井57 ひみこちゃんのお買い物
自称(または他称)超有名アイドル如月ひみこは、お忍びで都内某大手ドラッグストアに来ていた。
以前、ひみこはサングラスをかけて外出し、明らかに女児のしないであろうファッションで(失礼。)逆に目立ってしまった反省を踏まえて、
今日は伊達眼鏡をかけたうえでの、マスク、LAと表記された帽子の3点セットで完全武装をし、更に断腸の思いで、田舎の小学生にしか見えないような、コーディネート※(※下はデニムのパンツ、上は肩にだけひらひらのついたジャンパースカート風ブラウス、その中に、ボーダーの厚手の長袖シャツを着て、首にはよくわからない、小さなおみくじの箱みたいな見た目のネックレスをぶら下げ、中には枯れたジャスミンの欠片が入っている。)をしてきていた。
アクセントは、細い紐が肩に食い込む、ちょっと背伸びしたポシェットと、音楽をかけない謎のヘッドフォンスタイル。足元だけは、ギャル服の通販サイトで買った安物の厚底靴で身長を詐称しながら、
ひみこはドラッグストアの棚を見て回っていた。
彼女のトレードマークである長い髪は、帽子の後ろのアジャスターの穴から一つに束ねられて下げられ、それは気の遠くなる三つ編みでボリュームが抑えられている。
今日のコーデのこだわりポイントはマスク。
まるで女児のショーツ(失礼。)のような薄水色の生地に、細かいスイーツ柄の模様が一面にあり、手足の短い夢見るうさぎさんたちの絵に加え、ノーズフィット部分には、ご丁寧に、ショーツのウエストのゴムを連想させる黒い切返しもあって、*sweet*cute*sweet*cute*
と白の筆記体が連続で印刷されているデザインになっていた。それがまたダサさを増幅させ、
……これならまさか、私が如月ひみこだとは、誰も気付かないでしょう…。と、内心ほくそ笑みながら、彼女はショッピングを楽しんでいた。
今日、ひみこが探していたのは、……ある、禁断の秘薬だった。
如月ひみこの究極の秘密、華の中学2年生?になったとは到底思えない、ひめたるひみこちゃんがいまだ剥き出しdeあるがゆえに、人と温泉に入る時はおろか、万が一突然の病気や怪我で倒れた時やなんかに、
治療の為と称して見られてしまう可能性があるわけで…、
そうなったら私……、その場で死ねる自信がある…。
だから一刻も早く、私はその危険を回避しなければならないの!
……さて、あれはどのへんに置いてあるんだろう……。ひみこは、きょろきょろと辺りを見回して、商品棚の通路をじぐざぐに隅から隅まで確認していった。
その途中、目的とは別な物を見つけて、ちらりと横目に、一応(ね?)、チェックをする。ほほ~ん。2倍吸収、500mlタイプの不織布マスク……。まるでシルクマスクの着け心地。気になるにおいも全面カット。
…… いいわね、これ、今度試してみようかしら。
勿論実店舗では買えないから、ネットでね。
………パソコン上の購入履歴を、ひみこチャンネルで、うっかり映さないよう注意しなきゃね。……ずらりと並ぶ18禁ならぬ、80禁の介護用品たち……。でもそれはそれで私、別な意味でトレンド1位になれるかしら……あら……、あのパッドタイプ、今付けてるのより薄型だわ。それでいて吸収率当社比20%アップですって?!こっちは、立体ギャザーの高さが業界トップクラス?緩い鼻水も横漏れしない……て、うーん……これはさすがに上級者過ぎるわね。それに、プリーツ型マスクよりも 立体型マスクの方が大人っぽくて可愛いしね。私の顔の形にフィットするのは、やっぱしシルクの立体型よねぇ。小顔効果も抜群だし、鼻との空間に、パッドも入れやすい。ただちょっと蒸れるのが問題よね……店員さん……、ひみこの悩み、相談に乗ってくださらない……?(涙)
お、こっちの棚は絆創膏関連ね。
……これは……今、温めているアイデア、すくすく水魏志倭人伝改に使えそうね。この辺りのを何個か買っておきましょう。
……この前の研究で私、閃いてしまったの。これならギリギリBANされず、動画化できるかもしれない。
