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井40 雨宮社長


「…では、宜しくお願い致します。」

衣埜莉いのりの母が、頭をさげる。


……ママの今日の服装はザ PTAとという感じの紺色のスーツに、何か大きいカーネーション系の白い造花のブローチを胸に付けている。茶色い髪には軽くブローがかけられていて、

それ、どこのインフルエンサーを手本にしたの?という濃い化粧をして、自信満々に衣埜莉のことをここへ(▪▪▪)連れてきていた。


「かしこまりました。でも、そう、お気になさらずに。今日はまだ衣埜莉ちゃんの意志を確認して、今後どうするのが良いかを考える、という段階ですから。」

「はい。わかっております。……それで、今から、ですか?」「はい、ちょっと、衣埜莉ちゃんをお借りして、別室でお話しさせていただいても宜しいでしょうか?」


「ええ、もちろん。」ママがちらっと事務所の壁に貼られたサリー・ホッパーのポスターを見るのがわかった。……やめてよ、恥ずかしい…。

「あら?お母様はサリー・ホッパーがお好きなんですか?」「あ、え?ええ、おほほほほ…」衣埜莉が、小さく(はあっ)とため息をつく。


「どうぞ、どうぞ、この部屋にはサリーのグッズなんかも色々ありますから、どうか、ゆっくりと見ていってください。」「そ、そうですか?」て、ちょっとは遠慮しなさいよ……。衣埜莉は母の締まりない笑顔を後にして、

雨宮世奈あめみや せなの背中について、もうひとつの部屋に入っていった。


************


雨宮社長は丁度、衣埜莉の母と同世代に見えた。

「さて、衣埜莉ちゃん?…正式に私は、あなたのことをそう呼んでいいのかしら?」雨宮社長が、小ぢんまりして居心地の良さそうなこのオフィスの、革張りのソファに腰掛けながら言う。今日は少し無造作にも見える縛り方で後ろに一つ結びしていた金髪を、

雨宮社長がふわさっとほどく。そして、白いスーツの下に来たYシャツ風のブラウスのボタンを一つ開けて、自信に満ちた微笑みをこちらに向けてきた。タックの入ったパンツの(しわ)を 気にする様子もなく、大きく足を組む。

ピンヒールの先端についた金色の蹄鉄(▪▪)がキラリと輝いた。


急に雰囲気が変わった雨宮社長に、衣埜莉は身構えて、ジェネシスフィールドを連想させる防御姿勢を取った。

今日の衣埜莉の勝負服(▪▪▪)は、ベージュピンクのムートンコートで、下には黒い丸首のトレーナーを着ていた。ついでに、首からは、宗教上の意味は全くない、シルバーの十字架を下げている。

下半身は身体の線がピッタリと出る白いパンツスタイルで、鎖のついた大きめのブーツを履いていた。


「そう警戒しなくてもいいわよ?」雨宮世奈がクスクスと笑う。

「さっき、あなたのお母様には違うことを言ったけど、あなた自身が、名刺をお母様に渡して、ここに来ること(▪▪▪▪▪▪▪)を望んだ(▪▪▪▪)のだから、

…あなたの意志は聞くまでもないわね?」


衣埜莉は、呼吸を整えて、雨宮社長の目を見返して言った。

「はい。わたしは、アイドルになりたくてここに来ました。」

(ほおん)と世奈の顔が驚いたように真顔になり、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


「でも、その前に、はっきりさせておきたいことがあります。」衣埜莉が真っ直ぐに前を見て言った。


「なあに?」世奈が興味深そうに衣埜莉の整った、北欧の血が混ざったような顔を見る。……この子、瞳も微かに青いのね。いいわね、まさに美少女(▪▪▪)って感じね。これはいい原石を見つけたわ。たまには、町に出て、世の中を見て回るべきね…。これは、如月きさらぎひみこを見つけた時以来の収穫かもね。

あの子も、来年で中学三年生か…。月日が経つのは早いものね。まあ、あの子はいつまで経っても小学生みたいな見た目だけどね。


「……てください……」え?あ、しまった、私としたことが、話を聞いていなかっわ。


「というわけで、くれぐれもお願いいたします。」 「え、え?ええ、ね、念のため、もう一回言ってもらってもいいかしら?」

「は、はい?……わかりました。つまり、わたしは、学校を1日も休みたくありません。遅刻も、早退もなしです。」


世奈は深く考え込むような仕草を見せ、実際に深く考え込んでいた。


衣埜莉は緊張して、唾をごくりと飲み込んだ。

「それは……、絶対?」世奈が尋ねる。


「はい、ゼッタイです。これは…(ゆず)れません。」


「……わかったわ。あなたの活動、あなたの売り出し方については、その範囲内で考えることにするわね。……他にお望みのことはある?」


「後は、特に……、あ、いえ、よかったら後ひとつだけ。」「なあに?」「どこかのタイミングで、如月ひみこちゃんに会わせてください。」「あなた、ファンなの?」「いえ、特にそういうわけでは……」

アハハハと世奈が笑う。「わかったわ。まあ、これに関してはどのみち、あの子とは、近いうちにどこかで会わせようと思っていたわ。」


「さて。」と世奈が手のひらを合わせて、悪戯そうに笑う。「ここからは、お仕事の話をしましょうか?」「契約書も交わしてないのに?」「アハハ、でも、あなた、交わすでしょ?勿論あなたのご両親が、だけど?」


世奈はソファから立ち上がり、パンツの皺を直した。

「まず始めに言っておきます。あなたは仕事を選べないと思っておいてね。……知ってるとは思うけど……、私は法律の許す限り、あなたにどんなことでもさせるわよ。」「……わ、わかっているつもりです。」


