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井50 ダンス・レッスン


宍戸(ししど)あきらと、吉城寺紫園(きちじょうじ しおん)は、お互いの腕を輪の形にして、体を寄せ合って立っていた。紫園の片方の手は、(かろ)うじてあきらの肩に届き、あきらの手の(ほう)は軽く紫園の腰に乗せられている。

『モダン』を踊り終えた二人は、肩で息をしながら、壁際に立つ背の高い先生の方を振り返っていた。


巻き毛の髪を艶かに光らせながら、三上(みかみ)クリスティーヌがパンパン、と手を叩く。


「さっきよりは随分良くなったわよ、お二人さん!……じゃあ、次もまた男女のパートを入れ替えてもう一回やるわよ!」

「えー、またですか~?はあはあ……」紫園が苦しそうに言う。


「三上さん、ちょっと休憩させてください。紫園くんが参っちゃいますよ。」とあきらが改めて紫園を支えるようにして腰を持つ。

クリスティーヌは、その様子を見て……「オッケー、わかったわ!」と言って、あきらに向かってタオルを投げた。

あきらは片手でぱんっとタオルを受け取ると、「大丈夫?」と言って、

紫園の手を引いて、スタジオの端へ彼を連れていった。


ぐったりと壁に寄り掛かる紫園の(そば)に、すでに蓋を開けておいたペットボトルを置いて、「飲める?」と聞く。

「うん、大丈夫。ちょっと休憩……」と紫園は言って、もう片方の手で渡されたハンディファンを顔の前で回し始めた。


あきらは立ち上がり、自分もペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲みながら、クリスティーヌの方へ歩いていく。


「あらあら、イケメンちゃんがそんなハシタナイ真似をしちゃって…」

クリスティーヌが顔を赤くして、目を逸らす。


……いいじゃないですか……、ここには男しか(▪▪▪▪▪▪▪)いないんだし(▪▪▪▪▪▪)……。

心の中で、あきらはそう思ったが、「失礼しました。」と言ってペットボトルのキャップを締めた。


「……、それにしても、さすが三上さん。男女両方の振り付けを練習するのは、確かにいいアイデアですね。」あきらが、首すじの汗を拭きながら言う。

「でも、ちょっと紫園くんには大変過ぎるんじゃないですか?……まあ、思ってたよりも踊れるみたいですけど……。」


「今回は時間がないからね~」とクリスティーヌが言い、「それにね、レッスンの機会も限られてるみたいだから。」と続けた。


「でも三上さん?…ぼくと紫園くんがペアで練習するだけで、紫園くんの方は大丈夫なんですかね?」「と、言うと?」


「だって、ほら、こんな身長差で練習しても、役に立たないんじゃないですか?」

クリスティーヌは「おほほほ、そんなことないわよ、それに、紫園ちゃん(▪▪▪▪▪▪)だって、まだまだ背が伸びるわよ?そうすればバランスはピッタリになるから!焦らない焦らない……」と笑いながら答えた。


………舞踏会までに背が伸びるんですか?


「三上さん、そういうことじゃなくて!本番までに、ちゃんと実際のペア(▪▪▪▪▪)で踊る機会はあるんでしょうね?……今回僕は特に予定はないから、練習には付き合いますけど?」

「心配しないで、あきらちゃん。今は入れ替えたり(▪▪▪▪▪▪)して、イレギュラーにやってるけど、本番までにはキチンと仕上げていくから!」「…まあ、それならいいんですけど……。わかってるとは思いますが、今回、僕のことはどうだっていいんですからね?

紫園くんのことだけを考えてあげてください。……まあ、三上さんがそういう性格なのは知ってますけど……、なんか僕の仕上がりの方も気にし過ぎじゃないですか?

