井38 除霊
和歌名を先頭に、真愛と雄大が後ろに続いて、3人は列になって教室へ戻ってきた。某国民的RPGのように、じくざぐに机の間を縫って歩くと、皆もその動きに合わせて、同じ軌道をついてくる。
和歌名は、このパーティーメンバーを、
(なんでわたしが引き連れていくことになっているんだろう?)と思いながら引率していた。
「知佳ちゃん。」
自分の席について、何かを一生懸命ノートに書いている村田知佳に向かって、和歌名は声をかけた。
「あ、和歌名ちゃん」と知佳が顔を上げる。
今日は、いつものグレーのパーカーではなく、オレンジ色のトレーナーにデニムのジャンパースカートという姿だった。
前髪を留めるヘアクリップも、地味な黒い色のものではなく、先っぽにコスモスの飾りが付いているものになっている。
「なんか、最近、雰囲気変わったね」と和歌名が笑顔で言う。顔を赤くして知佳が何かを言おうとした時、
和歌名の後ろから、真愛と雄大が顔を出してきた。それを見て、知佳はガタンと椅子を跳ね退けるようにして立ち上がる。
「は、早川くん、これ見て!」
和歌名と真愛が、思わず二手に分かれて雄大に道を開ける。
「お、おう、どうした…?」雄大が、相手の出方を待つようにして慎重に返事を返した。
「…これ。」と知佳がノートに書いていたものを見せる。
……そこには、びっしりと細かい字が書き込まれていた。
雄大が恐る恐るそれを覗き込むと、
「…学校の七不思議について、わたしなりに調べたものをまとめてみたの……。た、探偵団の役に立つかなと思って…。」と知佳の方も心配そうな目をして言った。
「え?おい、ちょっと、これ、凄いじゃないか!」雄大が興奮してページを捲り出す。
「ほら、わ、わたしも、いつまでも、見習いじゃ、いやだから……。」
「待てよ、赤い蝶々の目撃例まで集めたのか!村田、お前凄いな!」
知佳が嬉しそうに目を細める。
「早川くん、じ、実はわたし、三つ目の不思議について考えたことがあるの。」「ん?」と雄大が顔を上げる。
「わたしが思うに、13階段は、用務員の森さんが、あそこを立ち入り禁止にする為の、う、嘘だと思うの……」
「え?凄いな!村田、…それ、お前一人で考えたのか?」「…うん。」「村田の推理は正しいよ!この前、丁度俺も同じ結論に辿り着いて、森さんの計画を暴いたところなんだ!」
「そ、そうだったの??この前、七不思議について話してくれた時、早川くんは教えてくれなかったね……」
「ごめん、あれは森さんが生徒達を思ってついた嘘だったから、……敢えて解決したことは伏せておいたんだ。……でも、ほんと、すごいよ、村田!短い時間でここまで辿り着くなんて!!」
「………」「………」
机に広げられたノートを前にして、知佳と雄大は頭を並べて興奮して話し合い、
時折、顔を見合わせて笑いあったり、お互いの意見の盲点を指摘し合ったりしていた。
ちょ、ちょっと、これ、…わたし達、いる?
和歌名が、そっと後ずさりして退場しようとすると、真愛が袖を引っ張ってきた。
(和歌ちゃん、これはマジで、ガチで、相当ヤバいかも……)と耳打ちしてくる。
(このままじゃ、村田さんが可哀想よ。早く元通りに戻してあげましょ。)
(真愛ちゃん?本気で言ってるの?)
「ねえ、村田さん?」制止しようとする和歌名を振り切って、真愛が、肩を寄せ合ってノートを見ている二人の前に立ちはだかった。
「やあ、高嶺?なんの用だ?」雄大が嫌そうな顔をして真愛に言う。
「ちょっと、あんた!さっそく目的を忘れてない??」「?」
真愛が丁度開かれていたページに、ビシッと指を差して「こ、れ!」と言う。
ブラウンの指に輝くピンク色の爪が指し示したのは、『第六の不思議 御手洗光子さん』という項目だった。
……あら、この御手洗さんのイラスト、村田さんが描いたのかしら…?なんか、カワイイ……。
「ああ、そうだった、そうだった!」雄大が立ち上がる。「危うく丸め込まれるところだった!」
「村田!」雄大が知佳の鼻先に向かって指を差す。「今日、俺はお前を助けにきた!」
知佳はきょとんとした顔をしていたが、やがて徐々に、マスクのかかっていない目の周りを赤らめていき、
「…も、もう、助けてもらってるよ……」と呟くと、しゅんとして俯いた。
それを聞いた和歌名は(あちゃ~)と目をばってんにして、額に手をあてていた。
その時、
「御手洗さん、御手洗さん、₪σ§Ж≌₪……ブツブツブツブツ……」と真愛が左手に『エンガチョ』を作りながら何事かを唱え始める。
「……御手洗さん、どうか、どうか、わたしをお許しください……今から、あなたへの告白を始めますので…」
雄大が、後ろから知佳の肩をギュッと掴む。「え?な、な、なに?は、早川くん…?!」
真愛が、今度は右手側の人差し指と中指を合わせて、垂直に眉間にあてがいながら、呪文のようなものを唱え続ける。「₪σ§Ж≌₪、₪σ§Ж≌₪……」なに?英語?フランス語?真愛ちゃん、どっちかって言うと、あなたが怖いんですけど……。和歌名は呆気に取られて真愛の行動を見守っていた。
「村田、安心しろ。高嶺は、俺やお前よりも、この件について詳しい。」雄大が優しく言うと、知佳は、覚悟を決めたように目をギュッと瞑った。
真愛は、眉間の前で行っていた印を結ぶ動作をやめ、
知佳の両手を掴み、
体を捻りながら後ろへ重心を傾けると、 一気にグイッと引っ張って彼女を無理矢理立ち上がらせていた。
「ひゃっ?」
知佳が変な声を上げる。
「さ、村田さん、一緒に回って!」真愛が、知佳の手をグイッと強く時計回りに引っ張っていく。え?え?え?
