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井103 紫園のワルツ


バルコニーのせり出したダンスフロアには、この日の為だけに巨大なシャンデリアが設置され、

招待客達の多くはそれを見上げ、(ああ、今年もこれで終わりだな)と感慨に(ふけ)っていた。


床に敷き詰められた濃いエンジ色の絨毯。唐草紋様の壁。

人々は、タイタニック号に乗り合わせた富裕層のように、夢見る顔で談笑をしている。

楽団が演奏する曲が、静かなセレナーデからワルツに変わり、

………一人の少女をエスコートした三上クリスティーヌが、階段の上に登場する。


会場からざわめきが上がり、その後ろから宍戸あきらと、宍戸さやかが連れ立って現れ、

そのさらに背後から宍戸かぐやが静かに下りてくる。


あちこちから拍手が上がり、その中に(たちばな)鋭利(えいり)と、その妻の姿も見える。


宍戸かぐやに少し遅れて、東三条(ひがしさんじょう)克徳(かつのり)が出てくると、楽団の指揮者が彼に向かって軽く微笑み、克徳も微笑み返す。


鳴り止まぬ拍手の中、宍戸あきらは、妹の手を取りながら、気付かれぬ程度にキョロキョロと、……吉城寺紫園(きちじょうじ しおん) の姿を探していた。


(お兄様、どうしたの?)とさやかが正面を向きながら小さな声で言う。


(紫園くん、どうしたんだろう?心配だよ)とあきらは言い、三上クリスティーヌにエスコートされた、初めて見る(▪▪▪▪▪)紫園くんの許嫁の後ろ姿を見つめていた。


……背格好は紫園くんと丁度同じくらい。白いドレスの肩は羽根のように開いた形になっていて、背中のリボンから飛び出した帯が、風の軌跡みたいに螺旋状に渦巻いている。

キラキラとしたヒール靴にも翼が付いていて、それはまるでギリシア神話の神が履くブーツのようだった。

頭にはちょこんと小さなプリンセスの冠を戴せており、彼女は姿勢正しく階段を(くだ)っていく。


曲が一区切りすると、いつも練習していた、組曲仮面舞踏会が流れ出す。


クリスティーヌがうっすらニヤニヤ笑いながら、少女を連れてきて、あきらの前に立たせた。「さ、どうぞ。踊りなさい。」と言って、あきらの腕に少女を押し付ける。


(紫園くんはどうしたんですか??)とあきらはクリスティーヌに尋ねようとしたが、背中をぐっと押され、ダンスホールの中央に押し出されてしまった。


小柄で可憐な、天使のようななりをした少女は、恥ずかしそうにあきらから目を逸らし、汗ばむ手を、彼の大きな手のひらに預けてきた。


……どういうことだ?紫園くん、まさか直前で怖くなって出てこれないとか?

ステップを踏み始めながら、あきらは……チラッとクリスティーヌの方を見やって……、何か事情がありそうだな……。間埋めの時間稼ぎに、僕がこの子と踊るのだろうか?どうなってるんだ?紫園くんが心配だ。

と、クローズドポジションからプロムナードポジションへ視線を戻しながら、

………ふむ。この子、なかなか仕上げてきてるな。踊りが上手だ。小さいのにかなり練習してるな……。と考えていた。


ウィスクからシャッセへ移行。


優雅に視線を合わせ、思わずあきらは微笑んでいた。


少女はそんなあきらの顔を見て、真っ赤になりながら目に涙を溜める。


あきらは、それを見て、……紫園くん、ダメじゃないか。こんなに可愛い子を泣かせて……。と思った。


……ところで、この子、どこかで会ったことがあったかな?見たことがある顔だな。

……正面から1/4回転、1/8回転……。


あ!……一瞬、少女の脚がもつれ、あきらは腕に力を入れて、強い力で彼女を立ち直らせる。……少女は夢見るような顔で、あきらに身を任せ、

すぐに自分の力で立つとステップを踏み始めた。


……ああ、やっぱり楽しいな。あきらはそう思ったが、終始、涙を溜めている少女の瞳を覗き込むと、……この場から逃げ出したであろう紫園くんに、若干の苛立ちを覚えてしまうのだった。