あくまで、今回の主役は(▪▪▪▪▪▪)紫園くんですからね(▪▪▪▪▪▪▪▪▪)?」


「まあ………」とクリスティーヌは顔を赤らめて口に手をあてた。

「わかったわ……。あなたが本気(▪▪▪▪▪▪)だってことが(▪▪▪▪▪▪)。あなたの振り付け、……覚悟しといてよ……」

「……なんで、そうなるんですか……。」


*****************


「あきらちゃんは、わかっていると思うけど」休憩を終えた紫園とあきらの前に立って、クリスティーヌが、顔の前で自分の睫毛をピンッと弾く真似をして言う。


Waltzワルツはスピンターンが命よ。左足を後ろ、そのままちょっと横へ、ほら回転を続けて!……ってね?」


クリスティーヌは、いきなり紫園の腕を掴むと、ふわりと小さな身体を持ち上げ、「ほら、いくわよ!」と言った。


「体重移動に気を付けて!姿勢を美しく!あきらちゃんはナチュラルターンが綺麗なのよ、ほら、あなたも頑張って!」

クリスティーヌは紫園の身体を、ほとんど振り回しながら、くるくるとフロアを回転していった。


「ブラッシュに注意して!視線の先を意識する!ほら、姿勢が崩れてきたわ!」

(たま)らずあきらが、割り込んでくる。「ちょっとちょっと、三上さん?熱くなり過ぎですよ?!紫園くんが倒れちゃいますよ?」

あきらはぐいっと、紫園の細いの腕を引っ張り、クリスティーヌの手から奪い取るようにして、自分の身体に引き寄せていた。


汗で湿った肌が、シャツに張り付き、その上から更にあきらの熱い体温が、紫園の上に被さる。

紫園は、ぷしゅるるるる……と頭から湯気を出しながら、、目を回して仰向けに倒れていきそうになった。

あきらが慌てて彼の身体を支え、アルゼンチンタンゴのように、のけぞる紫園の背中を腕に乗せ、引き戻そうとした。


「あら!その感じ素敵ね?取り入れましょうか?」クリスティーヌが両手を顔の前で、貝殻のように組み合わせてぴょん、と跳ねる。


いやはや……。思い出したよ。三上さんは昔からこんな感じだったな……。

このままじゃ紫園くんが壊れちゃうよ……。

お相手の子の(ほう)も、ほんとに大丈夫なのかな?これは、相当ハードだぞ……。なんかそっちの子も早いとこ合流して、このレッスンに加わるべきなんじゃないかな?


あきらは、紫園の額を手のひらで扇ぎながら、改めて真っ赤になった、この少年の顔ををじっと見つめた。「三上さん!濡らしたタオルを持ってきてくださいませんか?」


クリスティーヌの方も、ちょっと慌てたようになって、「あら、いけないわね!」と言って、急いで走っていき、

5本ほどタオルを冷たい水で濡らして(しぼ)ってくると、紫園の身体に覆い被さるようにしてしゃがみ込んでいる、あきらに手渡した。


…………。ぴちゃ…****。


意識が戻った紫園は、自分の太ももの付け根辺りが冷たく濡れているのを感じた。


……え?あれ?まさか、ぼく………?!


「大丈夫?」あきらの優しい声がして、彼の手が、紫園の股の脇にある大動脈を、濡らしたタオルで冷やしていることに気付いた。

更にあきらは、紫園のシャツの下に、そっと手を潜り込ませ、脇の下にタオルを挟もうとしていた。


え…………、そんな、ぼく………、あ、あきら、さん……?


「口を開けて?」とあきらが静かにペットボトルを紫園の口にあてがい、ぬるくなったスポーツ飲料を、少しずつ注ぎ入れてきた。

見ていたクリスティーヌの、「…意識はあるわね?よかったぁ……。」と言う声が聞こえた。

「三上さん、ちょっと向こうを向いていてもらえますか?」「あら、ごめんなさい?」クリスティーヌが反対側を向いて、壁側に離れていく。


あきらは「苦しくない?」と言って、紫園の上着を捲り上げ、一瞬力無く抵抗しようとした彼の上半身を、……肌着一枚にしてしまった。

「あきらさん……」「あ、ん?大丈夫?」

あきらの腕の中に横たわった紫園は、横に顔を(そむ)けると、「……それ以上はだめ……。」と言って小さな手を胸の前に置いた。


***************


疲れ果てて、車に乗るなり眠り込んでしまった紫園を送り出し、

あきらはその足で、クリスティーヌの待つ宴会場(ダンスホール)へ戻っていった。


「三上さん?」あきらは、しょぼんとしたクリスティーヌの前に立つと、厳しい顔をして言った。

「もう少し、紫園くんのことを考えてあげてください。……僕が言えた立場ではないんでしょうが………こんなことは、二度としない(▪▪▪▪▪▪)でください(▪▪▪▪▪)。三上さんに悪気はないのはわかっているつもりです。…しかし、これ以上は看過できません。……次に同じようなことをしたら……、僕は…