そう、スク水の上から、いけない要ちゃんの位置に絆創膏を貼るの。そうすることで、特に、縦方向の要ちゃんの絆創膏を、ぎりぎりまで細く、言ってみれば、イラストでしか実現できないような小ささで貼ることが可能になる。敢えて、その位置を子ども用のディーヴァの絆創膏にするってのもいいわね。ああ、それなら現世代のUQDVの方が映えそうね…… まあ、でも運営さんが許可をくれるかしら……?…… まず、無理そうね。
……逆に、上側の双子の要ちゃんには、関節用の幅広い丸いのを付けるってのもアリだわ。
ああ、今日は仕事のアイデア出しがはかどるわ。やっぱり実店舗よね。こうやって実際に現物を見てみないと、いいネタってのは思い付かないものなのよ。
……これからも定期的にここへは来ようっと♫ここ、店が広くて、人とあまりすれ違わないのがいいのよ。……ああ楽しくて、思わず時間を忘れるわ。
絆創膏を何個かカゴに入れたひみこは、興奮して、伊達眼鏡のレンズを曇らせながら、次の列へと移動していった。
………あった。あったわ……。
ひみこは、胸を高鳴らせながら、その商品が陳列された棚の前に立っていた。
『育毛剤』スカトルブローネ 檸檬の雫
こ、これが、ネットランキング1位、女性用育毛剤(医薬部外品)。グリチルソチン酸ジカリウム、センブリエキス配合……な、なんかよくわからないけど、効きそうね…。
ひみこが探し求めていた秘薬は、まさにこれだった。
ついに見つけた。こ、これを、毎晩塗れば……、私は、とうとう、大人の仲間入りを出来るってわけね……。
ひみこは、その黄金に輝くパッケージを、震える指で支え、その値段を見て一瞬固まった。
¥980(税込)?……ちょ、ちょっとこれ安過ぎない?私の見たネットランキング、コスパ面が重視され過ぎてない?
ひみこは、ふと棚の中段にある商品に目をやった。
うるつや杜の巫女 100ml ¥9020(税込)
……うほっ、な、なに、このパッケージは?!オーガニックで質素、そして無地に近い箱の表面で、エンボスのみで表現された商品名。そのうえでこの価格!……こ、これこそが本物よ……て、言うか、あっちは偽物よ…、私の妖精レーダーが、ビンビンに反応しているわ!……これこそ私が求めていたものよ!
これを使えば、私のひみこちゃんは、小さくて柔らかな、それでいて艶やかで、鬱蒼と茂った、精霊の棲まう暗い始祖の森に隠されるの………。
「ちょっといい?」
背中から声をかけられて、ひみこは「ひゃっ」と言って飛び上がった。
「な、な、なんでしょう?」まずい、私がかの如月ひみこだってことがバレた??この、ダサさMAXの田舎小学生コーデを持ってしても、漏れ出るスーパーアイドルのオーラは隠し切れなかったか……!サインで許してもらえるかしら?
「ちょっといい?今あなたが手にしてるもの、あなたみたいな年齢の子が買うには……、高過ぎるみたいよ?」
「へ?」
「今ならまだ間に合うわ。棚に戻しなさい。」
「はい?」
「そもそも、その長い髪……、あなた、それが必要なの?」
………。嘘でしょ、私、ひょっとして、……万引きを疑われてる…??目を合わすと、頭にバンダナを巻いて髪の毛を隠した若い女性が、にこやかに微笑みながら、こちらを見下ろしていた。
「な、なに言ってるんですか??わ、私、お金あります!」ひみこは、急いでポーチからお財布を取り出して、万札の一杯入った中身を開けて見せた。
それを見たこの女性は、軽く溜め息をつき、しゃがみ込んできて、ひみこの肩に手を置くと、「…あなた、そのお金どこで手に入れたの?」と囁くようにして聞いてきた。
な、なにを疑ってるのよ、この女?!え、え、えんこー?ぱぱかつ?
この清純なるひみこちゃんが、けだもののような男達に私自身を売って、お金を儲けているとでも??………。
…………。まあ、あれね。……限りなくそれに近いことをしているような……していないような……。
「と、とにかく!私、それが必要なんです!」ひみこは、自分の手から取り上げられた育毛剤『うるつや杜の巫女』の箱を指さした。
少女の必死な顔を見て、このオレンジのバンダナを巻いた女性は、まさか……、と口を抑えて、この小さな少女のことをもう一度見た。
ん?いよいよ私、身バレした?
「あなた、もしかして……」はい、はい、そうです。ワタクシ、きさらぎひ……
「…もしかして、円形脱毛症に悩んでる?」はいはい…て、はいぃ???
