井65 護衛
「その女の子のこと、誰か知ってる人いる?」
淡いブラウンの肌をした高嶺真愛が、いつもよりわずかに低めのツインテールを左右に振りながら、
周囲のメンバーに尋ねる。
「塾行ってる子で、同じ学校って子がいたよ。」佐々木由香という眼鏡をかけた女子が答える。
「戸成町から引っ越してきた子だったら、2組にいたよね。」「ああ、牧田さん?」「牧田さんに聞いてみようか」「なにを?」「その子がどんな子かってことを。」真愛がそう言うと、青柳美鈴という痩せた子が「それ知ってどうするの?」と聞いた。
「ほら、だってさ……、どんな見た目の子が狙われたのか、知りたいでしょ……、ほら、怖いじゃん……狙われたら……。」
「その子、結城凪ちゃんて子らしいよ。」「あ、和歌ちゃん」真愛が顔を向けた先に、双葉和歌名が身を乗り出してきて、机の上に手を付いた。
「1組の梶山さんが幼稚園の時、一緒だったんだって。」和歌名がそう言うと、「和歌ちゃん、その子さ……どんな見た目の子だった、とか聞いた?」と真愛が聞く。「…うん、それがね、目がくりくりしていて、髪が長くて、お人形さんみたいな可愛い見た目だったらしいよ。」と答えた瞬間、
和歌名は、自分が「お人形さんみたいな可愛い見た目だった」と言ってしまったことに気付いて「あ……」と口に手をあてて黙ってしまった。
それに気付いた佐々木由香が「あ、でも、髪はまた生えるじゃん?」と慌ててフォローする。
「……そういう問題かな?」青柳美鈴が言う。「ほら、こういうのってさ、一度受けた心の傷は治らないっていうし、……カ、カミソリとかで……その……剃られた場合…、場合によっては、頭皮に傷が残って、……一生髪の生えない体になっちゃうこともあるって……。」
彼女の声は、途中からどんどん小さくなっていき、真愛の机の周りに集まっていた、この女子のグループ達は、
話の内容の恐ろしさのあまり、黙り込んでしまった。
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まだ犯人が捕まっていないということで、当初は、子供達を集団下校させて、休校にするという案も上がったが、
逆に子供を家で一人にしてしまうことが危険ではないかという声も上がり、結局、学校の方が安全だろうという判断で、今日は通常授業を継続することになっていた。
「なあ、村田。」
グループワーク中に早川雄大が村田知佳に声をかける。
「お前のうちって、一人だけ遠いよな。集団下校って言っても、最後は一人になっちゃうじゃん?」
和歌名と真愛が顔を見合わせる。
「ここにいる秘密少年探偵団メンバーとしてはさ、そういう危険な状況は全員でカバーし合う必要があると思うんだ。」
真愛が「ちょっと待って、いつの間にか、わたし達もあんたのくだらない探偵団のメンバー扱いになっているのが気になるけど……
あんた、今いいこと言ったわ。確かに知佳ちゃんが一人になるのは怖いわね。みんなでお互いに護衛し合いましょうよ。」と言う。
「で、でも、それじゃ……、みんなが遠回りに、なっちゃうんじゃ……」と、知佳がうなだれたまま、上目遣いで言う。
すると和歌名が「いいのよ、いいのよ。わたし達も一人で帰るのは怖いし、そのルートなら、丁度早川君が最後になるから、いいんじゃない?その…早川君は、一応男の子だし?」と言う。
雄大は何故か真っ赤な顔をして、「お、おう……」と口ごもって、「ま、まかせろ…。」と目を逸らしながら言った。その様子を見ていた知佳は一瞬表情を曇らせたが、
すぐに「村田さ、お前、ちょっと頼りないとこあるからな、俺らが守ってやるよ。」と雄大が言うのを聞いて、「ん。」と満足したように頷いていた。
「ところでさ…」真愛が机の上に身を乗り出すようにして話を切り出す。
「1000歩譲って、わたしらがその探偵団メンバーだとしてさ……。ここにいる人の顔ぶれを考えたら……、秘密少女探偵団でよくない?男、一人しかいないじゃん。」
「そういえばそうだね」と和歌名も賛同して雄大の顔を見る。
「ちょ……、それはダメだよ、だいたい、リーダーは俺だろ??こういうのは、少年探偵団じゃなきゃダメなんだよ!!」
「は?リーダーは和歌ちゃんでしょ?」
真愛がそう言うと、さすがに知佳もクスクスと笑い出し、「おいおい、村田までなんだよ?!」と雄大も言いつつ、自分も笑い出してしまっていた。
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心配した保護者達が、有志で通学路に立ち、集団下校する生徒達を見守る。
「でも、これを犯人が捕まるまでやり続けるのも限界があるわよね。」保護者同士がそんな会話をしているのを聞きながら、秘密少年探偵団のグループはひとかたまりになって歩いていた。
「まずは、東三条先生も言っていた通り……、『決して一人にならない』そして『人通りのない所へは行かない』『暗くなってから出歩かない』だな。」と雄大が言う。
『じゃあ、遅くに塾へ行く人はどうすればいいんですか?』と朝の会で赤城衣埜莉が、ピシッと手を上げて尋ねていたが、まあ、それは保護者に送り迎えをお願いしてください。とのことだった。
集団下校の生徒達は、徐々に帰り道ごとにバラけていき、しばらくすると、探偵団のメンバーだけが、住宅街に囲まれた畑の脇道を歩いている状態になった。
「このまま知佳ちゃんをおうちに送って、折り返し、真愛ちゃんの家、わたしの家、最後に早川君が一人で帰宅するって感じね。」和歌名が空中の見えない地図を指差しながら説明する。
