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井34 秘密少年探偵団


早川雄大はやかわ ゆうだいは、さっきからずっと、御手洗光子みたらい みつこのことを考えていた。


結論から言うと、

彼が図書室で、過去の生徒名簿を確認した限りでは、御手洗(みたらい)という生徒が、この小学校に在籍していたという記録はなかった。

と、いうことは、御手洗(みたらい)さんというのは架空の人物だということだ。


高嶺真愛たかね まな達の協力が得られない今、雄大は自力でこの謎を解き明かさなければならなかった。

……とは言いつつも、男子である雄大が、3階の女子の御手洗いについて調査出来る範囲は限られている。

(どうしたものか……)雄大は自分の席について、肘を机に乗せて、頭を抱えたポーズを取っていた。


************


放課後になると、雄大は七不思議に所縁(ゆかり)のある校内の施設を見て回ることにしている。理科室、そして音楽室。

雄大が、音楽室の前を通りかかった時、ふわりと甘い香りを感じたような気がして、これは……『夜の音楽室、甘い香りとメトロノーム』では?と、立ち止まった。

音がしないように、慎重に扉に手をかけると、どうやら内側から鍵が掛かっているようだった。


雄大はその場で、急いで辺りを見回し、ランドセルの中から紙コップを取り出した。これは、秘密少年探偵団の七つ道具の一つ、『即席集音器(▪▪▪▪▪)』だった。

雄大はさっと廊下に寝そべると、

音楽室の足元にある、換気用の薄いガラス板にコップを押し付け、そこに自分の耳をあてがう。


***********


『……3階の御手洗いの3番目の個室……確認を……』『………はい………大丈……です。』『……引きつ………おね………するよ………紙…スクのこと……クラスのみん………言われたく………』


……これは?東三条先生の声と、あと誰か女子の声?うちのクラスの女子かな?…誰だろう。

よく聞き取れなかったが、会話の内容からして、3階の3番目の個室、御手洗(みたらい)さんのことについて話しているので間違いはないだろう。


急に中で人が動き出す気配があったため、雄大は素早く起き上がり、転がるようにして、扉が半開きになっていた隣の教室へ身を隠した。

……心臓が早鐘を打っている。


やがて音楽室の鍵がカチャカチャと外される音がして、誰かが出てくる。雄大は、道徳の昔遊びの授業で使ったスパイ潜望鏡(▪▪▪▪▪▪)をランドセルから取り出して、扉の端から覗かせて見てみた。

……すると丁度、東三条ひがしさんじょう先生が出ていくところが見え、先生はそのまま一人で階段を降り、消えていった。


……? ……東三条先生も七不思議の調査をしているのだろうか?まあ、まだ情報が足りない。少ない情報から、すぐに結論に飛び付くのは危険だ。

そんなことを雄大が考えていると、音楽室の扉から、遅れてクラスの女子、村田知佳むらた ちかが出てきた。


音楽室の開いた扉から、甘い香りが漏れてくる。……こ、これは七不思議と何か関係があるに違いない!

(はや)る気持ちを必死で抑えながら、雄大は廊下へ飛び出すと、村田知佳の後ろへ歩み寄っていった。


……村田知佳は、どこか夢遊病者みたいにふらふらとして、足元が覚束ないようだった。

「なあ、村田?」雄大が声をかけると、

知佳はビクッと体を(こわ)ばらせて、振り返らずにその場で立ち止まった。


「唐突で悪い。…さっき東三条先生と話してただろ?」知佳がぎょっとした顔をして、雄大のことを振り返る。

「悪い……、俺、聞いちゃったんだ。」知佳の額に、みるみるうちに汗が吹き出してくる。

「お前と東三条先生で、3階の御手洗いの確認を(おこな)っているってことは、悪いけど、さっき聞かせてもらった。その……、これがお前(▪▪▪▪▪)と先生だけの(▪▪▪▪▪▪)秘密(▪▪)だとしたら、……もちろん内緒にしておいてやるけどさ。たださ…、何て言うか……俺にも教えてほしいんだ。」


……知佳が黙って、雄大の足元を見つめていると、

「この件で、双葉や、高嶺をぎゃふんと言わせたくてさ。」と雄大が言った。


すると知佳が「え??は、早川くん、なにか知ってるの?!」と一歩前へ踏み込んできた。


(おっと)と雄大は警戒しながら半歩後ろに下がり、身構えながら言った。「正確に言うと、知っているわけではないけどね、俺も知りたいんだ。その……村田が持って(▪▪▪▪▪▪)いる情報を(▪▪▪▪▪)

なあ、村田、お前、何か知っているんなら、それを俺にも教えてくれよ、な?」



「……そ、それを知って、早川くんは、ど、どうするつもりなの?」

……御手洗いの個室で、和歌名ちゃんと真愛ちゃんが何をしていたのか……?それをネタに早川くんは和歌名ちゃん達をゆする(▪▪▪)つもり?


