井67 Hの手助け
早川雄大は、朝一で双葉和歌名を迎えにきて、そのまま2人は、
高嶺真愛のうちへ向かっていた。
「ねえ、早川くん?」「な、なんだよ」「昨日の知佳ちゃん……どうだった?」背の高い和歌名が、雄大の顔を覗き込みながらそう言う。
雄大は顔を赤くして「それがな…、」と言って少し考えて込むと、
「なんか、俺の気のせいだったみたいでさ、別に何でもなかったよ。」と答えた。
「ふうん。ならいいけど。」と和歌名は言い、
「……ところで、早川くん?その……、知佳ちゃんのこと、どう思ってるの?」とさりげない素振りを見せつつ、目を泳がせながら、くせっ毛の髪をふにゃふにゃと触り、唐突に聞いてきた。
「どうって……なにが?」雄大が、ベルトに収納したパチンコを確認しながら答える。
「ほら……その、早川くん、……知佳ちゃんと仲がいいじゃん?」「ああ、……で?」「で?って……。その、なんとも思ってないの?」「だから、なにが?」「……知佳ちゃんのことをよ。」「村田は友達だろうが。まあ、特別、あいつに関して何かコメントするとしたら…あいつは双葉達よりずっと真面目な探偵団員だよ。……いやあ、あいつの熱意には恐れ入るよ。
そろそろ正式団員にしてやってもいいと考えているんだけどな。……なんかさ、正直なとこ、今さら昇格させるきっかけがなくて……。いっそ入団試験でもやるってのはどうだろう?まあ、そんな試験ないけど。」
和歌名は黙って雄大のことを見つめていたが、ポンっと手のひらの上で拳を打つと、「あ、そうだ!」と言った。「なんだよ?」と雄大が言う。
「そうだよ!知佳ちゃんて、もうすぐ誕生日のはず!確か12月の……終わりの方だったような……」「それが?」「だ、か、ら!!知佳ちゃんの誕生プレゼントに、その、正式団員バッヂか何か知らないけど、それをあげればいいんじゃない?……そうだよ!きっと知佳ちゃん喜ぶよ!」
「これは誕生日プレゼントで授与するような資格じゃないんだけどな……。あ、そうだ双葉はバッヂまだだったよな?…いる?」と雄大がポケットから秘密少年探偵団正会員バッヂを取り出す。
……いらない……。て、いうかそんなに簡単にあげられるなら、知佳ちゃんに早くあげてよ……。
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2人は真愛の家に到着し、雄大に向かって「ちょっとそこで待ってて」と和歌名は言うと、慣れた手付きで玄関のチャイムを鳴らした。
しばらくすると玄関の扉が開き、中からスラリとしたモデルのような女性が現れた。真愛よりも少し濃いめのブラウンの肌と、緑色の瞳。長い髪には強めのストレートパーマがかかっていて、それは綺麗に銀色に染められていた。
「お早う、和歌名ちゃん。」と、彼女は落ち着きのある低い声で挨拶をする。
「ごめんなさいね、実は真愛は寝坊してて……。まだ出られないの。 あら、あなたは早川君ね? 初めまして。ごめんなさいね、せっかく迎えに来てくれたのに。」そう言うと真愛の母親、ルイーズ高嶺は「でも困ったわね。私、すぐに出なきゃいけないのよ。この分じゃ、真愛、集団登校に間に合わないわ……。」と言った。
和歌名が雄大の方を見て言う。「……こうなるんじゃないかと、心配してたのよ…真愛ちゃん、朝が弱いから……。」
「どうすんだよ?」
和歌名は「おばさん、わたし、真愛ちゃんの準備が出来るまで、待たせてもらっていいですか?」と言って、慣れた様子で高嶺家の玄関に入っていった。
「ええ、そうしてもらえると助かるわ。幸い通学路には保護者の方達が立っててくれるようだし……。和歌名ちゃん、お願いしてもらっていい?あ、私、もう行かなくちゃ……」ルイーズ高嶺は「よろしく……」とだけ言って、肩にバッグを掛けると、そのままタタタ…と小走りに出ていってしまった。
「なんか、高嶺のお母さん、高嶺とそっくりだな…」と雄大が呟く。
「じゃ、そういうことだから。」と和歌名が雄大に手を振り、「わたし、真愛ちゃんの準備を手伝うから、早川くんは知佳ちゃんを迎えにいってあげて?」と言って玄関をパタンと閉めてしまった。
「おいおい、みんな自分勝手過ぎないか……」と雄大は小さな声で言い、再びベルトのパチンコの位置を確かめ、ポケットに入れてある攻撃用のビー玉を手で触った。
……素早く取り出せるかのリハーサルを今一度行ってみる。