「今年の冬はあったかいよね。」和歌名がそう言いながら、畑の脇にある桑の生け垣を手で弾き、「知佳ちゃんのとこの団地、あんまり子供がいないんだね?」と聞いた。
「……うん。た、多分、高校生くらいの人と、保育園の子がいるのは、し、知ってるけど……小学生は一人もいない……と、思う。」
「ここらへん、一人だと怖いかも。」古い納屋と、それを囲む竹林のある敷地のところで、真愛が呟く。
「そうか?かぐや姫でもいそうだけどな?」と雄大が言い、その言葉に反応して、知佳が薄暗い竹林の奥に目を向ける。
「それにしてもさ…今回の事件、その女子は……髪が切られたってだけで良かったよな。」と雄大がポツリと言うと、
「は?」と真愛が低い声を出した。
……まずい、俺、何か変なこと言ったかな……と雄大がランドセルの肩紐を強く握る。
すぐに真愛が勢いよく突っかかってきた。「あんたね、女の子が髪を切られるって、どんなことかわかってる?……それで、騎士気取りとは恐れ入るわ……。」真愛はちらっと知佳のことを見ながら言った。知佳は赤くなって俯いてしまう。
「で、でもさ、お前らだって床屋くらい行くだろ?それと何が違うんだよ??」「は?あんた、本気で言ってんの?今回被害にあった子は、無理矢理切られたのよ?!それに、女の子は床屋なんか行かないの!美容院よ、び、よ、う、い、ん!」
ねーえ。と、真愛が二人の女子に目線を送ると、知佳は「わ、わたし、お父さんに、切ってもらってる……」と言い、和歌名が「も、もちろん、そうだよね、びよういん、びよういん………」と言うのを聞いて、
……あちゃ~、目がめっちゃ泳いでる……、和歌ちゃん、これは床屋派だな……と真愛は考えいた。
「それにね、その子は切られたんじゃないの、剃られたのよ!全然違う!」と真愛は言って、
(あ…)と口を抑えて立ち止まった。
「どうした?」と雄大が怪訝な顔をして振り返る。
「うるさい!死ね!変態!」と真愛は雄大の太ももの裏をローキックし、雄大は「うっ」と唸って踞てしまった。
「大丈夫?」と知佳が慌てて雄大の側に寄る。
和歌名が真愛の頭を軽くポカリとぶって「真愛ちゃん?」と言って、じっとブラウンの顔を見つめた。
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「着いたな。」「みんな…ありがとう。」「いいのよ、明日の朝は逆順で迎えに行くから、……みんな、寝坊しないようにね!」そう言った真愛の口元で八重歯がキラーンと光る。「…寝坊が心配なのは真愛ちゃんかも……」「和歌ちゃん、何か言った?」「まあ、いいから。明日は早川君がわたしの家、次にわたし達が真愛ちゃんの家、そして最後に知佳ちゃんちに行って、みんなで登校するわけね?」
「登校班を勝手に変えてもいいのかよ?」と雄大が言うと、「もう東三条先生には許可を取ってもらったわ。最終的に、わたし達の登校班の集合時間に間に合うように知佳ちゃんを連れてくることになったの。……だから、みんなは、いつもより30分早く家を出なきゃいけないから気を付けてね!」「は~い」「はい」「了解」
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知佳を送り届け、3人になった探偵団は、川沿いにあるサイクリングロードを歩きながら、枯れたススキを手で折ったり、道端の石を蹴飛ばしたりしながらお喋りをしていた。
「ところでさ……」雄大が女子二人のお喋りを遮って話を切り出す。
「なによ?」「あのさ…、その、今日、村田のやつ、なんか変じゃなかったか?」
「え、どこが?」と真愛が聞く。
「なんか、態度がおかしいって言うか…戸成町の事件の話を聞いた時も、あんまり驚いてなかったような気もするし……でも、なんかおかしいんだよな……。心配事があるってのか……まあ、気のせいかな?あいつ、元々なに考えてんのか、わかんない時あるし。」
スパーン!と和歌名が雄大の頭をはたいた。
「な、なにすんだよ?!」「早川君?」「な、なんだよ……?」「今すぐ、知佳ちゃんのとこに戻って、話を聞いてきなさい!」「はい?」「そんな風に知佳ちゃんのことをよく見てるのは……、早川君だけよ?多分、早川君の直感は……正しいんじゃないかしら?…わたし、何となくそう思うの。」「なんだよそれ?」雄大が俯いて足元の石ころを蹴りながら言う。
「今日は、わたしと真愛ちゃんは二人で帰るから。早川君は知佳ちゃんのところへ戻ってあげて!」「……だからなんで?!それに、お前ら二人だと危なくないか?」
「あーーー、もううるさいわね!和歌さまがついてるからこっちは大丈夫よ!……まあホントは正直、あんたみたいなのでもいてくれた方が安心だから、明日からは同行をお願いしたいけどさ!今日はいいから、さっさと行ってきなさい!!」と真愛が言って「和歌ちゃん、怖いから全速力で走って帰ろ!」と言うなり、走り出していた。
「頼んだわよ!」と和歌名はそう叫び、「真愛ちゃーーん!一人になったらダメなんだよー!」と小さくなっていく真愛の背中を慌てて追いかけていった。
「おい、おい、俺は1人になってもいいのかよ…。」と雄大は呟くと、すぐに古い団地に戻ってきて、
……村田って何号室だったかな……と、郵便受けを確認し始めた。お、あった、あった……。なんだよ郵便受けパンパンじゃないか。何で回収しないんだ?と思いながら、雄大は団地の狭い階段を登っていくのだった。
次回、『少年探偵団再始動』