「紫園くんはどこに行ったんだ……?」思わずあきらの口からポツリと言葉が漏れる。


それを聞いた少女は、フィガーに寄り添い踊りながら、驚いた顔をしてあきらを見上げた。


……………。


…………。


………あ、そうか……。




……こんなの(▪▪▪▪▪)ぼくじゃない(▪▪▪▪▪▪)


お姫様とか、天使とか、ふわふわのドレスとか……。


そんな表層(見た目)を、あきらさんは見ていないんだ………。


いつもあきらさんは……ありのままの(▪▪▪▪▪▪)ぼく見ていてくれている……。


そして、今、あきらさんは……

いつもの自然体のぼくを探している……。


ぼく、なにやってるんだろう………。


あきらさんが愛してくれている(▪▪▪▪▪▪▪▪)のは、そのままのぼく………。


ずっと、わかっていたんだ……。だっていつも、あきらさん、ぼくと一緒にお風呂に入りたがっていたし……。ありのままのぼくをもっと知りたがっているって………。


ぼくが勇気がなかっただけ……。


あきらさん。ごめんなさい。まだぼくは全部を見せる勇気はないけど……。今日のこれは違うよね?

……こんなに着飾ったぼくは、ぼくじゃないよね(▪▪▪▪▪▪▪▪)


待ってて!!!


少女は、急にあきらの手を振りほどくと、背を向けて逃げ出していった。ざわめきが起こる中、白いドレスの小さな姿が、ダンスホールを横切り、人々をかき分け、消えていく。


楽団の演奏が止まる中、呆然としたあきらはホールの中央に立ちすくみ、慌てた様子の三上クリスティーヌが少女を追いかけていくのが見えた。


その様子を見ていた宍戸かぐやは、

……動揺して、思わず左右の人間達の顔を見ていた。


さっきまで宍戸さやかと踊っていた東三条(ひがしさんじょう)克徳(かつのり)も動きを止める。


……おい、おい、宍戸あきらが吉城寺家の令嬢と破談か??願ったりかなったりじゃないか……これは………今が絶好のタイミングなんじゃないか?


不審な顔をして彼のことを見上げるさやかを無視して、克徳は、多くの客の中に交ざって身を隠していた(たちばな)華雅美(かがみ)を探し出し、目を合わせる。


それを合図に、美しい顔をつん、と心持ち上向きにしながら、華雅美は優雅にドレスを靡かせてホールに歩み出てきた。


そして、胸の谷間から筒状の容器を引き出すと、さやかの顔を一瞥し、ニコッと笑う。


克徳は汗で濡れた筒を見てウッとえずいたが、我慢して、ポケットから取り出した手袋で綺麗に表面を拭き取った。


「皆さん!!」


東三条克徳が良くとおる大きな声で叫ぶ。


彼の隣に、勝ち誇った顔をした橘華雅美が寄り添った。


さやかが(え、今?)と戸惑ったような表情をして、克徳の顔を見たが、すぐに華雅美の自信満々な顔を見て、……可笑しそうに笑った。


「皆さん!!……私がここに持っているのは、……今は亡き宍戸(ししど)雪仁(ゆきひと)氏の遺書です!!」


宍戸かぐやが『は?』といった顔をして、会場内の(たちばな)鋭利(えいり)の姿を捉え、『どういうこと??』と睨む。


鋭利が慌てて一歩踏み出そうとすると、横から彼の妻が腕を掴んで引き留めた。「こ、これは?どういうことだ?!」そう叫ぶ夫の顔を睨んで、彼女は首を横に振った。


「ここには、こうあります!

『宍戸家の最も大切な財産は、地域の、花と植物を愛する全ての人に分け与えることとする。宍戸邸の花咲き乱れる庭は、全ての人々の物だ。豊かな者も貧しき者も、平等に分配すること。』」


「宍戸かぐやさん、あなたはこの遺書の存在を隠蔽した!!そして、この遺志は全く実行されていない!今ここに私は告発する!