「実はね、私もなの。私は皮膚科のお医者さんにも通っているんだけどね……どうやら原因は心の方にあるらしくてね。」彼女は、自分の胸元を押さえ、まだ大学生のような瑞々しい笑顔を見せた。
「あ、ごめんなさいね。私、こういう仕事をしているの。」
彼女は名刺を取り出して、ひみこの手の中にそれを置いた。
『NPO法人 ばらのがくえん ~子どもたちの未来を守る~』
めんばー:柿本聖羅
「私ね、少し前まで小学校の先生をしていたんだけど、色々あってやめちゃったの。」
……はあ。あ、そ、そうなんです、か?それが私と何か関係が…?
「私もね、髪に円形脱毛症が出来て。でもね、そういう育毛剤は、効かないと思うわ。
……ねえ良かったら、聞かせてほしいな…。その、あなた、何か苦しんでいることがあるんじゃない?…あなた、おうちに帰ってる?……その、変な意味じゃないのよ。困っているなら私、力になるから。」
私、おうちに帰ってない少女に見えるのかしら……。まあ、確かに帰ってないけどさ。私の今のおうちはパンプロビルです。
「大丈夫です。何だか心配してくれてるみたいですから、……一応、それは、…ありがとうございます。」
ひみこは、とんだジャマが入ったわ……。と思って、そわそわと辺りを見回していた。
「そう?じゃ、その名刺に電話番号とメールアドレスがあるから、もし、本当に何か困ったことがあったら私に連絡してね。後でね、ネットで私達の団体がどんな活動をしているか見てほしいな。怪しいところじゃないのよ?」ウフフと柿本聖羅さんは笑った。
…まあ、人の良さそうな溌剌な感じのする人だけど……、何があったのかしらね?…そんなあなたには、見ると元気になるアイドル如月ひみこちゃんを推すことをお薦めするわ!
「急に驚かせてごめんね?私の名前ね聖羅っていうのよ、ほら、永久のディーヴァの蒼井聖愛ちゃんと同じ名前。ユグドラ・ジェネシスの。知ってるでしょ?」
……えーっと、なんなら私、キャストですけど。まだ役名は秘密だけどね。そしてついでに言うと、私はディーヴァ第一世代。AQDVは第二世代。まあ、世間的には2作目が一番ヒットしたんだけどね。1作目は蒼穹のディーヴァ(SQDV)ね。でも、ディーヴァファンて、全体的になんか怖いのよね。私はそこまで入れ込んでないから、ディーヴァの話題は、正直反応に困るのよ…。
「あら、知らない?そうか、あなたくらいの子だと、一番新しい、悠久のディーヴァかしらね?」
……今までで一番年下に間違えられたかも……。
「ねえあなた、お名前は?お姉さんに教えてくれないかな?」
「ゴメンなさい!」ひみこは、彼女の手から育毛剤を奪うと、カゴに放り込んで、レジに駆けていった。
とんだタイムロスだったわ。私、こう見えて忙しいんですからね!サリー・ホッパーのお仕事だってあるし……!それに付随したゆりゆりした営業もしなきゃいけないし!ホントに円形脱毛症になったらどうしてくれるのよ??
おっと?
レジに向かう途中でひみこは立ち止まり、店の入口からは死角になっている棚で見つけたものを、ぎりぎり視界の隅に納めるようにして立って、黙って観察していた。
ベビーオイルの横に、ずらりと並んだ数々の種類の綿棒の箱。そこには綿の繊維の細かさに合わせて、0.01から0.03㎜までの表記がしてあり、中にはLサイズのものやXLサイズのものもあるようだった。
……初めて見た……。こういうのって、本当に、店で普通に売っているものなんだ……。
あれって、普通にレジに持っていって買うのかな?ヤバ………。ちょっとキモいかも……。見るんじゃなかった……。
ひみこは目を逸らし、嫌な気分を紛らわす為に、ピンク色の六角形の紙筒に入った、ペンダント付きのお菓子を買っていくことにした。
*************
その夜、パンプロ内の自分の部屋に戻った如月ひみこは、買ってきたお菓子の箱を開け、
出てきた『月と鍵』のチャームが付いたペンダントを、にっこりとしながら眺め、それを首に架けると、恐る恐る、お腹の下に『うるつや杜の巫女』を塗布してみるのだった……。
次回、『ひみこちゃん・りふれいん』
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