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井16 知佳ちゃんという子


村田知佳むらた ちかは、和歌名わかなのクラスにいる目立たない女子の一人だった。


身長は、前から3番目。度の強い大きな眼鏡をかけていて、髪は丁度七三分けになるように、おでこの上で黒いクリップによって留められている。肌色は黄色(イエベ)寄りの白。

目はくりっとして大きめだが、度の強いレンズのせいで歪み、顔全体の 面積に対しての目のバランスがちぐはぐに見えてしまう。


村田知佳は、いつも不織布の白いマスクをつけていた。

その低めの鼻に乗ったマスクは、凹凸(おうとつ)が少なく、とちらかと言うと平坦に近い。顔自体が小さいせいで、マスクはいつもぶかぶかに見えていた。


***********



「ごめーん、ちょっとそこどいてー!」

斉藤水穂さいとう みずほ井上咲愛いのうえ さくらが、ドタバタと走ってきて、

…ドンッと知佳の体にぶつかる。

よろけた知佳は、思わず後ろにあった赤城衣埜莉あかぎ いのりの席に、

お尻からすとんと腰掛けてしまった。


それを見た水穂が、走って戻ってきて「ちょっと!やめて!そこ、衣埜莉ちゃんの席よ!」と言いながら、知佳の肩を(つか)んだ。


知佳は「…ごめんなさいっ!」と小さな声で言って、立ち上がろうとした。が、肩を(つか)まれているせいで、うまく体を起こすことが出来ない。


「もう!早く立ちなさいよ!」追い付いてきた咲愛も水穂の横に立ち、知佳のことを()かしてきた。

「どきなさいよ!」

水穂が手に力を込めて引っ張ると、知佳の着ていた緑色のトレーナーの襟首がぐいっと伸びて首が締まった。

「いたい!」

咄嗟に知佳が、その手を振り払うと、偶然、手の甲が水穂の側頭部にぶつかり、その拍子に

赤いリボンが弾け飛んで、床に転がった。


「!!」


「なにするのよ!」と水穂が手を上げた、その瞬間……、「ちょ!ちょっと!」と双葉和歌名ふたば わかな(つまず)くようにして、2人の間につんのめって入ってきた。


……時間が、戻る。『走ってきた水穂達に知佳がぶつかる』その少し前、に。


*********



「いったいどこにあるんだろうね?」


いまだ発見されていない、双葉和歌名のリコーダーを、毎日のように(▪▪▪▪▪▪)暇さえあれば(▪▪▪▪▪▪)、探し続けている高嶺真愛たかね まなが、腕を胸の前で組んで、難しい顔をしながら首を(かたむ)けていた。ツインテールが天秤のように片方に(かし)ぐ。


「真愛ちゃん?もういいよ。だいたいさ、もう学校に無いかもしれないし。」和歌名が不必要に大きい身振り手振りをしながら、早口で言う。

……実際のところ、リコーダーは内緒で家に持ち帰り済みだ。親には申し訳なかったが、新しいのを買ってもらってしまった…。

唯一わたしだけがリコーダーが見つかっていないと聞いて、前に衣埜莉ちゃんが、「なら、わたしの使う?どうせわたしも新しいの買ってもらうから。」と言ってきたが、丁重にお断りしておいた。横で聞いていた、取り巻きの(▪▪▪▪▪)水穂ちゃんが凄い顔をしてこっちを睨んでいたから……。


と、とにかく。今、わたしは真愛ちゃんに向かって「もう探さなくていいから。」と言っていた。


「そんなわけにはいかないだろ。」


早川くんが、名探偵のように、顎に曲げた人差し指をあてがって登場する。「なんで、あんたが出てくるのよ?」真愛ちゃんがとても嫌そうな顔をする。まあまあ…。


わたしはおどけて2人に言った。「ま、まあ、こうなってくると、わたしのなく(▪▪▪▪▪▪)なったリコーダー(▪▪▪▪▪▪▪)は、学校の七不思議に加えるしかないね……アハ、アハ」あれ?しまった、すべったかな……。


「確かにそうね……」「ふむ。」あれ?2人とも逆に真剣そうに(うなず)いていた。


「じょうだんよ、じょうだ…」「学校の七不思議……、そう、それは」早川くんが眉間にしわを寄せて語り出す。「一つ目は、定番、夜の音楽室。」「甘い香りとメトロノーム。」真愛ちゃんが言葉を続ける。あれ?それ、なんか知ってるかも……。て、言うか、七不思議ってほんとにあるの??「二つ目は、理科室の怪。」「動く人体模型。」「これもベタ。」


…なんか、この2人、意外と息があってないですか?言ったら怒られそうだけど。


「三つ目は、屋上への13階段。」「四つ目からは、わが校のオリジナルも登場するわ!」え?もう、いいから……。「四つ目は、幸せの黄色い蝶々」…幸せのパターンもあるのね。「五つ目は、死の赤い蝶々。」て、なにそれ?


「いたい!」女子の声がして、和歌名の目の前を、小さな赤いリボン(蝶々)が横切った。思わず和歌名は手を伸ばしてそれを捕まえようとした……て、こっちの色は『死』の方やないか~い!


