた ちか)の住む団地の棟が見えてくる。


和歌名はずらりと並んだベランダを見上げ、それぞれの部屋に、洗濯物が干してあるのを見て、……この建物の中にいろんな人達が集まっていて、それぞれが別の生活しているんだな……と考えて、少し眩暈に似た感覚を覚えていた。


知佳の暮らす部屋のベランダには、白い布が一枚だけ干してあり、他の洗濯物はまだ出されていないようだった。何軒か隣のベランダには、小さい子がいるのだろうか、プラスチックのスタイ(よだれかけ)や赤ちゃん服が干されているのが見えた。真愛は、……可愛いなあ、うちの弟はもう赤ちゃんじゃないんだよなあ、……ああ、昔は可愛かったなあ……と、団地を見上げながら過去を懐かしんでいた。


「なあ。」


先頭を歩いていた雄大が振り返り、後ろの2人も立ち止まる。


「……あの、ちょっとさ……、実はお願いがあるんだけどさ……」


和歌名と真愛は顔を見合わせて、(おっと…)と目配せをし合う。


「今日はさ、村田を迎えにいくのお前らだけにしてくんない?」


「は……?」と真愛が瞳の光を失って雄大のことを睨み付ける。「なにを言うかと思ったら、そっち?!は?アンタ、なに言ってんのよ……この……腰抜けが(▪▪▪▪)!!」「な、なんだよ、それ?言い方キツくないか?!」


「まあまあ」と和歌名が間に入る。

「…でもね、早川くん?こういうのは後回しにしても、どんどん勇気がなくなるだけだと思うよ?だからさ…」「ちょ、ちょっと待てよ。…お前ら何を言ってんだよ?!だいたいさ…わかったような口をききやがって?!」


和歌名が盛大に、(はああっ…)と溜め息を吐く。

「そりゃさ、わたし達にはわからないよ……だって、あなた達2人のことでしょ?早川くん、……逃げちゃダメだよ?」「そうだ、逃げんなよ?腑抜(ふぬ)け。」「知佳ちゃんはきっと待ってるよ?」「この宇宙でアンタのこと待ってんの、あの子くらいだかんね?」


「なんか、言葉の(とげ)が凄いんだが……俺、お前らに何かした?」

雄大はやれやれ、と首を左右に振り、「わかったよ。そんなに言うなら、行くよ。行けばいいんだろ?……でもあいつが傷付いたらお前らのせいだかんな?」と小声で付け足した。

「は?なんですって?この期に及んで人のせいにすんの??……ったく、こんな奴のどこがいいんだか……」パシッと硬いものをはたく音が聞こえ、「和歌ちゃん?!痛いよ!」「頑張って!」と言う声を背に残しながら、

雄大は団地の階段を登っていくのだった。


**************


玄関の扉の前で、早川雄大(はやかわ ゆうだい)は、しばし足元を見つめて、呼び鈴を鳴らそうか、鳴らすまいか、と思案していた。


……昨日は、あれから知佳を、自転車を隠していた雑木林に連れ込み、そこでようやく手足の紐をほどくことができたのだが……。


雄大のズボンは、丁度お腹から股下の辺りが、びっしょり濡れていて(これはさすがに恥ずかしいな……)と、周囲の土を被せたりして誤魔化していた。すると、

知佳が身体を冷やして、ぶるぶると震え出していることに気が付いた。

雄大は慌てて自転車を引き出すと、知佳を荷台に乗るよう促し、自分の腰にしっかりと手を回すように指示すると、

一直線にこの団地へと知佳を送り届けたのだった。


玄関から出てきた知佳の母親は、俯いた娘の様子と、濡れた服を見て、

「あーあ、あなた、とうとうやっちゃったのね……よりにもよって、この男の子の前で……」とだけ言い、「ごめんなさいねー」と軽い調子で雄大に声をかけた。

「すみません……。ぼくがもっとしっかりしていれば……」と雄大が言うと

知佳の母親、真理亜は少し驚いたような顔をして、この少年のことをしばらく見つめていた。

「あなたも随分汚れちゃってるじゃない……」と真理亜が言う。「いえ、大丈夫です。」と雄大が言う。

「……お風呂、入ってく?」と真理亜が言うと、横にいた知佳の身体がビクッと動いた。


「……は!」と真理亜が呆れたように娘を見る。「やだ、この子、……なんなの?」

雄大は、何となく居心地が悪そうに扉の方を見て、「あの……、ぼく、もう帰ります。」と言って、逃げるように知佳の家を飛び出していた。


……その後家に帰ったら、母さんには呆れた顔をされ、姉からは、雄大、あんた幾つになったんだよ?と言われ、アホか……と頭をはたかれたが、家族内ではそのまま笑い話として処理された……。だが、……間違ってでも、高嶺真愛や、双葉和歌名には言わないでもらいたい………。