あなたを許しませんよ?」


クリスティーヌは、ハッとした顔をして、上目遣い気味にあきらの方を見、すぐに顔を伏せて「…申し訳ございません……」と(あらた)まった口調で謝った。

……おーこわ。やはり、この子も宍戸家の(▪▪▪▪)ぼっちゃんだわ(▪▪▪▪▪▪▪)……。

それにしても、吉城寺家のお嬢ちゃん、相当愛されているわね……。なんか妬けちゃうわぁ。ワタシもこんな風に誰かに強く愛されてみたいわぁ………。


「三上さん。」あきらの声が優しくなる。「ん?なあに」クリスティーヌも気を取り直して答えた。


「相談があるんです。」「なによ、藪から棒に?」


「……実は、………さやかのことなんです。」



「さやかちゃんのこと?」……きたわ。世奈ちゃん(社長)のミッション開始ね。


「三上さんは、小さい頃のさやかと仲が良かったと思います。さやかも三上さんのことを信頼していました。」

「……まあ、最後はあんな形でおしまいになるとは、ワタシも思っていなかったからねぇ。ワタシだって、ずっとさやかちゃんのこと、気にはなっていたのよ。

で?なにがあったの?」


あきらは言いにくそうに、目線を外し、喉を詰まらせたような声で答えた。「実は……、宍戸家の恥を晒すようで、心苦しいのですが……相談と言うのは…さやかの許嫁のことです。……1年前、あの男(▪▪▪)が現れてから、さやかは変わってしまったんです。……塞ぎ込むようなことが多くなり、笑顔も消えてしまった……今は学校にも行っていません。」


「……その、さやかちゃんの許嫁って…誰なのよ?」

「東三条のところの息子です。」あきらはその名を口にすることも穢らわしい、といった様子で、ぶっきらぼうに言い放った。


「東三条家?……それはまた凄いところを選んだわね?……あそこのお坊っちゃんとは一度会ったことがあるわよ。悪い人ではなかった気がするけど……?まあ、それにしても年は離れ過ぎね。

アナタのところ(宍戸家)って、いつもそうなの?」とクリスティーヌは、ちらりと、あきらの顔を盗み見ながら言った。


その意味ありげな目線(▪▪▪▪▪▪▪▪)に、彼は気付いた様子もなく、「僕もこの風習(▪▪▪▪)には心底、反対しています。正直、気持ちが悪い。」と苛々とした様子で、早口でそう言い切るあきらに、

……クリスティーヌは、あら、自分のことは棚に上げるのね……、と思っていた。


「さやかがああなってしまったのは、全部あのロリコン男のせいだ!」


クリスティーヌは驚いた顔をして、あきらのことを見ていた。


「まあ、落ち着いて、あきらちゃん(▪▪▪▪▪▪▪)。さやかちゃんは、今どうしてるの?どこにいるの?」

「ああ、三上さん、すみません。声を荒げてしまって……。さやかは、今、この家にはいません。」

「え?じゃあどこにいるの?」


「……(たちばな)家に身を寄せています。」

「橘って、あの橘?」「はい、あの橘(▪▪▪)です。」「いつから?」「昨日からです。」

アチャ~、これは宍戸かぐやにしてやられたわね…。世奈ちゃん、地団駄を踏んで悔しがるわよ…。でも、会うこと自体は止められてないって聞いていたけど……。

「ねえ、あきらちゃん?さやかちゃんと会えない?」


あきらは(しばら)く考え込むような仕草を見せ、やがて顔を上げると、クリスティーヌの目を見据えた。

微かにブラウンがかった瞳の奥で黒い瞳孔が広がったような気がした。


「わかりました。こちらからもお願い致します。…橘家の方には、僕からアポイントを取っておきます。……詳細が決まりましたら、またご連絡致します。」「オッケー!それじゃ、あきらちゃん?さっきのあなたのフィガー、もういっぺん確認しておきましょうか?」


……だから、なんで僕のステップをそんなに練習するんですか?!趣旨を間違えてません??


そう言いながらも、あきらはクリスティーヌ相手に華麗にステップを繋いでみせた。

……楽しい……。ほんとに楽しいな……

…さやか、お前も一緒に踊らないか?


昔みたいに………。

次回、『ひみこの特別配信?!』

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