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井104 冬休み


終業式が終わり、双葉和歌名(ふたば わかな)は、ランドセルを背に通学路を下校していた。

隣にいるのは、ブラウン肌の美少女、高嶺真愛(たかね まな)。颯爽とツインテールを揺らして、まだ雪の残る畑と、歩道の境界線を蹴散らしながら歩いている。


「二学期は色々あったね……。」と、真愛が感慨深そうに呟く。

「確かに。」と、和歌名が同意し、毛糸の帽子を被り直す。

彼女の頭の傷は、ほぼ完治したが、側面の髪はまだ伸びきっていなかった。


「おーーーい!双葉ー!待てよ~!」と後ろから声がする。


「和歌ちゃん、待たなくていいわよ。」真愛はそう言うと、サッとしゃがみ込んで、手袋をした手で雪だまを作り始めた。


「おーい!双葉!」と、クラスメートの早川雄大(はやかわ ゆうだい)が走り寄ってきた瞬間を見計らって、

真愛が思い切り、彼の顔に向けて雪だまを投げつけた。

「うおっ」と雄大は体を捻り、寸前で避け、その拍子に尻餅をついた。


「……その反射神経、……褒めてあげるわ。」

「真愛ちゃん?!早川君、つい最近、捻挫が治ったばかりなんだよ??」

「そ、そうだぞ!今の攻撃、俺じゃなかったら死んでたぞ……。」


「早川くん、大丈夫?!」と、追い付いてきて彼の肩に手を伸ばしたのは、

眼鏡とマスクの少女、村田知佳(むらた ちか)だった。


「知佳ちゃん、ごめんね?」と和歌名が謝ると、「何で双葉が謝るんだよ。……そして何で村田に謝るんだ?おかしいだろ。」と雄大が言いながら、

知佳の差し伸べた手を断り、一人で立ち上がった。


「何の用?」と真愛が言う。


「あ、そうそう。双葉?あのさ、お前のとこ、サンタ来た?」


「なんの用かと思えば、あんた、………え~っと、やっぱりなんの用?」と、真愛が言う。


「お前に聞いてないだろ。まあ、高嶺でもいっか。……お前のとこ、サンタ来た?」


「来たわよ、もちろん。」「わたしも来たわ

」と、和歌名が言う。


「……だよな?俺んとこにも来た。」「だからなによ?」と、苛々と脚を踏み鳴らしながら真愛が雄大を睨む。


「ところがさ、村田に聞いてみたらさ、……なんと、こいつんち、サンタが来なかったって言うんだ!」「「え……??」」二人の少女は絶句して、村田知佳のことを見る。


「な、なにかの間違いじゃない?」「知佳ちゃんみたいにいい子のところにサンタが来ないだなんて………。早川君のとこに来なかったっていうなら、なんとなくわかるけど……。」


「おい、双葉?今さらっと俺の悪口を言ったな?」


「悪口じゃないわ、事実よ!あんた、ホントにサンタ来たの?見栄張ってない?」と真愛が言う。

「なんで、そこで俺が見栄張るんだよ?!………と、とにかく。村田のうちにサンタが来なかったってのは妙だ。これは、我ら秘密少年探偵団の出番じゃないか?」


和歌名は、雄大を無視して「知佳ちゃん、それホントなの?」と聞いた。

知佳は「え、ほ、本当だよ……。わ、わたし、今まで一度もサンタクロース、来たことないし……。」と言った。


「「「え、え~~?!」」」


今度は三人が揃って驚きの声を上げ、すぐに知佳の周りを取り囲んだ。


「ちょっと待って??サンタさんが来たことないって、どういうこと??そんなことある?」と真愛が言い、意味もなく雄大の頭をはたいた。

ぶたれた雄大は「おい?!」と真愛の背中を叩こうとし、「変態!死ね!」と、逆に太ももの裏を蹴られた。


「……でも、今年のクリスマスはもう終わっちゃったし……。今からわたし達で何か出来ることある?」と和歌名が肩を落としながら(つぶや)く。


………重い空気が辺りを包む中、

知佳が小さな声でこう言った。

「わ、わたし、一度もサンタさんが来たことないから………、他の人の話を聞いて、いつも、ふ、不思議に思ってるんだけど………。どうしてサンタさんって、戸締まりしたうちに……その、し、進入できるの……?」


「確かに。」と雄大が言う。「もしかして、村田んちって、ああ見えてセキュリティが物凄いとか?サンタの進入を許さない難攻不落の要塞なんじゃないか……?」


「まさか、そんなことってある?」と真愛が言う。「うちだって二重ロックだし、シコムにも入ってるわ。パパは柔道三段だし、クリスマスの夜は寒かったから雨戸も閉めて寝たぐらいだし。」

「村田さんが夜、寝なかったって可能性はある?ほら、寝ないとサンタは来ないって言うじゃない?」と和歌名が腕を組みながら、首を(かし)げる。

「だな、俺も今年は興奮し過ぎてさ、なかなか寝れないでさ、夜中に手洗いに3回くらい行った。廊下で出くわした親父に早く寝ろって怒鳴られてさ……お前が寝ないと俺も寝れない、とか言われて……。でも結局、朝になったらサンタは来てたんだよな。わざわざ中学生の姉ちゃんにもプレゼント持って来てたし。」


