井62 ぱんでみっく?!
如月ひみこは、嬉しそうな顔をして体をもぞもぞとさせていた。
うふふ、感じるわ……。凄く感じる。……とうとう始まったのね。私にはわかる。
この胸のときめき……ならぬ、ひみこちゃんの痒みは……、
発毛剤が効いてきた証し。
……まあ、少し気になるのは、後ろの方がより痒いってことかしら……。後ろまでもじゃもじゃは……ちょっと…。あんまりステキじゃないわね!?
さあて、どのくらい進んできたかしら?ちょっくら確認してみましょうね。
ドキドキ……。
ひみこは、ごわついたデニム生地のスカートを、搾るように捲り上げ、
猫背になってお腹を覗き込んだ。
……ふむ。目視では……なにも変化は認められない。周辺の皮膚を指の腹で擦り、指先の感触で変化の兆しを探る。
多分、生えてきたんじゃない、かしら?ほら、ここなんて?引っ掛かりを感じる?気がする?ような?いや、ないか……。すべすべ……玉子肌……(涙)
それにしても……、なんか後ろの方が痒いわね。もしかして、そっちから生えてきちゃった?……あれ?そもそも女の子って、後ろにも生えるんだっけ??
ひみこは、プラスチックの宝石を鏤めた姫仕様のハンドミラーと、漆塗りの紅い背面に桜の掘り込みがしてある雅な手鏡を持ってきて、
それらを合わせ鏡にすると、腰の下に敷いて、自分の後ろ側を確かめてみた……。
……炎症したように、
熟れたプラムの割れた中身ように、
珊瑚礁の海に生息するいそぎんちゃくの口のように、静かに……、もう一つのひみこちゃんの呼吸器が……肺呼吸とは別に、独自に開いては閉じ、息をしているように見えた。
……こっちの方も変化なしね……。
………。
………ちょこん。
こんにちわ!
……はい?
……くねくね。
……はい?はい?はい?は?い?
≌ρ/§♡☆₪₢≌Ж㎯/??!
ウ、ウギャアアアアア!!!!
如月ひみこは、お腹を出したまま、泡を吹きながら真後ろへ向かって転倒した。
* * * * * ~ * * * * *
如月ひみこはこれから行う極秘任務の為に、長い時間をかけて検索をしていた。……あった。これだ。私が求めていたのは……、これだ。
ひみこはパソコンのディスプレイで
第二類医薬品
パルチサン錠 6錠
¥1680(税込 )
在庫なし
のパッケージ画像を見ていた。
……なになに?パルチサン錠は『パモ酸プロセイニウム』を主成分としたぎょう虫駆除剤です、と。5歳以上からオーケーなのね。これなら、ひみこちゃんも安心!
15歳から5錠。11から14歳は3錠。10から8歳は2錠。
……念のため私は2錠にしておこうかしら……。
オホン。まあ、とにかく1秒でも早く!これを!入手しなくっちゃ!
…しかし今回の任務はハードルが高い。当然だが、絶対に、私であることがバレてはいけないのは勿論のこと、
そもそもこれは、女の子であることがバレてはいけないレベルだ。
手始めに、ひみこは長い髪を全部隠す為に青いキャスケット帽を被ってみた。
……あら、かわいい。私ってボーイッシュもいける口なのよね。これで眼鏡をかけたら可愛すぎるかしら。
ひみこは今着ているデニム生地のオーバーオール型のスカートの中で片足をぴょこんと横に出し、眼鏡の柄を口にくわえて、
鏡の前でウィンクしながら片手を腰にあてると、もう片方の手をパーにして顔の横で『ハ~イ』と挨拶するポーズをしてみた。
……ひみこちゃんの休日おでかけスタイルよ!
デイジー型のポシェットにジャンガリアンハムスターのマスコットキャラならぬ、
おしりにエンテロビウス属・ヴェルミクラリス、ヒトぎょう虫が入っているわ………。(◎キペディア調べ)
無難にパンツ型のオーバーオールに着替え、不織布マスクをしてみる。体型に関しては、ことさら男装する必要のないひみこだが(…ひどい…グスン。)、これだけではまだ女の子に見えてしまう気がして、だめ押しに、昔、動画のネタに使った黒いランドセルを引っ張り出してきて背中に背負ってみた。
え?ランドセルを何のネタに使ったのかって?
えーっと、これはね、
『埴輪ちゃん達が、子供時代を卒業した証しに、ひみこちゃんへランドセルを送りつけよう!』という企画でして…、みんなの『大人の階段を登った』エピソードと共に、
全国のひみこちゃんファンから送ってもらったものなの。
……なんでそんな話になったかは、今となってはもう覚えていないけど……確か私が卒業と同時にランドセルは燃やした、という話をしたせいだったような。も、もちろん私はとっくに子供から卒業してるからね!異論は認めないわ!