……よし。ランドセルの中には殺傷能力の高い、けん玉も仕込んであり、本体のけんの部分で、相手の目を突き刺し、玉の部分で頭を打ち砕く様を、脳内でシミュレーションする。
雄大はそのまま高嶺宅を後にし、村田知佳の住む団地へ急ぎ足で向かっていった。
「うひゃ、和歌ちゃん?!」その頃、パジャマ姿の高嶺真愛は、ダイニングに双葉和歌名がいるのを見て、焦って自分の目やにを拭き取っているのだった……。
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早川雄大は、徐々に見えてきた知佳の住む団地を見据えながら、周囲の気配に注意深く気を配り、素早い足取りで緩やかな坂道を登っていた。
いつ何時、危険な人物が襲ってくるかわからない……。
不意を突かれても大丈夫なように、雄大は神経を張り詰めて、後ろを何度も振り返りながら、片手はパチンコに添えつつ歩いていく。
視線の先に捉えた、知佳の住む団地の3階のベランダで、干された白い布が揺れているのが見えた。
……あそこは確か村田が住んでいる部屋だな……。雄大はそう思い、はためく白い布を見ながら……秘密の旗信号とか、懐中電灯でのモールス信号とか、そういうので交信できたら、カッコいいよな……。と考えていた。
ピンポーン
チャイムを鳴らすと、しばらくして村田知佳の母親が出てきた。
知佳の母親は、どことなく楽しそうな笑顔を浮かべ、「知佳ぁ~?早川君が来たわよぉ~」と言った。
「おはようございます。村田さんを迎えに来ました。」と雄大が大きな声で言う。
「早川くん、ちょっと待っててね~、知佳~?早くしなさい?あ、そうだ、あなた今日ゴミの日だから、ちゃんとゴミ袋を出してから行きなさいよ?」と知佳の母親が言う。
「お母さん?!?」と奥から知佳の声が聞こえる。
……何か言い争うような声が聞こえた後、目に涙を浮かべた知佳が、赤いランドセルを背負って、片手に大きな透明ゴミ袋を持って玄関に出てきた。
「お、お早う……」雄大が微妙な顔をして知佳のことを見る。知佳が泣きながらゴミ袋を腕で覆い、「見ないで……」と言って団地の階段を降りていく。
「……お前な……。どんだけゴミ捨てるの嫌いなんだよ……。」
頭を搔きながら雄大が後ろをついていく。
ゴミを捨て終わると、知佳は「……あ、あれは、そうじゃないの…、違うの……」と言って目を逸らした。
「なにがだよ?…なあ、村田、ゴミ捨てくらいしたってバチは当たらないぞ?……お前な、お母さんをもっと手伝ってやれよ……。ほら、朝から洗濯とかもして、母親ってのは毎日大変なんだぞ?」
雄大が指差した先に、知佳の枕カバーがはためいているのが見えて、
知佳は「いやぁぁぁぁぁぁ………」と言って顔を覆い踞ってしまった……。
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「真愛ちゃん、ほら!」と言って和歌名がツインテールの親友の背中を押す。
「ごめんなさい……」と真愛は言い、知佳が「い、いいよ、別に。今朝は早川くんが迎えに来てくれたし……。」と言う。
「お前、いい加減にしろよな?みんなで決めたんだからちゃんと守れよな?」と雄大が言う。
「ごめんなさい……」
「真愛ちゃん、明日はちゃんと起きようね?」「はい……」「ったく…、今日は早く寝ろよな?」「はい……」「お前、目覚ましとかないの?」「……」「だいたいな、起きようってホントに思っていれば、自然と目が覚めるものなんだよ。」「……」「お前みたいな怒りっぽい奴が、低血圧を気取って、早起きが苦手だなんて……」「……」「お前みたく気の短い高血圧の奴は大抵…」バーン!!と大きな音がして和歌名と知佳が振り返ると、
雄大が床に倒れていた。
「黙って聞いててやれば……調子に乗り……」スパーン!と和歌名が真愛の頭を叩く。「真愛ちゃん?」「……ごめんちゃい」「は、早川くん?!」
「……お、お前、ホントに護衛いるか……?」床に突っ伏した雄大が、そう呟くのだった。
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放課後。
音楽室に集まった秘密少年探偵団の2人、早川雄大と村田知佳の前には、
彼らの顧問(?)、Hこと東三条克徳が腕を組んで立っていた。
