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井23 女の子の遊び


「…と、いうわけで、ご家族の都合により、柿本先生は、退職されることになりました。」


突然の発表に、教室の生徒達はまだざわついていたが、東三条克徳ひがしさんじょう かつのりは、それを放置して、淡々と言葉を続けていた。東三条は、今はもうマスクを付けておらず、その上品な甘い(マスク)を生徒達に向けながら、ちらりと、空席のままになった宍戸さやかの席を一瞥して、すぐに視線をずらすとこう言った。


「臨時ではありますが、今日からは私が(▪▪▪▪▪▪▪)、皆さんの担任になります。…どうぞ宜しくお願いいたします。」東三条先生が深々と頭を下げると、

クラスの一部の女子達の間で小さな歓声が上がる。


「まあ、東三条先生ならありかもね。」水穂みずほが、咲愛さくらに耳打ちする。「そうだね、タラコ唇が治ったら、やっぱイケメンだしね。」


……柿本先生いなくなっちゃうんだ。結構楽しい先生で、優しくて、わたし好きだったのにな…。


双葉和歌名ふたば わかなは、隣のさやかの机を見て、あの日の出来事を改めて思い出していた。


***********


「さて。」東三条先生は、教科書の角を教卓の上でトントンと(まと)めると、

「今日の1時間目は、道徳の時間ですが…、わたしが担任になってからの最初の授業になりますので、少し趣向を(▪▪▪▪▪)変えて(▪▪▪)

皆さんが楽しめることをしようと思います。」と言って、にっこりと笑った。


東三条先生の話す『授業と関係ないお話』は、いつも面白く、教科書から脱線した学び(▪▪)は、生徒達に人気があった。

今回も、そんな何かを期待して、生徒達は目を輝かせて先生に注目している。


「今日、みんなに紹介するのは…」東三条先生は足元に隠していた段ボール箱を、えいやと持ち上げると、それをドンと教卓に乗せた。

そのまま箱を横倒しにして、中身を教卓の上に広げる。「これです!」


クラスの皆が注目する中、そこに出されたのは、けん玉、ヨーヨー、めんこ、ベーゴマ、ビー玉におはじき、竹とんぼ、お手玉といった、『昔の子供の遊び』の数々だった。


「おや?皆さん。なんだ(▪▪▪)珍しくもない(▪▪▪▪▪▪)、と思いませんでしたか?」東三条先生が悪戯っぽく笑って言うので、皆は身を乗り出して続きの言葉を今か今かと待ちわびる。


「確かに、昔の玩具を使って遊ぶというだけでしたら、それほど面白くない、…のかもしれません。そこで!この道徳の時間を使い、これから何週かにかけてやっていこうと思うのは……」東三条先生が背中を向け、黒板にチョークで文字を書く。

昔の子供達(▪▪▪▪▪)になりきる(▪▪▪▪▪)ゲームです!」

ざわつく教室内。「え、なんか面白そう!」と早川雄大はやかわ ゆうだいが大きな声を出す。


「はい、先生。」ピシッと腕を耳に付けるようにして、真っ直ぐ手を挙げた赤城衣埜莉あかぎ いのりが、リボンをつけた髪を柔らかく輝かせながら発言の許可を求める。


どうぞ…、と東三条先生が手で促す。


「この授業には、どんな意味があるんですか?それに…柿本先生がお休みしていた間に、遅れた授業の分は、いつ進めるんですか?」

いつものように衣埜莉の目は東三条先生には焦点を合わせず、黒板の文字だけを見ているようだった。


東三条は、微笑みながら、このクラス一の美少女である学級委員に向き直って言った。


「この授業の目的はですね、昔の子供達の文化を知ることで、何故それが(すた)れたのか、今の時代と合わないのだとしたら、それはどういう理由からなのか、それらを身をもって体験することによって、本当の意味での理解を得ることにあります。」「遅れている授業に関しては、大丈夫。少し進みすぎている私の音楽の授業の時間を、それにあてることが出来るでしょう。」


ふん、とした顔で衣埜莉は肩にかかった淡い栗色の髪を払い、「わかりました。」とだけ言って机の上で道徳の教科書を(ひら)いた。



……さあ、楽しい道徳(▪▪▪▪▪)の時間が(▪▪▪▪)はじまるよ(▪▪▪▪▪)