結果送られてきたランドセルは八割が男ので、一割が女の子。あと一割は性別不明。送られてきた数のあまりの多さと、企画内容そのものが大炎上。
結局、自腹で30万円くらい払ってランドセルはしかるべく機関に寄付したわ!今頃みんなのランドセルは誰かの役に立ってると思うわ!
……その中でも綺麗だったいくつかのランドセルをインテリア用に?……もう当時の気持ちは、正直よくわかんないけど、多分、お金がかかりすぎて(涙)、こうやって取っておいたのよ!
今これが役に立つ時が来たのだから、人生わからないものね。
ひみこは、(これなら、どこからどう見ても男子小学生ね!)と鏡の前でくるっと回転してみせてから、
あれ?でもこの格好じゃ、私、パンプロビルの廊下で逮捕されるわ……。と考えて
ランドセルに変装衣装を全部詰め込み、いつものひみこちゃんスタイルに戻っていた。
はあはあ……と肩で息をしていると、おもむろに襲ってきた、うしろのひみこちゃんの痒みに身を捩り、手をワナワナと震わせて、掻くのを我慢する。
油汗をかきながら、ひみこはがに股で、手の爪を使って空中を掻きむしり、「ぐぬぬぬ……」と言って目を血走らせる。
……もう……一刻を争うわ……。
ひみこは、パンプロの部屋を飛び出して、すぐ着替えられるワンピースの上から、男の子が着ていてもおかしくないであろうスカジャンを羽織り、その上からさらに黒いランドセルを背負った謎のファッションで、
ピューッと廊下を駆け抜けていった。
エレベーターに飛び乗る。
「あ、ひみこ姐さん?」と嬉しそうな声が上がり、エレベーター内に、ゴスロリドレスに赤いマントをつけた振琴深海が立っていた。
「あ、あら……ごきげんよう。」ひみこは何となく気まずくて、変な挨拶をしてしまった。
深海は、ひみこのファッションを頭から靴の先まで眺め、「……勉強になります……」とだけ言って黙ってしまった。
チーン
パンプロビルのエレベーターから昭和のデパートのような到着音がなり、それと同時に「じゃ、またね!」と言って、ひみこは駆け出していった。
遠ざかる黒いランドセルを見つめながら、深海は、あ、……あれって、昔動画でやってたランドセル企画のやつかしら……。全部寄付したって聞いてたのに…まだ、あったんだ……アタイも送りたかったけど、孤児院で使ってたやつは、もう手元になかったし。パンプロに拾われてからは手提げだったしなあ。と考えて、少し悲しくなっていたのだった……。
* * * *~* * * *
……ああ。また、ここに来てしまったわ……。
ひみこは、都内某大型ドラッグストアで、男子小学生に変装し、ランドセルの中にひみこちゃんコーデ一式を摘め込んで、辺りをキョロキョロと見回していた。
突然、襲ってくる強い痒みと戦いながら、変な風に体をくねらせて歩く男子小学生。
人目を気にするように、棚のあちこちを見て回り、その割りに、たまに介護用品や、化粧品や、大人の女性用品を、憧れを持った目で見つめ、人が通りかかると、さささっと顔を隠しながら脇に逃げる。
そして、とある棚に手を伸ばし、目にも止まらない早業で、そこに置かれていた箱を掴み、手のひらで隠すようにして背中に回した。
「待ちなさい!」
男子小学生ひみこは、誰かに肩を強い力で捕まれて、無理矢理に振り返らされた。
「君、今何か取ったでしょ?」
ひみこの肩を掴んだのは、ドラッグストアの女性店員、片山沙吟(27)だった。彼女は短めの黒髪をし〇”かちゃんのように耳の下で二つに結び、薄い印象の顔に眼鏡をかけ、不織布の毛羽立った白いマスクをしていた。彼女のピンク色の制服は使いこまれ、ポケットのところが特に黒ずんでいる。
「私、仕事柄、君みたいな子、何人も見てきたから、わかるんだよね?」肩を掴んだ手に力が入る。捕まれた小学生は、相当焦っているようで、あたふたと辺りを見回していた。
「君、三崎小?それとも戸町小?」小学生は返事をせず、体ををひねって腕から逃れようとした。
「おっと逃げようったって、そうはいかないんだからね!ここは三崎小の子の万引きが多いから、親御さんの要望で店員が万引きGメンしてるのよ、それくらい知ってるでしょ??」青いキャスケット帽を被った小学生の男の子が首をぶんぶんと振る。
「本来ならそっこーで警察呼ぶところを、ここで食い止めてあげてるんだから感謝しなさいよね?……さあ、こっちに来なさい。」と
沙吟は、……今日で2人目か…と考えながら、バックヤードにこの少年を引っ張っていった。
「おうちの人に連絡する前に……。手に持ったものを返しなさい。」ランドセルを背負ったまま、椅子に座ろうとしない少年の、後ろに隠された手から、
やれやれ、と沙吟は、箱を奪い取る。
………。
第二類医薬品
パルチサン錠 6錠
¥1680(税込 )
えーっと……。これって虫下しの薬よね。え、この子もしや……。あの、いまや時代遅れになったあれに感染してるんじゃ?
