井33 学校の七不思議
「つまり、学校の七不思議その3『屋上への13階段』とは、これのことだったんだ!!」
早川雄大は、2本の指を目の下で水平に構えて虚空を睨み、
肩に付けた『秘密少年探偵団バッジ』をキラリと光らせた。
「 “Le plus grand secret!”」高嶺真愛が流暢なフランス語を話す。
雄大は、ニヤリと笑って双葉和歌名のことを振り返って言った。
「双葉、高嶺、ほら、見てごらん!11段しかない、この階段。最後の踊り場に、このステップ踏み台を置くと……」
「1、2、3……、あ!これで13段になるってわけね!」真愛が胸の前で腕を組んで感心したように言う。「今度ばかりは、あんたのこと、認めざるを得ないわね。」
雄大は得意気に、鼻の下を水平に指で擦った。「まあ、待ちなって。まだこれだけじゃないんだ。」「?」真愛が訝しげに雄大の顔を見やる。
「……何故、用務員さんがここに踏み台を置き、また何故それが『死刑台への13階段』と呼ばれるに至ったか?……それを解明しない限りは、本当の意味でこの謎を解決したことにはならないだろ。」「な、なによ、偉そうに!わたしも今、それを言おうと思ってたのよ!………で?」と真愛が首をきょとん、と曲げる。
「種明かしをしよう。」雄大が、いったん閉じていた目をかっと見開いた。
「そもそも、ここに用務員さんが踏み台を置いたのは何故か?」
「段数を増やして運動するため?」真愛が言う。
「バカか、高い所にあるものを取るためだろうが?」「バカとはなによ!」殴りかかろうとする真愛を、雄大が、おっと、と間一髪でよける。
「まあ、落ち着け。ほら、上を見てみな。」雄大が指差した先を真愛達が見上げた。
「あっ?!」真愛が口を押さえながら後ずさりする。
真愛の目線の先には、天井を覆う大きな蜘蛛の巣があり、その中央には、赤い色をした蜘蛛が鎮座していた。
「あ!あれ、ニュースで見た!セアカゴケグモじゃない?噛まれたら死ぬやつ!!和歌ちゃん?逃げて!」真愛が慌てて階段を降りようとする。
ピュッ!
何かが風を切る音がして、蜘蛛にそれがぶつかり、向こうに弾き飛ばされる。
「ひゃあっ」と言って真愛が飛び退いて、すぐに音の発生源を振り返ると…、
…そこにはパチンコを持った雄大が満足げに笑っていた。「そ、それ、東三条先生の授業で使ったパチンコ…?」真愛がそう言うと、
「そうさ、昔の遊びがこんなところで役に立つとはね。」と雄大が言った。
「さて……。」雄大が自分のベルトに、スチャッとパチンコの柄を差すと「安心しな。これはセアカゴケグモじゃない。これはお腹の赤い、雌のジョロウグモだ。たまに間違えられるけど、毒はそれほどない。」と言った。
「今年は異常気象だったから、秋を過ぎてもまだこの辺に巣を作っていたんだろう。」
「…それでも、蜘蛛に噛まれたら、危ないことには間違いない。この、学校の七不思議の一つ、死の13階段を噂で広めることで……、
用務員の森さんは、蜘蛛がよく巣を作るこの場所へ、生徒達を近付けないようにしたんだと思う……。違いますか?森さん? 」
「お見事だ」パチパチパチパチ………
「あ!あなたは!」真愛が目を見開いて指を差す。
手をたたき終えた後、薄くなった白い頭髪を後ろに撫で付けながら、作業着を着た用務員の森さんが、T字型の箒を手に持って、階下から上がってくる。
そして、迷いなく踏み台に登ると、箒の柄でぐるぐると蜘蛛の巣を掻き回して、除去していった。
「見事な推理だったよ。」用務員の森さんが、雄大を振り返って微笑む。
「だが、一つ、君達が 見逃していることがある…」
雄大と真愛がハッとして身構える。「なに?!」
「ここは6年生以外、立ち入り禁止だということをね…!」
「し、しまった!!俺としたことが!双葉!高嶺!逃げるぞ!」
……この茶番、いつまで続くの……? 和歌名は2人と階段を駆け降りながら考えていた。
……て、わたしも校則破っちゃったじゃない。今までそんな校則、知らなかったけどさ……。
「廊下は走っちゃダメだからねー!」
遠ざかる雄大と真愛の背中を見て、和歌名は大声で叫んでいた。
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和歌名が教室に戻ると、まだ息を切らした雄大と真愛が、和歌名の机の前に集まっていた。
……て、なんでわたしの机に集まってるの?
「やあ、遅いぞ、ようやく戻ったか。」「和歌ちゃん、もう捕まっちゃったのかと思ったよ…」真愛がホッと胸を撫で下ろす。
……この二人、なにげに息ピッタリなんですけど……。
言った方がいいかな?そうすれば、真愛ちゃんは否定して、この茶番も終わってくれるかも。……まあ、でもなんか楽しんでるようだし、水を差すのはやめておこうかしら……。
「13階段の謎の解明、お見事だったわ。」真愛が悔しそうに目を逸らしながら言う。
「まあ、まだ一つ解明しただけどね。」雄大が何でもないような顔をして返事を返す。 「でも、ありがとう。今回のは皆の協力のおかげだよ。…その他の不思議についても、引き続き情報を収集してもらえると助かるよ。」
「わかったわ。」真愛が即座に答える。
「双葉は?」「和歌ちゃん?」
え?わたし?
