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井58 ひみこちゃん・りふれいん

前回のアクセス数が良かったので、ひみこちゃんのお話を追加致します。


Himiko? Please refrain from~(ひみこちゃん?どうか、~をお控えください。※動詞としての活用)


Refrain of Himiko.(ひみこの繰り返し※名詞としての活用)


……どうして、この単語、二つの意味があるのよ?

……なになに?『文脈で、どっちの意味で使われているのか判断しろ』って?あ”??もう、ややこしいのよ!ぐすん……私にはムリ………。


真面目な中学生、如月(きさらぎ)ひみこは、英語の小テストに向けて、デスクに向かって自主勉を(おこな)っていた。


今日は完全なオフの日。動画配信もない。

なのに……、なのに……、なんで勉強してなきゃなんないのよーーー!!

く~~、このタイミングでテストとは、私も運がないわ。だいたい、私はアイドルなんだから、出席日数が足りてるだけでも充分な気がするけど……、社長は、それだけではダメだ、アイドルは将来自分の容姿(▪▪▪▪▪▪▪)が衰えた時のために(▪▪▪▪▪▪▪▪▪)、きちんと勉強もしておかなければいけない、とか言うし……。


……私、衰えるどころか、まだ育ち盛りにも達していないような気もしますけど……。


ひみこは、いつも普段着として使っている、丈の長いグレーの長袖Tシャツを、ワンピースのようにして上から被った姿で、

緩めの丸襟を指で()まんで、体の中を覗き込んでいた。


……なんと言うか、……自分で言うのもなんだけど、大人ではない()の女の子のにおいがする……。


森の妖精であるひみこは、自室ではなるべく自然に近い生活を心がけており、オレンジ色の暗がりの中に、ダイレクトに自生する小さなお花の蕾が二つ、心臓の鼓動に合わせてトクトクと微かに震えているのが見えた。


それにしてもさ、まあ、すぐ効果が現れるってわけじゃないんでしょうけど……。


ひみこは例の薬の効果を疑い、元々豊かな自分の髪の毛の方にも、育毛剤『うるつや(もり)の巫女』を塗布していたのだが、

こちらの方は効果てきめんで、頭髪は今やお尻の所まで伸びてきてしまっていた。


……この長さだと、より一層、外では御手洗いに行けなくなったわね。何故かって?……それはご想像におまかせするわ…。


それに比べて、こっち(▪▪▪)の方はどうなってんのよ?私、来年の春には中3よ?ヤバくないですか?

Tシャツの裾を丸いお腹の上まで捲り上げ、ひみこは、(さすがに最近は剥き出し状態もマズいので)、日本書紀バージョンと同じやり方で、すでに縦向きに貼られている絆創膏を、指でくいくいっと押して形を整えた後、再びシャツの裾を元に戻していた。


………。………。……。


ひみこは、(おもむろ)に、デスクの引き出しから一枚の名刺を出し、両手の指を使って今受け取ったかのような持ち方でそれを眺めていた。


『NPO法人 ばらのがくえん ~子どもたちの未来を守る~』

めんばー:柿本聖羅


ふむ。


ひみこは、自分の番号を非通知に設定すると、名刺の裏にあった『子ども相談室』と書かれた電話番号へスマホの数字を打ち込んでいた。


………プルルルルルル……プルルルルル…


《カチャ》


『はい。ばらのがくえん、子ども電話相談室です。』


「………。」多分、この前の女の人の声だ。


『もしもし?お電話ありがとう。聞こえてる?』


「………。」うん、間違いない。柿本聖羅さんだ。


『どうしたのかな?』


「………。」やば。思わず電話してみちゃったけど、なんて言おう。私のひみつのひみこちゃんが、まだ………とか。そんな相談ってある?


『なにか悩みごと?大丈夫だよ。待ってるから、ゆっくりお話ししていいからね。』


「あ、あの、」『ん?なあに?』「あの……、ここはなんでも相談に乗ってもらえるんですか……?」『ええ。なんでも大丈夫よ。』「あの、その……、私、聞いてもらうだけじゃ意味ないんです。ちゃんと、答えがほしいんです(▪▪▪▪▪▪▪▪▪)……」


電話の向こうで一瞬、柿本聖羅さんが黙るのを感じた。……ああ、やっぱりムダか…とひみこが思った瞬間、

『わかったわ。……私が必ずあなたの悩みを解決してあげる…。あのね、私、もう逃げないって決めたの。』

………てか、なんかこの相談員、逆に重くないですか?なんなら私がお悩み聞きましょうか?!