赤い蝶々は、床に落ちて、くるくると回り、和歌名は体のバランスを崩して、「ちょ、ちょっと!」つんのめったまま水穂と知佳の間に入っていた。


水穂の手がパチン!と和歌名の頬にクリーンヒットする。


「!!」


「なにすんの!!」真愛が飛び込んできて、小さな体で和歌名を受け止める。

和歌名はびっくりして、自分の頬を押さえたまま立ち(すく)んでいた。


「い、いいからあんたは早く立ちなさいよ!」咲愛が、知佳の腕を掴んで席から立ち上がらせる。


「ちょっと、ちょっと!なにこれ、どういうこと?」真愛が怒りに燃えた瞳?で水穂と咲愛のことを見る。早川雄大はやかわ ゆうだいも前に進み出たが、和歌名と知佳を除く女子達から、キッと睨まれてすっと後ろに下がっていった。


「説明して、斉藤さん!どういうこと?」真愛が水穂のことを睨みながら言う。

ようやく我に返った和歌名が、真愛のことを片手で後ろに下がらせる。


次に和歌名が「村田さん、どうしたの?」と、知佳に、優しく声をかけた。

水穂が、床に落ちたリボンを拾って「あなたをぶつつもりはなかったの……ご、ごめん。」と和歌名に向かって言う。

「じゃあ、誰をぶつつもり(▪▪▪▪▪▪▪)だったのよ!」と、真愛が腰に手をあてて、スカートの脚を肩幅に(ひら)きながら叫んだ。


そこで知佳が「わ、わたしが悪いの……」と前に進み出てきて、マスクの中のくぐもった声で、ポツリと言った。


今度はそれを聞いた和歌名が「どういうこと?」と水穂を振り返る。


知佳が「…わたしが、赤城さんの椅子に座っちゃったから…」と言うと

「そこまで!」と真愛が、彼女の言葉を(さえぎ)った。

「なにそれ?そんなことでぶたれなきゃいけないの?」


水穂が、真愛の迫力に気圧されなから

「そ、それだけじゃないから、村田さんがわたしのリボンをはたいたから……!」そう言って、リボンが飛んだ方向を指差した。

手を上げた水穂を見て、知佳がびくっと体を縮こませて、眼鏡の中で目をつむり、両手で顔をガードするような姿勢になる。


そんな知佳の様子を見ていた咲愛が「…うざ」と小声で(つぶや)く。


真愛が「なに今の言い方?ひどくない?」と言って咲愛に詰め寄る。咲愛の方はといえば、真愛とは目を合わせないで、笑って斜め下を見ながら「は?」とだけ言った。



「……なにしてるの?」


その声に水穂と咲愛、和歌名と真愛が、いっせいに振り向く。


そこには、淡い栗色のストレートの髪をふわりと光らせて、微かに青みを帯びた瞳をこちらに向けた、

透き通るような白い肌の少女、赤城衣埜莉が立っていた。

「衣埜莉ちゃん!」水穂と咲愛が駆け寄る。

真愛は、一瞬(ひる)んだ後に、キッとした顔で睨む。


衣埜莉はふうっと肩でため息をついて、皆の顔を順繰りに見ていくなか、村田知佳の姿は見えていないように素通りした後、

和歌名のところで目を止めて言った。

「…なにかあったの?」


「どうも、こうもないよ。」和歌名が首を振りながら答える。「村田さんが、衣埜莉ちゃんの席に座っちゃったから、水穂ちゃんが怒っちゃったみたいでさ」「ふうん?それで?」「まあ、なんやかんやでわたしがビンタされちゃった、ってだけ」「……よくわからないんだけど?」


水穂は、衣埜莉が気安く和歌名に(▪▪▪▪▪▪▪)話しかけ(▪▪▪▪)和歌名も(▪▪▪▪)衣埜莉に気安く(▪▪▪▪▪▪▪)答えている(▪▪▪▪▪)のを見て、何故だか体が震えてくるのを抑えることが出来なかった。


真愛は、和歌名の顔と衣埜莉の顔を何回か往復するように見て、(??)と首を(かし)げていた。


衣埜莉は急に興味を失ったように無言で、自分の席に歩み寄っていき、知佳も逃げるように、そんな彼女に道を開けた。

「…もう、いいかしら?」席に座った衣埜莉が片方の手で、柔らかい髪をふさっと軽く掻き上げると、後ろで大きな赤いリボンが小さく揺れた。


そこで予鈴が鳴り、「…じゃ、また後でね」と水穂と咲愛もあまり納得していないような顔をして、自分の席に戻っていった。


真愛と和歌名は、まだおどおど(▪▪▪▪)としている知佳を連れて、そこを離れた。


「村田さん、大丈夫だった?」「気にしちゃダメだよ。」和歌名と真愛が、それぞれ声をかける。知佳は、2人には目を合わせず、「うん」とだけ答えた。

2人は知佳の真っ赤になった耳と、汗ばんだ額、曇った眼鏡のレンズを見て、なんだか自分達が彼女をいじめているような気がしてきて、決まり悪そうに微笑んだ。

言葉にはしないが、彼女からうっすらと汗の臭いがするのを、2人は気にしないようにして黙っていた。


*************



村田知佳は、自分の席に戻って、静かに教科書の準備をしていた。額の汗の量は、さっきよりもさらに増えて、やがて細く流れ落ちるほどになっていた。


知佳はマスクの中で口をもごもごと動かしていた。


あろうことか

知佳は、さっきの水穂達とのやりとりの最中に、緊張のあまり、不織布のマスクの中に(よだれ)少し(▪▪)流してしまっていたのだ。それはすでにマスクの中で乾いて、嫌な(にお)いを発していた。御手洗いに行って、マスクを替える時間はなかった。

気にしないようにしようとすればするほど、知佳の鼻は、乾いた唾の臭いを吸い込んでしまう。

…でも、ある意味これは、知佳にとって嗅ぎ馴れた臭いでもあった。


何故なら、知佳は(▪▪▪)いまだに(▪▪▪▪)寝ている間に(▪▪▪▪▪▪)枕を涎で濡らして(▪▪▪▪▪▪▪▪)しまう女の子(▪▪▪▪▪)だったからだ。

次回、『知佳ちゃんの秘密』

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