「早川くん、あ、あのさ……、ちょっと前に、わたしもその七不思議?、聞いたような気がするけど……、わたし、あと何個か聞いてなかったような……」
「ああ、そうだった、六と七の説明まだだったね。」「和歌ちゃん、なんにも知らないんだから…」悪うございましたね……。
「学校の七不思議、六つ目。」雄大が曲げた人差し指を顎にあてがいながら、斜め下を見つめて言う。
……いちいち、ポーズを取る必要ある?
「3階の3番目の女子の御手洗い。3回のノックに返される、3回のノック。3度『おじゃまします、光子さん、おじゃまします、光子さん』と唱えると、御手洗光子さんに会えると言う。」
……誰よ、それ?会えて嬉しいの?それともその人、なんか怖いの?
「その噂があるから基本、3階の3番目の個室は、誰も使ってないわよ。」と真愛が言う。…あれ?そういえばこの前、斉藤さんと井上さんと喧嘩?した時、誰かが入っていたような……。
「貴重な情報をありがとう。さすがに六番目は、俺には解明できないからな。本当ならこの面白そうな謎も俺が探ってみたかった……」
「は?」真愛が瞳の色をなくして、顔を上げる。
「ん?」雄大が身構えて一歩後ろに退く。
「キモ……、あんた調子に乗ってんじゃないわよ。」「あれ?」雄大が更に一歩後ろに下がる。
「和歌ちゃん、こいつヘンタイよ。通報しましょ。」「ちょ、ちょっ……」雄大があわあわとして、更に後ろに下がっていく。
「ま、まだ双葉に、七つ目の説明が……」
「うるさい!向こう行け!」
「は、はい…」と涙目になった雄大が、さささ…と腰を屈めながら去っていく。
真愛は改めて和歌名と向き合うと、にか~っと八重歯を見せて笑った。
良かった……。真愛ちゃんが戻ってきた…。
「さ、和歌ちゃん、3階の御手洗いに行こっか!」
え、それ、まだやるの……?
**************
「ねえ、和歌ちゃん」「ん?」「念のため、やってみよっか。」「なにを?」
「なにを、って……、3回のノック!もう忘れたの?」
はあ……、ほんとにやるの?
真愛が一番奥の個室の前に立つ。
「…でも、誰も入ってないのにノックできないよね。」和歌名が真愛の後ろに立って言う。
「言われてみればそうだね。」真愛は個室の中を覗き込んだ。
「なんか、ここだけ芳香剤が置いてある。」「ほんとだ。」和歌名も一緒になって覗き込む。
「ちょっと入ってみよっか?」
二人は、狭い個室に肩を並べて入ってみた。
「……」
中を調べるにも、内側に向かって開いたままになっている扉が邪魔で、うまく身動きが取れない。
「ちょっと閉めてみるね」
真愛が、和歌名の体の前に腕を伸ばし、肘をぶつけながら個室の扉を閉める。
そのままだと扉は戻ってきてしまうので、スライド式の鍵もかけてしまう。
小さな個室の中で、陶器の便座をよけながら体を寄せ合って立っていると、…和歌名はなんだか段々と恥ずかしくなってきて、辺りをキョロキョロと見回していた。
それは真愛の方も同じようで、落ち着かなげに前髪を弄り出す。
その時だった。
「あれえ?奥の個室、誰か使ってるよぉ、珍し~」と声がして、「え?この前も誰か使ってたよ。」ともう一人の声がした。
「そうだったっけ?ここ、いつも誰も使ってないイメージがあるけど?」と斉藤水穂が言う。
「そう?この前、高嶺真愛と喧嘩した時も、ここに誰か入ってたよ?」井上咲愛が答える。
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え?喧嘩したの、真愛ちゃん?和歌名が黙って、真愛のことを小突く。真愛は、だって…と、口をすぼめて和歌名の目を見つめ返す。
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水穂が「えー、そんなの気付かなかったぁ。ここって、あの御手洗さんの個室だよねー。使われてるとこなんて、見たことないよ。」と言って、すたすたと扉に近付いていく。
「あ、それ聞いたことあるかも。」咲愛も後ろからついてくる。
「ノック3回だっけ?」水穂が悪戯そうに笑い、コン、コン、コンと裏返した人差し指でノックをした。
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真愛が(どうするの??)と、和歌名の体にしがみつきながら口だけを動かして喋る。
和歌名は(…なんか二人して個室にいるのって、人が見たら変じゃない?)と、そわそわと体を動かして、……とにかく、と
コン、コン、コンと内側からノックを返した。
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水穂と咲愛が「ひゃっ」と言って、思わず手を握り合う。
「ど、どうする?」水穂が咲愛の顔を見て、真剣な表情になる。咲愛もごくりと唾を飲み込んで、緊張した面持ちになる。
「わ、わたし、ちょっと手を洗いに行きたくなったかも……」「ま、待って!」と、水穂が咲愛の汗で湿った手を掴んで引き戻す。