「は、早川くんも、東三条先生と同じ(▪▪▪▪▪▪▪▪)なの?さ、さっきの、話、全部、聞いたの?……わ、わ、わたしだって、マスクのこと、誰にも…い、言ってほしくない…………」

そう言いながら、知佳の目からはぽろぽろと大粒の涙が(こぼ)れ落ちてきた。


マスク……?なんのことだろう?御手洗(みたらい)さんに関わる新情報か?

「ど、どうした?泣くなよ。言いたくないことがあるなら、言わなくていいよ。俺も村田が嫌がることをバラしたり(?)はしないからさ。」雄大は、村田知佳に敢えて優しく語りかけていた。村田は、いつも、女子達からいじめられている…、ような気がするし。


「なあ、知ってることを教えてくれないか?俺さ、双葉はともかく、あの高嶺のやつ(▪▪▪▪▪▪▪)をぎゃふんと言わせてやりたいんだよ。」


知佳の瞳の奥で、何かが暗く輝いた。


「わ、わかった……。」知佳は、意外にも自分が男子と対等に(▪▪▪▪▪▪)話せていること(▪▪▪▪▪▪▪)に驚きながら、

涙と一緒に眼鏡の曇りも、パーカーの袖で(ぬぐ)い取って、静かに言った。


「こ、これから言うことは、決して他の人には言わないで……。」知佳がそう言うのを聞くと、雄大はゾクゾクとして、ゴクリと唾を飲み込んでいた。


ーーーーーーーーーーーー


「…東三条先生に言われて、わたし……、3階の女子の御手洗いに芳香剤を置いたの……」「へえ、ほうこ…?ん?それで?」「それ…、本当はカメラ(▪▪▪)だったの……」


雄大がガバッと知佳に掴みかかりそうな勢いで、距離を詰めてくる。「一番奥の3番目の個室にかい?!」「な、なんでそれを…」と知佳がたじろいで後退(ずさ)りをする。

「なんてこった……、それ、なんか色々と問題がありそうだけど、…まあ、でも噂によると、3番目の個室は元々誰も使ってないみたいだし、女子と協力(▪▪▪▪▪)してるから(▪▪▪▪▪)、問題ないのかな?」と雄大がぶつぶつ独り言を言う。

壁に追い詰められた形になった知佳は、目の前に立った雄大から目を逸らしながら「……そのカメラに…、多分……、それが(▪▪▪)映っている(▪▪▪▪▪)んだと思う……。」と言った。


「う、映っていると思うか?」(……御手洗(みたらい)さんが。)と雄大が言う。

「た、多分。」(……和歌名ちゃんと真愛ちゃんが。)と知佳が答える。「でも、わたし、これを、どうやって見たらいいかわからない……」


「見せてみな。」

雄大は、知佳が手に持っていた黒い機械とケーブルの束を受け取った。


「……なるほど、これなら大丈夫。俺でもわかる。多分うちのパソコンで見れそうだ。村田、お前も一緒に見るか?」と雄大が言うと、しばらく間を空けてから知佳が、


「うん…」と言って、顔を赤くする。


「で、でも、」とすぐに知佳が言う。「…双葉さんのことは、あんまり追い詰めないであげて……、高嶺さんなら、その……、いい(▪▪)けど……」


「アハハハハ、お前も高嶺にガンガン言われてるクチか!わかる、わかる。正直あいつだけは、一回ぎゃふんと言わせてやりたいよな!」


「そ、そういうんじゃないけど……」と知佳が俯いてしまう。


「よし!」雄大がポンと手のひらの上で、拳を打ち付ける。

「村田、お前も臨時の秘密少年探偵団に入団させてやる!」「…え」「ほら、これ特別に、お前も付けていいぜ。」

雄大が、自分のボケットから何やら銀色に光るバッヂを取り出して、にっこり笑いながら目の前に差し出してきた。


……このバッヂは、和歌名と真愛にもあげようとして、一瞬で拒否されたものだったが、それは今は言うまい…。


「今日から、村田、お前も秘密少年探偵団の一員だ!……まあ、でも勘違いすんなよ、あくまで(▪▪▪▪)まだ仮入団(▪▪▪▪▪)だからな(▪▪▪▪)!」


「………」


知佳は、目の前で屈託もなく笑う少年が差し出した、拳銃と十手がクロスした紋様の入った、銀色のバッヂを見つめて、戸惑いを隠せない顔をして固まっていた。

「さあ、受け取れ!」雄大がさらに手を突き出してくる。


知佳は、迷いながら右手を上げ、男子の手(▪▪▪▪)に触れないよう(▪▪▪▪▪▪▪)注意しながら(▪▪▪▪▪▪)、3本の指を使って、恐る恐るそのバッヂを拾い上げた。

「…よし!」と雄大が言い、親指を立てる。


「なあ、村田!今からうちにおいでよ。一緒にこいつの中身を確認してみようぜ!」と雄大が、黒い機械から伸びたケーブルをぶら下げて、振り返りざまに走り出そうとした、その時……、