「……なるほど。それで、村田さんは、その男に迫られて、危うく口付けされかけたと……。」東三条は、じっくりと、目を細めながら、マスクをした知佳の顔を眺めていた。知佳は、自分の紙マスクの件については触れなかったが、いたたまれなくなって顔を伏せ、軽く雄大の袖を掴むと、彼の背中の後ろに隠れた。
東三条は(ほう、よく躾られているな…)と、感心したように雄大のことを見つめ、一旦ピアノの後ろに退くと、「早川君、」と、手招きして雄大のことだけを呼んだ。
「はい、なんでしょう。」雄大が真剣な表情をして、先生の所へ赴く。
側に来た教え子に向かって、東三条は耳打ちをした。
「戸成町の女子生徒の事件……、私も興味があって、色々と情報を集めていたんだ。」「そ、そうなんですか?!」
「ああ。うちはね、代々、呪師の家系でね。今も家族には精神科医や、セラピストが多いんだよ。私もそのあたりは得意な方でね……この事件の詳細を探っていると、ある仮説が浮かび上がってきたんだ。」「そ、それは……?」
「犯人は、おそらく長く美しい髪を持つ少女を狙っている。そして、また顔も可愛らしい子を襲うことで、何か、歪んだ感情で、復讐をしている可能性が高い。」
東三条はちらっと、離れた所に立つ知佳のことを見て、小さな声で言った。「……ブスは狙われないだろう。」「え?すみません、先生、今何て言いました?」犯人像のイメージを頭に思い浮かべていた雄大が慌てて聞き直す。
「まあ、君はそっち専だろうから……あれで満足なんだろうが……。」
雄大は東三条の話についていこうと、必死に頭をフル回転させていたが、やがて、先生の話は、自分には専門的過ぎて理解できないのだろうと、納得した。
「まあ、でも早川君、君の気持ちは私にもよくわかるよ。……ふふふ……すごく臭いから興奮するよね。」
……臭い……?先生はすでに何か犯人に繋がるものを突き止めているのだろうか。興奮するって……。もちろん事件に対する知的好奇心だろうけど……被害者のいる事件に、それは……ちょっと不謹慎じゃないかな。でも、やっぱり東三条先生は名探偵みたいに鋭いし、頭もいい……。
「おい、村田!東三条先生にその男の名前と、そいつがどこにいるのかを教えよう!先生ならきっと力になってくれる!!」と雄大が強い口調で言う。
知佳は怯えた目をして、雄大のことを見つめ返したが、そのまま黙って拳をぎゅっと握っていた。
「先生、ちょっと待ってて。」と雄大は言うと、ゆっくりと知佳に近付いていき、優しく肩に手を乗せた。知佳は眼鏡の向こうで涙の溜まった瞳を雄大に向け、深呼吸をする。
「あ、あの男の名前は……さ、阪上です。……苗字しか、わかりません……。田丸運輸っていう会社の人で……お母さんが勤めていて……もうやめたけど……、また、現れたら…って思うと……わ、わたし、すごく怖いんです………。」と知佳は震える声で言った。
「なるほどね……」と東三条が言う。しばらく彼は村田知佳のことを見つめ、今度は雄大に向かって「少しだけ村田さんと2人きりで話させてくれないか?」と言った。
「はい」と雄大が引き下がる。
東三条は知佳に近付いていき、彼女は体を固くして身構えていた。
「ふふふ、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。」と東三条はバリトンに近い発声方法で、知佳の耳にそっと囁く。
「今回の戸成町の事件、うちの可愛い生徒達に危険が及ぶのは、看過できないな。特に、S家からは厳重に言い渡されているからね……。実はね、その阪上とかいう男のこと、私は知っているかもしれない。……君の言うことが正しければ、いずれにせよ、その男は排除しておきたいかな。
……私のしまで好き勝手に遊ばせるわけにはいかないからね……。」
知佳が恐る恐る、東三条先生の顔を見上げる。
「それにあたって、一つアイデアがあるんだ……。君と私でその男に罠を仕掛けたい。大丈夫。君の安全は保証する。そいつが私の知っている阪上という男なら、……あれはケチな悪党だよ。」
「え?え?で、でも、わたし……」
「私の見立てでは……君はまだ自分の中にある可能性に、気付いていないように見えるな……。」「え……?」
「まだ早川君と遊び足りないだろ?」「え?え?」「まあ、まだいい。ちょっと阪上と遊ぼうか?」東三条はそう言うと、早川雄大の方を向き、
「この件、ちょっと先生に任せてくれないか?」と言って、自信に満ちた表情で微笑みを浮かべていた。
次回、『阪上と村田』




