井69 おひめさまごっこ
普段、従業員が土足で行き交う田丸運輸の事務所の床に、
村田知佳は手足を縛られて転がされていた。
踠いている間に、知佳のマスクは黒く汚れ、それが涙と混ざってまだらに沁みを作っている。
眼鏡も斜めにずれ、知佳は周りの様子をはっきりと見ることが出来なくなっていた。
阪上一馬は、ニヤニヤと笑いながらしゃがみ込み、パンパンになったスラックスの尻を、東三条の方に向けながら、
「……ほう、責任を取って結婚してほしい、だと?」と言って、知佳の額にかかった髪を一房掴み、自分の鼻先に持っていくと、くんくんと匂いを嗅いだ。
「そこにいる、偉い先生からの入れ知恵なのかもしれないけどさあ……」阪上は、掴んだ少女の髪を鼻の穴にまで突っ込んで、中の粘膜を擦り付けた。
「一度言った自分の言葉には責任を持てよ?……ああ、いいとも、いいとも。おじさんはなあ、知佳ちゃんのことを、ぜ~んぶ、もらってあげるよ。」
そう言うと、阪上は少女のマスクの真ん中を摘み、前方に向かってぎゅうっと引っ張っていった。知佳は抵抗しようとしたせいで、余計にマスクを剥がされていってしまった。
「克徳?おい、見ろよ?」阪上が嬉しそうに大声を出す。
「こいつ、もう唇に、うっすら産毛が生えてやがるぞ、おい、この前は気付かなかったけど、こいつは、食べ頃だなあ!」
知佳は「う、う、う、」と言って、溢れ出る涙を頬に伝わせていた。
「克徳?お前さ、このくらいの育ち具合ならいけたんだっけ?……それとも、『やめろ気持ち悪い』、とか言うんだっけか??」アッハッハと阪上は高らかに笑い、「いやあ、久々に興奮するなあ……」と言って、改めて東三条に向き直った。
「……ああ、そうか。克徳、お前はこういうの、見てる方が好きだったよな?ここまでしても止めに入らないってのはあれか?……お前も、こうなることを期待してたのか?それならそれで、俺もお前を目一杯楽しませてやるよ……。
まあ、こいつは上玉とは言い難いが……、そこがまたいいよな?さあてと……」と阪上は舌舐りをして、
知佳のしていた小さなマスクを自分の口にあてがった。
「うはっ、くっせぇ!」と阪上は楽しそうに呟き、「知佳ちゃん?おじさんさ、臭くて吐きそうになっちゃったよ……うん、これはね、お返ししないと割りが合わないかなあ……」と言って、口をクチュクチュとさせると、知佳のマスクの中に、
……たっぷりの涎を垂らし入れていった。
「おっと、溢れそうだ……」と、慌てて阪上はマスクを耳から外して折り畳むと、そのままゆっくりと擦り合わせ、もう一度開いたものを、床に横たわる少女の目の前で見せた。
「取ったりしてごめんね?はい、知佳ちゃん、どうぞ。これ返すね。」
知佳が言葉にならない呻き声を発しながら、顔を背ける。その様子を阪上は楽しみながら、手に持ったマスクを彼女の顔の前で、何回もひらひらと動かした。
「…もう、それくらいにしておけ……」いきなり肩を掴まれて、ぎょっとした顔で阪上は振り返った。
東三条克徳は、旧友の肩を、爪が食い込むほど強く握って、表情のない顔で相手の目を見据えていた。
阪上一馬は、ん?と目線を落とし、東三条の履いたスラックスの中央の、腰までかかったセーターの下辺りで、
ベルトのバックルの形が、カーブを描きながら浮かび上がっているのを見つけて、「おい、おい、そこは正直だな…」と言って笑った。「まあ、でも相変わらずお前のそれは、お上品なサイズみたいだな……」と言い、バカみたいにゲラゲラと笑い出した。「お前はいいよな、興奮しても人に気付かれなくって!……俺なんか子供の時から、隠すのに苦労してたって言うのにさ!」と言うとアハハハと阪上は笑いが止まらなくなり、苦しそうに東三条の肩に手を置いて涙を流していた。
カツカツカツ………
事務所の床を叩くヒールの音が、急に響き渡り、
ん?と阪上が顔を上げた瞬間にパシーン!と彼の頬は張り飛ばされた。
よろけた阪上の目に入ったのは、
緩いパーマをかけた亜麻色に近い髪の若い女性。その柔らかい髪は、肩から胸に渡って軽やかに下げられていて、驚くほどの豊満な胸に押し退けられてサイドに散らされていた。
「黙って聞いとれば、あることないことをよくもまあ。あんたみたいな品のない男が、厚かましい話や。克徳さん?もうお痛な遊びはこのへんにしといて、この男をさっさとどうにかしまへんか?」
橘家の令嬢、橘華雅美は、緩やかに着た紺色のドレスに灰色のカーディガンを羽織って、身体のラインを隠そうともせず、胸を張って立ち、