ーーーーーーーーーーーーーーー


雄大がドアの前で迷い続けていると、

扉の方が逆にガチャガチャと音を立てて、チェーンが外され、次に鍵が回る音がしたかと思うと、

すぐにこちら側に向かって(ひら)いてきた。


咄嗟に雄大が飛び退くと、中から知佳の母親、村田真理亜が顔を出した。


「あら、お早う。あなた、また来たの?」と言って、真理亜が顔をしかめる。

「……は、はい、迎えに来ました。」と雄大が言う。


「あなたね……、何を期待してるのか知らないけど、……女の子のあんな姿を見て、興味津々てこと?やめてよね、あなたまだ小学生でしょ?……正直に言うわ…、気持ち悪いから、

もう、うちの子に近寄んないでくれない?」と真理亜が冷たく言い放った。


部屋の奥で、……知佳の泣いている声が聞こえた……。


……雄大は…、自分の顔が、……どんどん無表情になっていくのがわかった。


そして、知佳の母親が、まだ何か言っている言葉が、全く聞こえなくなっていき……、

壁を隔てた向こうの部屋から聞こえてくる……友達のすすり泣く声しか、耳に入らなくなっていた。


「村田!!」


雄大が突然、大きな声で叫ぶ。


「聞こえてるか!!村田!俺は……」


「俺は……!お前を……!

秘密少年探偵団(▪▪▪▪▪▪▪)団員ナンバー2番(▪▪▪▪▪▪▪▪)正式構成員(▪▪▪▪▪)に任命する(▪▪▪▪▪)!!」


真理亜が、は?といった顔で、この少年を見つめる。


「聞こえてるか!村田!ここに団員バッヂは持ってきている!今すぐ取りに来い!!お前には勇気がある!」

「おばさん!!聞いて!」

真理亜は『おばさん』と呼ばれたくないタイプだった……。

「昨日、村田は……!阪上とかいう男の悪事を暴こうと、田丸運輸に乗り込んだんです!……そこで酷い目にあった……!」

真理亜が目を見開いて、「ど、どういうこと?!」と言う。「知佳?!説明しなさい!!」


「村田!昨日のことを恥じることはない!お前は誰よりも勇気がある!!是非……、俺と一緒に………探偵団になってくれ!!」


ガタンッと壁に体をぶつける音がして、

勢いよく知佳が駆け出してきた。

……そして、ほとんどジャンプしながら、雄大の胸に向かって飛び込んでくる。

雄大は辛うじて知佳の身体を受け止め、そのまま階段の壁に背中を叩き付けた。


……下の階から和歌名と真愛が、待ちきれなくなって登ってきたところで、雄大の「俺と一緒に………探偵団になってくれ!!」という言葉が丁度聞こえ、2人の目の前で、

……雄大が知佳を抱き止めるシーンが展開された……。


おおっと…………!?和歌名と真愛は、衝撃的な愛の告白の瞬間を()の当たりにして、マジですか??と顔を見合わせる。

知佳は泣きながら、雄大の胸を掴み、

雄大は……ぐぬぬぬぬ、と……背中と足首の痛みに悶絶していた……。


***************


雄大は左足首を捻挫したらしく、そのまま学校を休むことになった。

知佳は1日ショボンとしていたが、雄大の母親が、彼を車で病院へ連れていく前に、

秘密少年探偵団の正会員バッヂを受け取っていて、それを大切そうに、カーディガンの内側の、心臓の近くに留めていた。


「惜しい人を亡くしたものね……」と真愛が和歌名に言い、和歌名は、「早川くん、見直したわ……」と言って、真愛の軽口には付き合わなかった。


「ねえねえ!和歌名ちゃん!大変だよ!」クラスメイトの青柳美鈴という痩せた子が走り込んでくる。

「昨日……、2組の牧田さんが………!」和歌名と真愛が同時に顔を上げる。


剃髪魔(▪▪▪)に………襲われたらしいの………」


「昨日の2時か3時頃だったらしいよ!」と他の女子も声を上げる。


近くにいた知佳が振り向く。き、昨日のその時間は……わたしと東三条先生で、阪上(あれ)と対峙していたはず……。


………阪上(あれ)は……、剃髪(シェイブ)魔ではない……?!

知佳は右手で探偵団バッヂを掴み、心臓の鼓動を抑え込み、気を落ち着かせようとしていた。


「え?え?…牧田さんも…、凄く髪長くて、綺麗だったよね?」と真愛が動揺を隠せない様子で言う。


和歌名は、腕にしがみついてきた真愛の手を、自分の手で上から重ねるようにして握り、

何か恐ろしいものが近付いてくる気配に、体を硬くして身構えるのだった。

次回、『正義の味方』

久々の主人公回です!……ところで、主人公って誰でしたっけ?

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