ドンっと何かにぶつかって尻餅をついてしまった。


「おや、早川君、それに村田さんまで……、そんなに慌ててどうしたんですか?」


雄大が顔を上げると、そこには東三条先生の体が、大きな壁のように立っていた。知佳は蛇に睨まれた蛙のように、体を硬直させ、怯えた顔をしたまま、音楽室の外側の壁に背中を付けていた。


「あ、東三条先生……!?」雄大がお尻を廊下に付けたままの姿勢で言う。


ーーーーーーーーーーーーーー


東三条克徳ひがしさんじょう かつのりは、早川雄大が手にしている機器を見て、次に背中を壁に張り付けた村田知佳の方を振り返った。


「これは……、どういうことかな?」と東三条が静かに(つぶや)く。


「…村田さん、私言いましたよね?このことは誰にも言ってはいけないと。……やれやれ……マスクのこと、今ここで、早川君に言いましょうかね。」

「は、早川くんは……!もう、知ってます!」

……さっきそれを聞かれたうえで(▪▪▪▪▪▪▪)、早川くんは、わたしを、ひみつしょうねんたんていだん?に誘ってくれた……。なんで……?なんで、わたしなんかを……。


心臓が…、どきどきする……。


「なるほど……」と東三条は、雄大のことを見下(みお)ろして言った。「君も、なかなかのものだね。村田さんのことを知ったうえで、それを利用して、これ(▪▪)の存在にまで辿り着いたのか……。」

東三条はしゃがみ込み、雄大の手から黒い機器を奪い取った。


「東三条先生!」雄大が声を上げる。「先生も、僕も、目的は同じです(▪▪▪▪▪▪▪)!僕も……、僕も!その中の映像が見たい!!」


「…呆れたね。その年で……もう目覚めて(▪▪▪▪)しまったのか。まあ、私が言うのもなんだが……。」と東三条がおかしそうに笑う。

「早川君、そんなにこれ(▪▪)が見たいのかい?」

「はい!」

「アハハハ、君、面白いね。……じゃあ、このことを誰にも言わないと約束してくれるなら、考えてあげてもいい。」「先生!あ、ありがとうございます!」「ハハハ、そんなに清々しい顔で言われてもな……。ただし、先に私が確認して、問題がなければ、だ。」「はい!わかりました!あと、その……、村田さんにも見せてあげてください。」「……?」東三条は(いぶか)しげに、この少年のことを見やった。


その後、なるほど、と合点したように微笑むと、こそっと雄大に顔を近付けて囁いた。『あの子は(▪▪▪▪)君にやるよ(▪▪▪▪▪)。まあ、気の済むまで(▪▪▪▪▪▪)せいぜい遊ぶ(▪▪▪▪▪▪)といいさ(▪▪▪▪)。』「?」


東三条は、ふと雄大が肩に付けた銀色のバッヂを見、次に知佳が同じものを手にしているのに気付いて、高らかに笑い出した。


「アッハッハハ!君らは少年探偵団かい?面白いね。そうだ……、どうだい君達?……これからは、私のために動く気はないかな?

……早川君?(きみ)も私も目的は同じみたいだからね?」


「凄いや!」雄大が目を輝かせる。「面白くなってきたぞ!」

そして雄大は、知佳の(そば)に寄っていき、耳元で囁いた。「村田、俺に協力してくれるよね?」知佳は混乱して、東三条先生の顔と雄大の顔を変わるがわる見比べて、もう一度雄大の顔を見た。目が合った雄大がにこっと笑う。

「……村田って、いつもマスクしているからさ、なんかスパイっぽくて(▪▪▪▪▪▪▪)カッコいいなって思ってたんだ!」


東三条がまだ笑いながら二人に向かって言う。「早速ですが、君達、秘密少年探偵団にひとつ、依頼したいことがあるんですよ。」


雄大が期待に満ちた表情で、真っ直ぐ東三条の顔を見つめ返した。知佳が雄大の袖を引っ張る。

「(ねえ、)」「(ん?)」「(ねえ、)」「(なんだよ?)」

「(聞いて、東三条先生は………、すごく(▪▪▪)悪い人(▪▪▪)なの!)」「(は?)」


「君達にはこの芳香剤を、他の場所にも設置してほしいんです。」


「(騙されちゃダメ!先生は、先生は……)」涙を溜めた知佳の必死な顔を見て、雄大はじっと考え込んだ後、


「(…わかった。)」と一言だけ言った。


「先生!任せてください!」

雄大は大きな声で答え、……これは、いよいよ面白くなってきたぞ……と考えていた。


……正直よくわからないが、何か巨大な陰謀が渦巻いているみたいだ。これこそ、秘密少年探偵団が求めていたスリル!


知佳は片方の手で雄大の袖をギュッと掴んだまま、もう片方の手で銀色のバッヂを強く握り締めていた。

次回、『初恋の行方』

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