彼女よりも身長の高い阪上のことを、上から見下すような目で見ていた。
「それに、この女の子、ちょっと可哀想やわあ……」
「……やあ華雅美、まだちょっと早かったけど、まあ、ありがとう。思ったよりも阪上が暴走したものでね。思わず見入ってしまったよ……。あと、この女の子は心配いらないよ。この後とっておきのご褒美があるから。
……だいたい、今日のこれは、可愛い後輩である早川君とこの子へのご褒美として企画したようなものだし……、阪上は元々、君と僕がいればどうとでもなると、最初からわかっていたしね。」と東三条は言うと、さりげない素振りで、この女性の肩にかかった髪を後ろに掻き上げてやった。
華雅美は幸せそうに頬を染めて微笑み、「いややわ……」と言って、こつんと自分の頭を彼の肩に預けた。
「おい、おい、おい、おい、ちょっ待て!!何なんだ??その女は?!」阪上が詰めよってくる。
「あ、うちですか?」華雅美が、ラインストーンが施された銀色のカードケースを取り出し、名刺を一枚取り出すと、
一応両手で彼に差し出した。
阪上がそれに目を落とすと
『橘法律事務所 秘書 橘 華雅美』
とだけあった。
「秘書ってなんだよ?こんなんで俺がビビるとでも思っているのか??」
「ああ、別にびびらなくてもいいよ。だが、この地域で運送業を続けたいなら、橘法律事務所については知っておいて損はないと思うよ。」と東三条が言う。「…一馬、お前、宍戸財閥を敵に回したいのか?」
「……は?」
「こんな時だけ、宍戸の威を借るのは癪やけどなあ」と華雅美が言う。
「まあ、いいさ。宍戸家だって他の支えがあって初めて威光を発揮できるんだ。これくらい利用させてもらってもバチは当たらないよ。」
東三条は、もう旧友に興味を失ったように、知佳の元に跪いていた。
「……やあ、よく頑張ったね。」そう言うと東三条はポケットから新しいマスクを出して、教え子の耳にかけてやった。
「もう少し我慢していなさい。これから素敵なことが君の身に起こると思うよ……」
知佳の顔をじっと見て、東三条は、秘密少年探偵団の、期待のいやらしい少年、早川雄大のことを考えていた。
東三条は立ち上がると、今度は華雅美に向かって言った。
「う~ん。この憐れな男を、社会的に抹殺するのは、……ちょっと可哀想な気もしてきた。」「え?あ、うちはどっちでもええんよ?パパにはまだ何も言うてへんし。」「そう?ありがとう。」少し距離を詰めてきた華雅美に対して、東三条は一歩後ろへ退き、「今日はここらでお開きにしよう。ごめんね華雅美。やっぱりちょっと…僕は阪上ともう一度話し合うことにするよ。まあ、こんな奴でも、昔は友達だったわけだし……」と言った。
「な、なにを偉そうに!勝手なことを言いやがって!」阪上が叫ぶ。
「まあ、そう言うなって。」東三条は阪上の耳に囁いた。「橘の目がある限り、お前は暴走できない……。それなら……、今後は俺の足となり、目となり、改めて働いてみないか?」「だ、だれが…!」「まあ、そう言うなって。…まあ、何と言うか……さっきの変態ぶりは流石だった。……なあ、今から飲みにいかないか?悪いようにはしないからさ……」
阪上は、こちらを冷たい目で眺める橘華雅美の視線にブルッと震え、「お、おい、約束しろよ?お、俺だって生きていかなきゃならないんだ……」と言って不安そうに目をさ迷わせた。
「オーケー。契約成立ってとこかな?ちょっと待っててくれ……」東三条はそう言うと、一度プレハブの外に出てスマホを取り出した。
トゥルルルルルル………、ピッ。
「先生!どうかしました!?」「ああ、早川君、今すぐこれから言う所に来てくれ!」「な、なにがあったんですか?!」「村田さんが大変なんだ!先生は奴を追う!君は村田さんの救助に向かってくれ!!」
東三条は田丸運輸の場所を簡単に伝えると、電話を切った。
「じゃ、華雅美、僕はこいつと飲んでくるから。……また夜に連絡するよ。」「あんまし遅くならんといてね……でも、あの子は、ほんま、あのままでええの?」「ああ、大丈夫。僕とこいつで、早川君が到着して、無事村田さんを連れ帰るまで隠れて見てるから。」「うちは一緒にいたらあかんの?」「う~ん。一応、これは秘密少年探偵団のメンバーだけにしておきたいかな?」「なんやの、そのこだわりは…。まあ、ええわ。ほな先に帰らせていただきますぅ。」
大きなヒップを左右に振りながら帰っていく橘華雅美の後ろ姿を見て、
阪上が「おい、克徳?お前、海外に留学して、タイプが変わったのか……?」と旧友に囁いていた……。