衣埜莉は顔が赤くならないように頑張っていたが、喋りながら、どんどん首から上が赤くなっていくのを感じていた。「か、覚悟は出来てます…水着写真集とかですよね……?ネットで見たことがあります。わたしよりもずっと小さい女の子が、おへそ(あそこ)の形がくっきり出るような水着を着て、ブリッジしたり、何かホースで水浴びしたり、水道の蛇口からお水を飲んだりするやつですよね……?」

「……それ、今、全部違法だから。て言うか、今あなたが言ったやつ、インターネットで見ること自体、法律ギリギリだからね?」と世奈が言う。


「ま、まあ安心して。うちの事務所は、そういうことはさせないから。そうね、どちらかと言うと…」世奈が衣埜莉の身体の周りをぐるっと一周する。「あなた、こういう大人っぽい格好が好きみたいだけど……、うちのアイドルになった暁には、フッリフリの、ブッリブリの、どピンクの、おんなのこ、おんなのこした、ハートと、リボン百個くらい付けた、お花みたいな衣装を着せるからね?覚悟しときなさいよ?」


衣埜莉の頭から、ぼふん、と煙が出て、元々の真っ白な顔が、赤黒くなるくらいに充血した。


「うふふ、その反応を見る限り、楽しみね。そうね、ちょっとポーチから、ハンカチを見せるくらいは練習しとく必要はあるかもね?」「え?」「勿論、見せてもいいハンカチを衣装の方で用意するわ。それくらいは顧客サービスのうちよ。

ああ、でも、ネット上の違法画像や、コラージュ画像については、可能な限り、うちで対処します。決して安心は出来ないけど、まあ、安心して。」「は、はい……」


「ダンスと歌のレッスンは、特別な必要がない限りは、あなたの地元で出来るように取り計らいます。

……ウフフ、今のあなたの反応を見ていたら、赤城衣埜莉(▪▪▪▪▪)の 売り出し方が、見えてきたわ!!さあ~って、私も久し振りに何だか楽しくなってきたわあ。」


衣埜莉は「ところで、あの……、御手洗いは、どちらですか?」と真っ赤な顔をして、世奈に聞いた。

「ん?部屋を出てすぐ右よ。」と言った後、世奈はこう付け加えた。「そう、そう、アイドルになったら、盗撮(▪▪)にはゼッタイに注意して!出来たら御手洗いは、自宅か、この事務所内で済ませるように。」「ええ?」

「外では基本、御手洗いに行ってはダメ。危険すぎるわ。激しいダンスもあるから、難しいんだけど、なるべく移動中の水分は控えるように。」「…は、はい」衣埜莉はもじもじしながら返事をした。

「後ね、これは、ほんとは契約して守秘義務を締結した後に言うんだけど…」世奈は、体を揺する衣埜莉の様子をちらっと見やって

「今、丁度良さそうな機会だから、先に説明しておくわね。……アイドルは私生活で外出する時は勿論、仕事の移動中も、基本マスクをつけることになるのはわかるわね?

……理由は、第一に顔バレしたら大変なことになるからだけど、……その……、必要な時は(▪▪▪▪▪)マスクの中にしち(▪▪▪▪▪▪▪▪)ゃってね(▪▪▪▪)?外で盗撮されるリスクを考えたら、そうせざるを得ないから。」衣埜莉は「え…」と絶句して世奈の顔を見ていた。

世奈は、角にあったメイク台の引き出しから、グレーの厚手のマスクを出してくると、「どうぞ。使ってみる?これも意外に、練習しないとうまく出来ないものだから……、早速御手洗いで使ってみる?」と言って、衣埜莉の手にそれを押し付けた。


「いってらっしゃい。」と世奈が後ろを向いて手を振る。

……とにかく、と衣埜莉はマスクを手に握って部屋を出ると、急いで御手洗いに向かっていった。


*************


帰りの電車の中で、衣埜莉の母が話しかけてくる。

「どう?衣埜莉ちゃん、あなたアイドルやれそう?」衣埜莉は黙ったまま、電車の外を流れる景色を見ていた。誰も握っていない吊り革がふらふらと揺れ、車内アナウンスが、どこかの路線で信号機トラブルがあって若干の遅れが生じていることを伝える。


……アイドルって思っていたより大変なのね……。特にパンドラプロダクションでやろうと思うには、相当な覚悟が必要なことが、よくわかったわ。


パンプロのビルは、男の人は入ることが出来ないから、契約書へのパパのサインは家に帰ってからしてもらう。


マ、マスクの件は、あくまで非常時(▪▪▪)の話だとは思うから、ひとまず考えないでおきましょう。さ、さすがに、大袈裟に言っているんでしょ。事務所と自宅以外にも安全な御手洗いはあるはずだし……。

それに、こういうルールは、パンプロに所属してみれば、意外に緩くやってるものなんじゃないかな?他の子に聞いてみればいいや。そんな……まさかみんながみんな、マスクにしてるってわけじゃないでしょうに…。


「どう?衣埜莉ちゃん、大丈夫?嫌なら今からやめにしてもいいのよ?」「…やる。」「うん、わかったわ。」「やるわ。……わたし、アイドルになる。ママも応援してね?」「もちろんよ。パパも応援してくれてるわ。」「わたし、頑張る……。」「うん、でも無理しなくてもいいのよ。今から言うのもなんだけど、……つらくなったら、すぐにやめてもいいんだからね?」


「ありがとう、ママ。」衣埜莉はそう言うと、ひとまず、さっきもらった未使用のグレーのマスクを顔に装着して、不特定多数が触った吊り革に掴まらなくてもいいように、母の腕に掴まっていた。

次回、『新しいディーヴァ』

GWスペシャル、アイドル編スタートです!

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