「お金はあります……。」
「そ、そうなの?き、君、このお薬はどのみち子供だけでは買えないわよ。身分がわかるものとかある?」
「え……」
「君、ちゃんと病院に行ったの?おうちの人は……その、……君の病気を知ってるの?」
「し、知りません(おしりだけに……。やだ、職業病ね……)」
「と、とにかく、これは売れないわ。まず病院に行きなさい。」
「で、でも、それ、処方箋なしで買えるはずですよね?」少年は腰をモジモジとさせながら言った。
「痒いの?」
……こくりと少年が頷く。
「見たの?……その、体から出てくるあれを?」……少年は反応を返さなかったが、沙吟は何となく察した。
「内緒で買いたいのね?…わかったわ。……お姉さんがレジで買ってきてあげる。……でも、この場で飲んでいきなさいよ?間違った服用をしないよう、お姉さんが見ていてあげるから。………じゃあ、ほら、お財布を出しなさい(なんか私がカツアゲしているみたいね……)」
少年は黙ってランドセルを肩から下ろし、ホックを捻ると、蓋をガバッと開けた。
「ちょ、ちょっと、それ、なによ??」思わず沙吟は大声を出して、少年の手を掴んだ。
ぎょっとする彼をしり目に(しりだけに……すません。)沙吟は、衝動的にランドセルの中に手を入れて、バッと中にあるものを引き出してしまった。
……白い、少女の服。ふわふわの、襟と袖口に小花柄の可愛いレースがあしらわれた、優しい柔軟剤の香りがするワンピース。……これは…メロアでも、ソプランでも、カミングでもない……サンダルウッドの高級な柔軟剤の香りだ……。
洗剤担当である沙吟は、理性を失って、くんかくんか、と白い布の匂いを嗅いでいた。
ヤバ……。この人変態かなにか?
ひみこは、キャスケットの中で頭皮に汗をかきながら、ドラッグストア店員の行動を見つめていた。
「……て、違う違う!君、なんで、女児服なんか持ってんの??」
「じょ、女児服とは失礼な?!れっきとした大人の女性の服です!」ひみこはガバッとワンピースを奪い返す。
ハッと沙吟が何かに気付いたような顔をして、ひみこのマスクをした顔を見つめた。
「き、君、もしかして……」
マズい!マズいわ!……
スクープ!!『如月ひみこ、ぎょ〇虫を飼う』
……衝撃のネットニュースが世界を駆け巡るわ!モ、モ、モウ、オワリダ…………
目を固くつぶったひみこは、店員の次の言葉を待ったが、……彼女はそれ以上何も言わなかった。
目を開けると、沙吟はにっこり微笑んで、
両手の指で『L』!『G』!『B』!『T』!『Q』!『♡』!と順番にサインを作って、ウィンクをした。女、装、趣、味、ね?
……なにそれ。かわいいんですけど……。そのサイン、今度動画でパクっていいかしら……。ひみこはそう思い、多様性……たようせい……ひみこちゃんが妖精だけに、多様性と……。あら、おあとがよろしいようで………。この駄洒落も、次の動画で使わせてもらうわ。と考えて、さてと……と、改めて薬箱の説明書きに目を通すのであった。
沙吟「服用は1回だけよ、次に飲む時は1か月以上の間隔を空けてね!
大変だけど、シーツは毎日交換すること。
ぎょう虫の卵は吸血鬼みたいに(振琴深海『呼んだ?』)日光が弱点だからパジャマと下着は日干しすること。約束よ!
手が触れるところ、ありとあらゆる把手、蛇口、スマホ、パソコンのキーボード、スイッチも何もかも!消毒を忘れないでね!
あと、勿論床に掃除機もかけなきゃダメよ?どこに卵が落ちてるかわからないからね。
君、ちょっと爪が長いよ?おしゃれはしばらく諦めて短く切ってね。
まあ、後は言わずもがな。
朝シャン(死語)して、夜の間に産み付けられた可能性のある卵をぜ~んぶ流すこと!
あと次回は『ワールド・ツアー』です。このお話が、ぎょう虫の治療に役立ったと感じましたら、星評価、ブックマークをお願い致します!」