『さあ、怖がらないでどうぞ。私が、あなたのどんな悩みでも聞いてあげるわ。そして全部、ここだけの秘密にする。約束するわ』と柿本聖羅が言う。

……なんか余計言いづらくなってきたけど、まあ、別にこっちの素性がバレているわけではないし、いいか……。ここは思い切って、この大人の女性(▪▪▪▪▪)に聞いてみるとしよう。

ひみこは、ん、んんと軽く咳払いをした後、こう言った。

「あの……私……、その、なんて言うか、つまり……、ああ、違う、そうじゃなくて、ええっと。いや、大したことじゃないとは思うんですけどね、いえ、ほんと、べつに、どっちでもいいかなぁ、なんて、思ったりもするんですけど、今日電話したのはほんと、悩みとか、そんなんじゃないんですけどね?でも、やっぱりまあ、一回聞いてみるのもいいかなぁ、なんて思ったりして。ほら、よくこういう相談って、思春期の?ほら、体の悩みとか聞くじゃないですか?あれ、私、ちょっと苦手なんですよね~、ほら、ワフー(▪▪▪)知識袋とか、あれ読むと、なりすましみたいな?いやらしい質問を書いて楽しんでる変態ばっかりじゃないですか?オホン、えっ~と。あれ?私、どこまで話しましたっけ?んんっ、あ、ごめんなさい。ちょっと、今日、(のど)の調子が悪くって……。えっと……なに話そうとしてましたっけ?……あの、気を悪くしないでくださいね?こんなこと言うと、変かなあ、なんて思われたり……、あ、でもやっぱり、ここに電話したからには一応?聞いといた方がいいかなぁ、なんて思ったり。あははは、いやあ、多分?こういう相談って、そちらは慣れてるとは思うんですよ?さすがに?でも、やっぱり一人一人、ケースバイケース、それぞれ似てはいても、実は違うはずですよね?……あの、これはですね……例えばの話ですよ?あくまで例えばの……、あ、ほんと、勘違いしないでくださいね?これから話すことはですね、私とは、あまり関係はないんですけど……やっぱりそれなりに……大きな意味で関係があるというか……ないというか……、場合によっては?ワフー知識袋の回答も、私、結構参考にしてはいるんですよ。男の人の回答とかでも、結構親切なのもありますし。意外と女の子が男の人からどう思われているのか、みたいな本音が聞けますしね…。質問入れてみると、結構な割合で、私みたいなのがいいって人多かったりはするんですよ?……まあ、基本キモくて吐きそうですけどね……。あ、でも今回の件については、本当に、あんまり私と関係がないんですよ?ほんとに。んんっ、あ、ごめんなさい?あ、どこまで話しましたっけ?あ、いやいや、ちょっと待ってください?先に言っておきたいことがあるんです。まだ言ってませんでしたよね?私の年齢を。その、ここって、子ども相談室じゃないですか?つまり、どこまでが子どもなのか?って問題があるじゃないですか。まあ、例えば、電車に乗る時、子ども料金を払うところまでを子どもとするとか。(…私は子ども料金でいけるクチですが。)もしくは義務教育まで?とか、未成年まで?とか。でも、まあ、だいたいの場合、ん、んんっ、オホン……中学生くらいまでは子どもって言えるんじゃないでしょうかねー、でも、中学生って、もう子どもじゃないですよねー、色々と。ほんとに。そのはずですよね~?もう、プールの授業とか中学入ってから一回も出てないっすよ。視線が堪えられない……いえ、なんでもないです。こっちの話です……いや、ほんと、こういうのって、考え出すと難しいですよねー。あ、それで、話は戻りますが……、結局、どっちでもいいような気もするんですが、色んな人が、それぞれ、悩みを持ったりしているなかで、仮に、仮にですよ?私が悩みを持っているとして、私の悩みがそれほど重要か??ってことですよ。いや、もちろん、その人にとっては重要なのは当たり前なんです。でもですよ?まあ、やっぱり?一人のちっぽけな悩みなんて、この宇宙全体からしたら、大したことじゃないっていう考え方もあるじゃないですか?相談員さんはどう思います?でもですね?こうやって聞いてもらうだけじゃ、意味がないんです。よく、女の子は聞いてもらえば満足する、とか言いますよね?……そんなの、言った側が、例えば恥ずかしい秘密を言ったとしたら、聞かれるだけ損じゃないですか?お前はマゾかって。まあ、ぶっちゃけ人の秘密は好きですよ~、あんなのぜーんぶバラすこと前提ですから……。だったら言わない方がマシじゃありません?だから、そうじゃなくて、悩んでる人に対しては、きちんと答えを出してあげるべきなんです!