井37 呪いの正体
「で?どうしたの?相談ってなによ。」
高嶺真愛が、小柄な体を精一杯大きく見せるように、
腰に手をあてて脚を開きながら、
階段の途中に腰掛けた早川雄大を見下ろしていた。
「なんでもいいけど、早くしてくんない?私たち、忙しいんだけど?」と真愛が言うと、
隣に並んで立った双葉和歌名が「まあまあ」と言って、この親友をなだめる。
「怒らないで聞いてくれるか……?」雄大が、指を交互に組んだ両手の拳の中を見つめながら言う。
「……場合によるわね。」
「もう、真愛ちゃん!?…いいよ、早川くん、怒らないから話してみて。」
「すまない……双葉はいつも優しいな…」
「ちょ、ちょっと、どさくさに紛れてなに言ってんのよ?!……和歌さま、こいつやっちゃいましょうか?」
……どこの組の者ですか…?
「…悪い。……相談っていうのはさ、み、御手洗さんのことなんだ。」最後のところを雄大は小さな声で囁くように言った。
「は?なに?…聞こえないんだけど?」真愛が逆にふんぞり返って、顔を遠ざけながら言う。
「俺もさ……、正直、これを相談しようか、物凄く迷ったんだ…」「じゃあ、そのまま永遠に迷ってなさいよ。」「真愛ちゃん」「ごめんちゃい」真愛がテヘペロをする。
雄大は和歌名と真愛のそんなやりとりには構わず項垂れたまま、言葉を続けていた。「…実は……、俺らは、御手洗光子さんの呪いを、…解き放ってしまったらしいんだ……。」
「え……?」真愛の淡い褐色の顔色が心なしか青ざめて、緑色になる。瞳は色を失い瞳孔もわずかに狭まったように見えた。
「ま、まさかあんた、遊び半分で御手洗さんを呼び出したんじゃないでしょうね?
……で、でも、どうやって呼び出したの…?」
…真愛ちゃん……あなただって遊び半分じゃなかったの…?和歌名が心の中で突っ込んでいると、真愛が
「御手洗さんは、女子に呼び出された時は優しいけれど、男子に呼び出されると怒るっていう噂があるわね。」と、和歌名の心を読んだように言ってきた。
……て、言うか、そういう設定だったのね……。
「くそ!そうだったのか!六番目の不思議は、内容が内容だけに、男子の俺では情報を集めきれてなかった、そう言う訳か……!」
「でも、まさか、あんたが単独で御手洗さんを呼び出してしまうなんてね……、いったいどうやったの?」
雄大が苦しそうな表情で、「実は……、ある人物の協力があって、御手洗さんの映像を捉えることに成功したんだ。」「誰の協力なの?言いなさい!」「いや、それは言えないんだ。」「なんでよ」「ごめん、こればかりは言えない。この件はもう、俺だけの問題じゃないから……」
(ふうん?)と真愛は不満そうな顔をした。「それで、いったいなにがあったって言うのよ?……話してみなさい。」
雄大が顔を上げる。「今から話すことは、ぜっったいに、他の人には話すなよ。」「は?なにを偉そうに?
あんたが人に指図できる立場なの?」「う……」と雄大が怯む。
「いいわ、約束するから、早川くん、話してみて。」と和歌名が助け船を出す。
「双葉、助かるよ…」
「和歌ちゃんの常軌を逸した優しさに感謝しなさいよ!」
……それ、使い方間違ってない?
「わかった。感謝する、ありがとう。…………実は……、俺、
この件に、村田を巻き込んでしまったみたいなんだ……。」
雄大が、ほとんど泣きそうな顔をしながら言った。
「は?なんで村田さん?……あ!あ、あんた、そう言えば村田さんをあの馬鹿げた探偵団に誘っていたでしょ!ヘンタイ!」「な、なんでヘンタイになるんだよ?!」雄大の声に急に元気が戻る。
「そ、それで?知佳ちゃんがどうかしたの?」と和歌名が二人の間に入ってきて言った。
「それがさ……、村田のやつと、うちのパソコンで御手洗さんの映像を見てたらさ…」
「ん?ちょっとちょっとちょっと?村田さんがなんであんたのうちにいたことになってんの?」「いや、俺が誘ったから…」「は?」
「まあ、問題はそこじゃないんだ…」「て、言うかなんで御手洗いの映像があんたんちにあるのよ!け、警察を……!」
「待て待て!映像を撮ったのは、その……、む、村田だから……!」「は?なにやってんのよ、あんた達!捕まっても知らないわよ!?」
「そ、それでさ…」雄大が汗をかきながら、ゴホンと咳払いをする。「は、はっきり御手洗さんが映ってたわけじゃないんだけどさ……、それを見てから村田のやつが、おかしくなっちゃってさ……」
「な、な、な、なんてことをしてくれたの?!あんた、自分のしたことがわかっているの??」真愛は両手で雄大の胸ぐらを掴んで、「ふざけるな!」と言った。
「あ、あんた、御手洗さんを呼び出しておいて、もしかしてちゃんと終わらせなかったの?!正しい終わらせ方をしないと、御手洗さんに取り憑かれてしまうのよ??そ、そんなの常識でしょ!」
…じょ、常識なの?御手洗さんってなに?やっぱ怖いんですけど。和歌名は取り乱した様子の真愛を見ながら、(でも、またなんか変な風に盛り上がってるだけじゃない?)と、若干疑いの目を向けて、二人の様子を見ていた。
「まあ、今更怒ってもしょうがないわ……、まずは村田さんの今の状況を教えて。あんたはともかく、村田さんの力にはなりたいわ。」と真愛が言う。
「あ、ありがとう。そう言ってくれると助かるよ……」雄大が肩を落として辛そうに言った。
「それで?」
「ああ、御手洗さんの力は凄いんだ。おかげで、うちのパソコンは完全に壊れてしまったよ。」「そうなの?」「USBから、まるでウィルスが感染したみたいになって、入っていたデータも全部壊れてしまった。」「あんたのパソコンがどうなろうと、知ったことじゃないわよ。村田さんはどうなの?」
今まで避けてきた話題に、いよいよ触れるとでも言うように、雄大は深く息を吸ってから、真愛の質問に答えた。
「む、村田はあの日から、おかしくなってしまったんだ……。」
真愛と和歌名が緊張した面持ちで、雄大のことを両脇から覗き込む。
「最近、なんだかあいつとよく目が合うんだ……まるで、ずっと見張られているようで……。」「………」「………」真愛と和歌名が顔を見合わせる。
「そして、目が合うと……、決まって俺のことをニヤニヤとした目で見て笑う……」ほう……?