**************




「けん玉は、この()を太陽、()を月として見立てることがあります。実はこれは大正時代から流行した遊びなんですよ。元を辿れば、起源は16世紀のフランスにまで(さかのぼ)ります。王公貴族の遊びとして流行したものなんだそうです。」

たかがけん玉(▪▪▪▪▪▪)が、急に神話の時代に執り行われた儀式の道具のように思われて、生徒達の想像力を一気に掻き立てる。いつしか子供達は、お皿に玉が乗ることに一喜一憂して、得意気な顔をした男子達が競い合う中、早川雄大が玉の中央に開いた穴に、棒を突き刺して歓声をあげていた。


「知ってますか?ビー玉というのは、ラムネの蓋として発明されたのが先で、それを遊びに利用したものなんです。面白いことに、これは、ラムネのおまけではないんですよ。実用的な道具を、おもちゃとして遊びに使ったのが始まりなんです。」東三条が用意してきた(から)のラムネ瓶に女子達が集まって、中に入ったビー玉が、どのように注ぎ口を密閉する仕組みなのかを観察する。内側で狭くなったところにある窪みにビー玉をひっかけて、斉藤水穂さいとう みずほが「すごーい」と言う。「ちょっと貸して」と井上咲愛いのうえ さくらが、小さな飲み口に指を差し入れようとする。「あはは、このビー玉はですね、熱湯に入れて、キャップを柔らかくして、無理矢理引き剥がさないと取れません。学校ではやれませんよ。危ないから。お父さんやお母さんと一緒でないといけませんね。」

気付けば、瓶にほんのり残る甘い匂いが指に移り、それに気付いた女子達は、内緒で頬を赤らめていた。


教室の反対側では、大きな眼鏡とマスクをつけた女の子、 村田知佳むらた ちかが、3つのお手玉を天に向かってポンポンと交互に投げ上げては、交差する手で受け取って、その瞬間にすぐ投げ上げて、皆の注目の(まと)になっていた。リズミカルに放り上げられる布の袋が、その手の中に落ちる度、中に入った小豆がマラカスのように、チャ、チャ、チャと音を立てる。



床に散らばった色とりどりのおはじきを囲んで、女子達がお尻を後ろに付き出して肘をついて笑い声をあげている。


「さて。……今、みんなで遊んでいるおはじきやお手玉が、女の子の遊び(▪▪▪▪▪▪)だというと、皆さんはどう感じますか?」 女子達の間に入ってきた東三条先生が言う。「女の子は、女の子らしく、男の子は男の子らしく。さて、女の子と男の子の違いってなんだろうね?」


教室の隅では、双葉和歌名ふたば わかな高嶺真愛(たかね まな)が、二人で向かい合って、わらべうたを唄っている。

二人はお互いの手に、小さな(こぶし)を軽く作って、上向きにした小さな穴に向かって、唄のリズムに合わせながら、順番に指を差し込んでいく。わらべ唄特有の、意味のわからない歌詞が繰り返されて、段々とスピードが速くなり、和歌名と真愛は頬を上気させて、汗ばんだお互いの顔を見つめながら、何度も何度も指の出し入れを繰り返していた………。


暖房が効いた締め切った教室内では、子供達の熱気で窓ガラスが曇り、子供達は二酸化炭素を吐き出し、気だるくて、何だか少し眠くて、教室の天井が、軽くぐるぐると回って、それでも遊ぶことに夢中で、やめられなくて、皆、ぼんやりとした顔をして、今していることに集中していた。


湿った上履きと、淀んだ牛乳の(にお)いが、どことなく漂う教室で、東三条は端正な顔を崩さない程度に唇を歪ませて、教室の角にある担任のデスクから、子供達のそんな様子を眺めていた。