例えば、私が相談員さんの悩みを聞いてあげるとするじゃないですか?あくまで例えば、の話ですよ?…例えば相談員さんが背が伸びないのが、悩みだとして…、それをコンプレックスと思っていたとするじゃないですか?あ、違いますよ?私は、ぜんっぜん、背が低くないですから!むしろ高いほうですから?まあ、女子で高過ぎるのは悩みになるって言いますけど?そんな贅沢な……げふん、げふん、いや、そんなちっぽけな?いや、違うか、大きいって話してんのか……ええっと、なんでしたっけ?……そうそう、例えば、相談員さんが、背が伸びないっていうコンプレックスを告白してくれたとして?私がどう答えるかって話ですよ。……牛乳を飲みなさい、とか(オエッ)運動しなさい、とか、過度な筋トレは避けなさい、とか?…そういうことじゃないですよね?まあ、でも、あれか。これは例えが悪かったかしら……。これ、解決するの難しい問題ですもんね。まあ、私が言いたいのは!この悩みに対して、『背が低くても気にすることはない』『人は中身が大切だ』とか言うのも違うってことなんです。そんな答えは求めてない。求めているのは、あくまでどうやったら背が伸びるか?なんです。それが答えられないことがわかっているなら、そもそも悩み相談なんか聞くべきじゃないんです。はあはあ……。あ、そのうえで?相談しますけど、あくまでね、繰り返しになりますけど、仮の話かもしれないってことです。実際?今から話すことは、私と切り離して考えてもらっても一向に構わないというか?逆にそう考えてもらった方が、事実に近いと言うか?まあ、あんまりこんなこと言っちゃうと、逆に自分のこと言ってるんじゃないのぉ?とか怪しむ人もいると思うんですよ?でも、ほんと、そういうのじゃないですから。そこは、勘違いしないでいただきたいと言うか、そこを勘違いされちゃうと、私も話しづらくなってしまうと言うか……、かと言って、よくある『これって友達の話なんですけどぉ』っていうのとも、また違うん気がするんですよ。それってワフー知識袋の変態なりすましと同じですよね?……まあ、つまり?私が言いたいのは、ある種、こういうのって秘密の共有になるわけじゃないですか?そうなってくると、よほど信頼出来る人に話すか、または今みたいに?匿名の人同士のやり取りでないと、リスクが高いことになりますよね?それも、リスクを負うのはこっち側だけで、相談員さんの方は特に傷付くことはない。……それってどうなんですかね?こっちが?ある程度真剣だとして、そんなのズルくないですか?まあ、こんなこと突然言われても困るってのはよくわかります。私も?まあ、子どもですけど?プロであるってことに関しては、色々考えたりするんです。こう見えても?あ、見えてないか。電話でしたね。えへっ、私、時々おっちょこちょいなんです。そこが可愛い、なんて言われることもあるんですけど、ほんとはそんな性格も直せたらいいな、なんて思っているんです。あ、でも、これは悩みじゃないですよ?あ、そうそう、これだけは言っておかなきゃ……もちろん、私自身は悩みに対して、きちんと向かい合って、自分で何とかしようと、自分なりに考えて、出来得る限り行動していますよ……。(育毛剤買ったり…)だから、決して他力本願ってわけじゃないんです。どちらかと言うと…………」


電話口の向こうで、柿本聖羅は額に油汗をかきながら、耳にあてた古い有線式の固定電話の受話器を、きつく握り締めていた。悩んでいる子どもの声を聞かなければならない。SOSを聞き逃してはならない……。今度こそ、子どもを助けてあげるんだ………。この子を見捨てて席を離れるわけにはいかない………。


しゅぅぅぅぅぅ………という(かす)かな音と共に、柿本聖羅の座る事務椅子の足下に、みるみるうちに、きつい(にお)いのする水溜まりが出来ていき、それに気付いた隣の席の男性が、「柿本さん?!え?嘘でしょ?」と言って思わず席を立った。

柿本聖羅は(あ、大丈夫です、大丈夫です)と片手で謝りながら口の動きだけで言葉を伝え、椅子の上に敷いたクッションの上に大量のお茶をこぼし続けながら、自分の手でスカートの間を抑え、受話器の向こうでまだ喋り続ける少女の声を聞きながら、男性しかいない周りの同僚達に向かって、涙目で必死に笑顔を作って(大丈夫です、大丈夫です)と訴え続けるのだった……。

次回、『サリーとその仲間たち』

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