「そうかと思えば、俺から逆に話しかけると、挙動不審に、変な具合に、何かを隠しているように俺を避ける……」ふむ……。
「あと、やたらと俺のことを触ってくるんだ」おや…、まあ……。
「挙げ句の果てに、他の男子よりも明らかに多く、俺にだけ給食をたっぷり注いでくれる…」て、それ全部、恋する乙女の行動やないかーーーい!
和歌名は思わずつんのめって、雄大の頭をチョップしていた。
「おい!何すんだよ!」顔を赤くして雄大が叫ぶ。
「なにが御手洗さんの呪いよ!早川くん、あなた鈍すぎない??ねえ、真愛ちゃんも何とか言っ……」
真愛が「御手洗さん……、恐ろしいわ……」と自分の肩を抱いて震えていた。「早川に対して、そんな感情を……そこまで精神に異常をきたすとは……。」そ、それ、早川くんに対して失礼じゃない…?
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「とにかく」と和歌名が言った。
「わたしと真愛ちゃんで、知佳ちゃんの様子を見てみるから。早川くんは、これ以上あんまり変なことに首を突っ込まないこと!わかった?」
「……双葉はほんと、優しいな…」雄大がぽっと頬を染めてから目を逸らす。「わかったよ、双葉。……なあ、高嶺?
それで、その御手洗さんの正しい終わらせ方って、どうやるんだ?」て、早川くん、あなた、わたしの言葉聞いてた?
さっきから難しい顔をして考え込んでいた真愛が顔を上げると「う~ん」と言い「御手洗さんを終わらせるには、色んなバージョンがあるんだけど、
一般的には、呼び出した人間を含む二人以上で手を繋ぎながら輪になって、
『御手洗さん、大好きです、御手洗さん、大好きです』って3回廻りながら、3回唱えることになっているわね。」「なるほど。」「でも、ここで注意しなければならないのが、」
「その中に、本当に好きな人がいてはいけないの。その、恋愛的な意味でね?つまり、唱えた言葉の意味が嘘になってはいけないってわけ。」「ふうん…。」雄大がちらっと和歌名のことを見て、慌てて目を逸らした。
「わかった。じゃあ、村田と俺でそれをやればいいんだな?」「て、早川くん??今の話、ちゃんと聞いてた?」「?」「ダメだよ、………そ、それならわたし達が協力してあげるから、わたしと、真愛ちゃんと、早川くんでやらない?」
「「え?それは、ちょっと……」」と、真愛と雄大が同時に叫ぶ。え?え?あなた達、まさか?意外に?そういうこと?け、喧嘩するほど仲がいいとか………?
「じゃ、じゃあ、今回は俺と高嶺の二人で唱えよう。」「そ、そうね!いや、ダメだわ!今回は御手洗さんに取り憑かれた人がいるから、その場合はその人を含めてやらなければいけないの…!」え?あなた達、違ったの?う~ん、どういうこと?
「じゃあ、やっぱり俺と村田でやるのがいいな。」「ダメだよ!」と和歌名が言う。……まあ、でもよく考えたら何でもいい気もするけど……。これ、ほんとに意味があるのかしら?
「じゃ、じゃあ、間を取って、わたしと、村田さんでやるしかないわね……。」真愛が腕を胸の前で組みながら言う。
……?なんで、そんなに難しくなるのよ?と和歌名は考えていたが、
まあ、とにかく知佳ちゃんの様子を見に行った方が良さそうね……と、三人揃って教室に戻ることにした。
次回、『除霊』
和歌名「さよなら少女っ」
真愛「カイメツセンソー!」(キラーン)※八重歯
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