「ふ、二人で唱えない?」「え、マジで?」「マジで。」「…ガチで?」「ガチで。」
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個室の中では和歌名と真愛が息を殺して、手を握り合っていた。……ジャスミンの香りが強く漂っている…。
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水穂が「せ~っの!」と言って、
二人は「「おじゃまします、光子さん、おじゃまします、光子さん、おじゃまします、光子さん」」と早口で3回唱えた。
扉の向こうは静まり返っている。
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和歌名と真愛は、お互いの体が動いて物音を立ててしまわないように、ギュッと肩を寄せて、しっかりと抱き合っていた。
「……」
「……そこに、誰かいるんでしょ?」水穂が恐る恐る尋ねる。
「誰でもいいけどさ…、そこにいるの、み、御手洗さん……、じゃないよね?」
その時、コン、コンと、2回だけ返事が返ってきた。
「なんだぁ、やっぱり御手洗さんじゃないじゃん……」ホッとして咲愛が肩を撫で下ろし、水穂の手を振り払って洗面台の方へと離れていく。そして衝立ての内側に入ると (ふう)と息を吐き、手を洗い始めた。
水穂も「中にいるのは誰よ?まったく。」と言うと、
踵を返して歩み去っていった。
「わたし、先に出てるね~」「りょうか~い。」咲愛はハンカチで素早く手を拭くと、水穂を追い掛けて、走るようにして御手洗いを出ていってしまった。
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……個室の中では、真愛が腰が抜けたようになって、蓋をした便座の上に腰掛けてしまっていた。
「真愛ちゃん、大丈夫?」と言いながら、和歌名がくすくすと笑い出す。
真愛もやがて笑い出し、二人はじゃれ合うようにして、扉の鍵を外すと、同時に出ようとして肩をぶつけ合いながら外に出ていった。
「あ…」
二人は立ち止まって、繋いでいた手を慌てて離した。
二人の目の前には、マスクをした村田知佳が、驚いた顔をして、その場に立ち竦んでいた…。
「あ、むら…、知佳ちゃん?おはよ」と和歌名が、さっき教室で会っていたはずの知佳に改めて朝の挨拶をする。真愛も「オハヨ」と何故か片言で挨拶をする。
「て、もう朝じゃないから、お早うはおかしいか」と言って和歌名がエヘヘと笑う。
知佳は、すぐに、いつもの無表情に戻って、何も返事を返さないまま、ぎこちなく二人とすれ違って、御手洗さんの個室に入っていってしまった。
「知佳、ちゃん……?」
和歌名と真愛は顔を見合わせた後、決まり悪そうに閉じた個室の扉を眺めると、
「今のこと、村田さんに一応説明しておいた方がいいかな?」と真愛が言った。
しかし、二人して扉の前で、知佳が出てくるのを待って、聞き耳を立てているのも変な気がしたので、いったん御手洗いから出よう、と和歌名が言った。
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……村田知佳は、激しくなる胸の鼓動を服の上から掴みながら、マスクをピクピクと痙攣させて、肩で息をしていた。
……今の二人、いったいなんだったの?個室に二人で……、いったい何をしていたの…?二人は手を繋いで出てきた。え?え?どういうこと……?
知佳は震える手で、東三条先生から言われた、芳香剤の確認を行っていた。
まだ設置したばかりにも関わらず、東三条先生は、芳香剤がきちんとまっすぐ立っているかどうかを気にしているようで、知佳は見に行くよう命じられていたのだった。
知佳は一度、芳香剤を持ち上げ、香りが弱まっていないかと鼻を近付けて匂いを嗅いでみた。
和歌名ちゃんと真愛ちゃんが、一緒に御手洗いの個室に入っていた…。
なんか、なんか…、いやらしい。
不潔だよ、和歌名ちゃん……。
思わず、知佳の手から芳香剤が滑り落ちる。
パキーンと音がして、プラスチックのカバーが外れ、御手洗いの床に転がった。
知佳が慌ててしゃがみ込むと、芳香剤の内側に黒い機械と、何かのケーブルが絡まっているのが目に入った。……なんだろう?
子供ながらに、知佳は瞬時にそれを理解した。
……これは…カメラだ。
東三条先生が、盗撮をしている? え?
しかし、その次に知佳が思ったのは、
『さっき、和歌名ちゃんと真愛ちゃんが何をしていたのか知りたい』ということだった。
東三条先生が気付く前に、どうしてもこの中に録画されたものが見たい。でも、どうしたら……。
知佳は視線をさ迷わせ、芳香剤のケースの中から、その機械だけを抜き取ると、
タンクの上にケースを設置し直し、後はわき目もふらずに御手洗いの外に飛び出していった。
「ねえ、知佳ちゃん」
声をかけられたことにも気付かず、知佳は急ぎ足で教室へと戻っていった。
その目は血走り、汗で前髪は額に張り付いていた。
次回、『秘密少年探偵団』