知佳は、段々と居心地が悪そうに、キョロキョロとし出し、執拗に顔を見てくる雄大の視線から目を逸らし始めていた。


………。


………わたしにだけサンタさんが来ない理由、……本当はわかっている。


ていうか、来てほしくない……。寝ている間にわたしの身になにが起こっているか……それを見られたくない……。


「でもさ、よく考えてみたら、無用心じゃないか?」と雄大が考え込むような顔をして言った。

「だってさ、俺はともかくとして……、夜、女子の寝室に、太ったおじさんが入り込んできて、部屋を歩き回るんだぜ。……怖くないか?」


「言われてみれば……。」と、真愛が顔を青ざめさせ、「和歌ちゃん……。」と言って腕にしがみついてくる。


「サンタって、子供が大好きなんだよな。」


「こわっ。よく、女の子にいたずら目的で、近付く大人、とかって聞いたことあるよね。」


「えー?でも、イタズラするくらいならいいんじゃない?お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、って言うしね。」と和歌名がおどけてみせる。「え……和歌ちゃん、いたずらってそういう意味じゃない…………。」


「だいたいさ、知らない大人に、物をもらっちゃいけないんだぜ?」「サンタさんは知らない大人なのかしら……」と和歌名が言い、「だってわたし達、サンタさんのこと知ってるでしょ?親も知ってるみたいだし…」と言った。


「それも怖いな……うーん、じゃあ今までの情報をまとめてみよう」雄大が(あご)に人差し指を鉤爪の形にして、あてがいながら言う。

「……クリスマスの夜、これは子供のいるどこの家庭でも起こる出来事……。」


……………。


………少女はベッドの中で、自分の体温の温もりに包まれながら、

幸せそうに微笑み、寝返りをうっていた。

時折、唇がむにゅむにゅと動き、乾いた口内の匂いを枕カバーに押し付け、静かに寝息をたてる。


……丑三つ時を過ぎた頃、少女は寝返りさえやめ、深い眠りに落ちた身体を、柔らかいマットレスに沈み込ませていった。


そんな静かな闇の中を、小太りの男が踵を上げながら、そおっと廊下を歩いてくる……。

男は口許をニヤニヤと緩ませて、少女の部屋を見つけると、ゆっくりと音を立てないようにドアのノブを回していった。

……手にかいた汗が銀色のノブを湿らせる。


男は、少女の部屋に入ると、すうっと息を吸い込み、甘い女の子の匂いと、どこかすえたような汗の(にお)いが混ざった室内の空気を堪能する。


……ベッドの枕に、長い髪を散らす、白い顔の少女の姿を視界に捉える。


男は、白髪交じりの、ごわごわとした毛に覆われた自分の赤い鼻を突き出して、寒さで先端から透明な水を少し垂らしながら、

だらしなく膨らんだ腹を、少女の方に向けた。


少女のベッドには、柔らかい布で出来た袋状の物が出しっ放しになっている。


それは少女が下半身に身に付ける布で、1日履き続けると、汗と成長期の分泌物で、強い臭いを発する、あの装着物だった。

通常、それは洗っても残る黄ばみと黒ずみが裏に残り、何度も履くと少女の身体の形によれたままになるもの……。

……だが、この靴下は、まだ履いたことのない新品のようで、男は残念そうにそれに触った。


男は、おもむろに自分の袋からボロンと取り出した物を、包装紙もそのままに、少女の出しっ放しになった靴下に差し込み、気付かれない早さで、その固い箱を捩じ込むと、……すぐに事を終えた。


男は優しい笑顔になって……、少女の幸せを祈りながら、穏やかな気持ちで、可愛らしい顔を見つめ、再び爪先を立てると、部屋の床をきしませながら扉に戻っていった。


「……なんか無用心だよな……。」と雄大が再び同じことを言う。


「やだ………。わたし、来年からサンタさん断ろうかしら……。」と真愛が怯えた目をして、和歌名にしがみつきながら言う。


丁度その時、後ろから通りかかったクラスメートの斉藤水穂(さいとう みずほ)と連れ立った井上咲愛(いのうえ さくら)が立ち止まり、

「なに?あなた達、まだサンタを信じてるの?」と言った。「……男なんて信じちゃダメよ。」と水穂も言う。「もう、子供じゃないんだから。自分達の身は自分達で守らないと。男なんてみんな変態よ?」


「や、優しい人もいると思うけど……」

と、知佳が顔を赤くしながら言う。


咲愛と水穂は、ちらっと早川雄大と村田知佳のことを見比べて、顔を見合せると言った。

「……まあ、そうかもね。……正直、あんたみたいなのと早川君が仲良くしてるのを見ると……優しい、のかな?って思う……」


真愛が「それ、どういう意味?!」と咲愛の胸ぐらを掴む勢いで詰めよってくる。


「あーごめん、ごめん、……お幸せにー!」と言って、二人は走って逃げていく。


「あの、二人……変わらないわね……」と真愛が言い、和歌名が、まあまあ、と肩を叩く。


「そうだ!お前ら!大晦日は空いてるか?」と突然、雄大が嬉しそうに手をパンと叩きながら叫ぶ。

「なによ?藪から棒に。」


「あのさ、我ら秘密少年探偵団、一年の計を迎えるにあたって、最後に光雲寺に行かないか?」「で?」

「みんなで初夜(▪▪)の鐘を突きに行こう!!」


真愛によってパコーンと雄大の頭は、はたかれ、知佳は赤面して涙目になった。


双葉和歌名は、そんな探偵団の面々を、生温かい目で見つめ、……今年のサンタさん、偉い人の話と、マンガ日本の歴史を持ってきたけど、………わたしも来年からは……、もういいかな……。と考えているのだった。

次回、『今年、最後の配信』

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