***************
早川雄大は、自転車に乗って全速力で田丸運輸の建物から少し離れた空き地に乗り付けていた。
雄大は自転車を雑木林に隠すと、身を屈めて素早く移動し、プレハブの事務所を囲ったフェンスの柱に背中を付け、
……辺りの様子を伺った。
……1個、2個、3個……。雄大は、防犯カメラの位置を確認すると、驚くべき技術で、
全てのカメラをパチンコから発射したビー玉で破壊した。
(お、おい、おい?!)と物陰に隠れている阪上が東三条の方を向く。(まあまあ。後で弁償するから…)と東三条も苦笑いする。
人気のない敷地に、雄大は侵入し、駐車中の社用車2台の中をガラス越しに確認すると、リュックサックから取り出した五寸釘をタイヤに打ち立てて、ハンマーで叩き込んだ。
ブシューッと破裂音に近い空気の漏れる音がして、それを聞いて飛び出そうとする阪上を、東三条が引っ張って必死に止めていた。
雄大は、そのまま淀みない一連の動作で事務所のドアに駆け寄ると、薄く扉を開け、中に横たわる知佳の姿を確認した。雄大の顔が青ざめる。
それでも彼は、ぎりぎりのところで冷静さを失わず、ヨーヨーの先に付けたけん玉の本体を、ドアノブからくるくるっと巻き付けて、扉上部のフックに引っ掛ける。これは後から不用意な誰かが入ってきた時に発動するトラップで、頭上には、極限まで先を削って尖らせたけん玉のけんが下向きに設置されており、それが悪漢の頭に刺さる、という仕組みとなっているのだった。
「…おい、克徳、あいつは俺を殺すつもりか……」「そうかもな。」と東三条は言った。
雄大は事務所内に体を滑り込ませ、他に誰もいないことを確認すると、あとはもう冷静さを失って、知佳の元に駆け寄っていた。
「村田!村田!大丈夫か!!」雄大は知佳の身体を抱え起こして、彼女が両手両足を縛られているのを見て、わなわなと怒りに震えていた。「くそ!村田!大丈夫か!今すぐ助けてやるからな!」
雄大は、近くの事務机から大きなハサミを持ってきて、ビニール紐を切ろうとする。
しかし、紐は深く食い込み始めていて、ハサミを当てることが難しくなっていた。
……そこで、知佳の意識が戻った。
「……は、はやかわくん……」「あ、村田……、良かった!…ほら、じっとしていろ、今すぐ紐をほどいてやるやからな!」
ハサミを床に投げ捨てた雄大は、鬱血してきている手首に巻かれた紐を、必死になってほどこうとして爪を立てた。「くそ!ほどけない!」雄大は、今にも悪い奴がここに戻ってくるかもしれない可能性を考えて、
紐をほどくのを一旦諦め、知佳の身体に下から手を回した。「は、はやかわ……、くん?!」知佳が驚いたような声を出す。
雄大は、ふんぬっ、と力を込め、知佳の体を抱き上げた。
わたしは……、
……手足を縛られた無力なお姫様……
助けてくれた王子様の……
………足手まといになって、
何も出来ない、無能な、
……女の子の形をした
……ただの肉の塊になって……
………ゆっくりと、はこばれていくなか
こわいおもいをしているあいだ………
ずうっと、がまんしていたことをおもいだしたけど
もう、それにきづいたときには、
知佳は、雄大の腕の中で、
とってもあったかい気持ちが、おさえられなくなってきて、それが、知佳の身体にどんどん広がっていくのを感じてしまって……、
ついにそれは、男の子の腕と、女の子の身体に接した彼のお腹の辺りに溢れ出し、
……どんどんやさしいみずのながれで、男の子の体をぬらしていくのを、もうとめることが出来なくなっていた。
雄大は驚いて、思わず知佳の顔を見てしまったが、すぐに目を逸らし、
「いいんだ……いいんだ……、気にするな、だってこんな怖くて、ひどい出来事だったんだぞ……恥ずかしくないからな……くそ!こんなひどいことをしやがって……。大丈夫だ。汚くなんかない……気にするな……」と言って、より一層知佳の身体を強く抱き止めるのだった。
知佳は……
幸せのあまり気が遠くなってしまい、このまま、ずうっと手足を縛られたまま……、
……ずうっと彼の腕の中でお洋服を汚し続けていたい………と思ってしまった。
そして知佳は、
……お願い、わたしの……あたたかいこの想い……まだ…終わらないで……と祈り、………涙を流しながら身体の力を弛めて、想いの全部を彼に感じてもらおうとするのだった……。
「いいものを見たな」と東三条がポツリと言い、阪上は、「……お前、ちゃんと全部、弁償しろよな……。」とだけ言って、旧友のことを呆れ顔で見ていた。
次回、『正式入団』