やがて、頃合いを見計らったように、東三条先生は立ち上り、手をぱんと叩く。

興奮して頬を紅く染めた生徒達が、皆手を止めてこちらを振り返る。


「……今から、面白い遊びをしようと思います。」 東三条先生の夢見るように甘い、バリトンに近い声が、子供達の耳に心地よく響く…。


* * * * * * * * * *


「……ルールを説明します。」


先生の指示で、 教室の一方に机と椅子を全部寄せた後、生徒達は、男女隣り合わせの順番で立たされて、

その後、輪になって、円の内側に体を向けて体育座りで座るよう促された。


「はい、輪になって座った人達は、合図があったら目を閉じてください。そして、両手の手のひらを上に向けたまま、後ろに回してもらいます。」

「……鬼になった人はこの()を手に持って、みんなの輪の外側を回ります。」東三条先生は、くすんだ包帯か何かような端切(はぎ)れをヒラヒラとさせて、みんなの注目を集める。

「鬼になった人は、気付かれないように、

誰か1人の後ろ側の手の中に、この布を落としてきてください。」と東三条先生が、良く透る声で言った。


「…布を落とされた人は、一周して鬼が戻ってくる前に、自分が布を落とさ(▪▪▪▪▪▪)れた人であること(▪▪▪▪▪▪▪▪)に気付き(▪▪▪▪)すぐに立ち上がって鬼を追いかけなければなりません。」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


東三条の指名によって、最初に()に選ばれたのは、村田知佳だった。さっきまで休みなくお手玉を披露していたせいで、鬼に指名された時には、彼女はすでに肩で息をし、酸欠気味に足をふらつかせて、(かろ)うじて立っているような状態だった。


先生は、そんな知佳の後ろに回り込み、彼女が真っ直ぐ立っていられるように、大きな手で彼女の両肩を支えていた。


「 逆に、鬼の人は、空いたところに座り込んでしまえば、勝ちです。

鬼は交代です。」


先生がルールを説明している間、子供達は目を(つむ)ってくすくすと笑い合っていた。東三条先生が、「あ、そうだ大事なことを忘れていました。」と明るい声でさりげなく付け加える。


「…鬼が一周して戻ってくるまでに、布に気付かなかった子は、そこでタッチされて終了です。また、逆に、追い付かれてしまった鬼もアウトです。

タッチされた子、アウトになった子は、みんなの輪の中心に入って、このゲームから(▪▪▪▪▪▪▪)離脱してもらうことになります。

……そこは、お便所(▪▪▪)』って呼ばれてますね。さ、始めましょ!」


そう、この遊びの本当の名前(▪▪▪▪▪)


『ハンカチおとし』。


「村田さん。」東三条先生が知佳だけに聞こえるように耳元で囁く。

「実はこの布は()のものなんです。本当の遊び方はですね……、ハンカチ(▪▪▪▪)を使うんです。

「え?で、でもそれって…」知佳は混乱したように、目をさ迷わせる。「昔の子供は、その辺りの感覚が、今とは随分と違いますよね」「…で、でも…、」「昔の子供になりきってみましょう」「え、」「ほら、あなたの準備を、みんなが待っているんですよ。」「で、でも」マスクをした知佳は酸欠の程度が他の子よりも高く、足元がふらついていた。


「ほら、みんなを待たせないで」東三条は知佳の汗ばんだ手を優しく掴み、腰にあるハンカチポーチの上へと導いていく。


「せんせー、まだですかあ」早川雄大が目を閉じたまま足をばたばたさせる。

「ほら、早く。」と東三条は知佳の指を掴んでスナップボタンに手をかけさせた。


「ほら、村田さん、みんな、目を(つむ)っているから。…誰も見ていませんよ。」


*パチン*


知佳が蓋のボタンを開けたのを確認して、東三条は、素早く彼女のポーチの中に手を滑り込ませて、

彼女のハンカチを掴み出した。


「あ」と知佳が小さな声を上げる。


東三条は、知佳のグレーのハンカチを手の中で開き、その中央に、うっすらと洗いきれていない(▪▪▪▪▪▪▪▪)スパゲティのオレンジ色の染みを見つけて、ふっと笑った。


東三条はその視線を、そのまま知佳の方に戻すと、ハンカチを知佳の手の中に押し付けた。

知佳は自分のハンカチを握ると、

東三条に背中をぐいっと押されて、

クラスメイト達の輪の外周に、震える足を踏み出していた。

次回、『デスゲーム』

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