「……御手洗さん、大好きです、御手洗さん、大好きです、御手洗さん、大好きです…」
一回廻るごとに、真愛がはっきりとした口調で、知佳の目を見つめながら唱える。
真愛ちゃん、な、なんで、わたしのこと、みたらいさんってよぶの…?
だ、だ、だ、だいすき、って?……え?どういうこと??
元々、三半規管の弱い知佳は、少し廻っただけで目が回ってクラクラとしてしまい、今起こっている出来事を、まともに考えることが出来なくなっていた。
そこで真愛が手を放すと、
知佳はそのまま、ペタンと教室の床にお尻をついて座ってしまう。
「村田、だ、大丈夫か?」「知佳ちゃん、平気?」雄大と和歌名が同時に駆け寄ってくる。
知佳はボンヤリとした表情で二人を見上げていた。
「村田……、その、俺が、わかるか?」「……」「知佳ちゃん、なんかごめんね、この人達が……」
「……」
知佳はふらつきながら立ち上がり、辺りを見回した後、頭を振ると、今は離れたところに立っている真愛の方へ、覚束ない足取りでゆっくりと近寄っていった。
「お、おい、ほんとに平気か?」雄大が知佳の背中に手を伸ばそうとして、途中で踏みとどまる。
近寄ってくる知佳を見て、真愛も微かに身構えた。
「……ごめんね?真愛ちゃん」知佳が優しげに呟く。「?」「今言ってたこと、ちょっとだけ、考えさせて……」「ん?」「あなたの告白、すごく急だったから……、そ、その、気持ちの整理が…まだ、つかなくて…」
「ちょっと待って?知佳ちゃんこそ、なに言ってるの?」真愛が怪訝な顔をして、知佳の頭越しに、後ろにいる和歌名と雄大の方に、助けを求めるように目線を送る。
「……でも、ありがとう。…気持ちは、とっても…。嬉しかった……。」と知佳が目を潤ませて、震える小さな声で言った。
後ろ向きの知佳の頭の向こうから(どうなった?もう、呪いは解けたのか?)と雄大が口だけを動かして真愛に合図を送る。
真愛の方も
(わたしだってわかんないよ!)と口をパクパクとさせて答えた。
真愛の目線の先に気付いて、知佳が後ろを振り返る。
今度は知佳は、雄大の目をまっすぐ見て歩み寄っていくと、耳元で彼にしか聞こえないように囁いた。
「わ、わたし……、早川くんが会いたがっている御手洗さんのことが……少し羨ましい。」「?」「わたし、御手洗さんの……、代わりになれないかな?」「?」
「冗談だよ?」
知佳は雄大の橫をそのまま通り過ぎ、和歌名の前に立った。
「和歌名ちゃん。」「…大丈夫?なんか…、色々とごめんね?」「いいの。わたし、嬉しかったから……」「そう?」
「わたし…….和歌名ちゃんのことも好き。大好き。」「え?ありがと?」「正直ね…みんな、わたしのこと、嫌ってるんだと思ってた……」
和歌名は「そんなことないよ。」と言って、…本当は、知佳がクラスでは何となく避けられていることを知っていながら、
何もしてこなかった自分の偽善に気付いて俯いていた。
「でも、わかってる。なんか…、わたし…、みんなに同情されてるだけなんだよね?」知佳の目が淋しそうに笑う。
雄大が「ど、どうなんだ?もう、その、大丈夫なのか?」と心配そうに近付いてきて、
後ろから真愛もやってくる。
「うん、も、もう大丈夫だよ。」知佳が、眼鏡の内側で目を細めながら言う。
「よかったぁ~~~」雄大が中腰になり、膝に手をあてた姿勢で項垂れた。
すぐに雄大は知佳に詰め寄り、「もう、こんな無茶はさせないからな!」と肩に手を置いてポンポンと叩いていた。
「ま、まあ、でも、あれだな?
……秘密少年探偵団は、もう、あれかな、……解散するべきかもな。……今回はさ、村田のことを危険な目に合わせたし……。」
「そうするべきね」と真愛が言おうとした瞬間、「いや!」と知佳が叫んだ。
「いや!わ、わたし、まだ、正式な団員にもなっていない!!やだよ!…まだ始まったばかりじゃない!勝手にやめないでよ!」知佳は、ほとんど泣き出しそうになりながら、ポカポカと雄大の胸を叩いていた。
ふむ……。和歌名はそんな知佳の様子を見て、なんか……青春……。と遠い目をしていた。
「真愛ちゃん」「ん?」「行こっか」「ん」
「その……、ミタライさんのお祓いは成功したの?」「ん、成功したみたい。」「そう?よかった。ところで、あの…、儀式みたいなやつ?どこで覚えたのよ?」「え?フランスでだよ。」
「はい??フランス?」
「Mitrailleuse」「え?なんて?」
「フランス語で機関銃、って意味。」「?」
「アハハハ、冗談だよ。」え?どこからどこまでが……?
「冗談だよ?っていうのも、さっきの村田さんのマネ。もしかして、和歌ちゃんには聞こえてなかった?」「????」「アハハ、もういいよ。……わたしも……和歌ちゃん、だあぁぁい好き!」と言って真愛が和歌名にしがみついてくる。
「???あ、あ、ありがと?真愛ちゃん?」和歌名がそう言うと、
真愛は少し本気になって、抱き付いた腕に力を込めてしまった。
次回、『アイドル!!』