……宍戸かぐやは、宍戸雪仁氏の遺言を守り、今すぐ宍戸家の財産を地域住民に分配するべきだ!!」克徳は口の端に泡を出しながら、興奮して高らかに宣言した。


橘鋭利が妻の手を振り切って、宍戸かぐやの元に走る。

あきらは一体何が起こっているか分からず、まだぼんやりと宙を見つめていた。

さやかは、「な……」と言葉を詰まらせた後、……すぐに冷静な顔に戻り、遠くで驚いた顔をする、パンドラプロダクション社長、雨宮世奈の姿を視界に納めた。

……宍戸家なんて、滅びたって構わないわ……。やっぱり私、アイドルになろうかしら…………。


東三条は、クックックッと、肩を揺らして笑い、華雅美は彼の腕を掴んで静かに微笑んでいた。


「東三条!裏切ったわね?!鋭利!これはどういうこと??なんで、あの遺書があの男の手にあるのよ?!」と、かぐやが周囲の目を気にせず、大声を上げる。「わ、わからないよ、かぐやちゃん」と、鋭利は昔の呼び方でかぐやのことを呼んだ。


来客達のざわめきと興奮が最高潮に達し、もう収拾がつかない………、

誰もがそう思ったその時だった。




「……それが、雪仁(ゆきひと)様のご遺志でした………。」


そう言いながら、一人の初老の男性が、ホールの中央に歩み出てきた。


港川(みなとがわ)??」と、鋭利に体を支えられたかぐやが叫ぶ。


「かぐや様……。これは雪仁様の願いです。残されたお言葉の通り、宍戸家の財産は分配するべきです。」「何を言うの港川!お前も私を裏切るのか!!」


「……申し訳ございません。……私は、誰よりも雪仁様に長く(つか)え、……あの方の夢や願いを近くで見てまいりました……。私はあの方の言葉を裏切ることは出来ません。………かぐや様……雪仁様のご遺志をご尊重ください。何卒……。」

背後の人垣を掻き分けて、メイドが配膳用のワゴンを押して入ってくる。


そこには厨房で使用する太く縦長の調理鍋が乗せられていて、その蓋は厳重に何重ものラップで巻かれていた。


「この……華麗なる(▪▪▪▪)宍戸家に対し、天から与えられた財産(▪▪)は……、宍戸家が独占するのではなく、花を愛する全ての人間が共有すべき………。それがあの方のご遺志です。この代が謳歌した宍戸の庭の繁栄は、一重(ひとえ)にこの夢の肥料(宍戸家の財産)によるものなのです。かぐや様、どうかお願いいたします。これは雪仁様の願いです……。」



「…………………。」



…………はい?


東三条克徳は、呆けた顔をして、ホールの中央に鎮座する、危険な調理鍋を見つめていた。


………だから、僕、春の庭園会には出たくないんだよ……。と、正気に戻った宍戸あきらがブツブツと口の中で呟く。


宍戸さやかは、……財産ってなに?アレのこと?……別にもういいんじゃない?港川も大袈裟ね……。今年からは内緒で私の(▪▪)を実験的に使い始めてるの、私知ってんのよ。なかなかいい結果を出しているそうじゃない。ははあん。このことを知っていたから、私のを使って新しい飼料作りに焦ってたのね……。馬鹿らし。と考えていた。


「………わかったわ……。」


宍戸かぐやが疲れたように猫足の椅子に腰を落としながら言う。

「い、いいのかい?!」と橘鋭利が言う。(……まあ、かなりどうでもいい話だけど……。雪仁とかぐやちゃんの大切な財産であることは間違いなかったからなあ……。やれやれ……。)


「その代わり!!………春の庭園会は、必ず宍戸家を優勝させること!!東三条家や吉城寺家に負けるようなことがあったら、あなたはクビよ!」

「かしこまりました……。」と、港川紀之が深々と頭を下げる。


「な、なにそれ………いらない………。お金をもらってもいらない……」と橘華雅美が呟き、顔を上げると、目線の先には勝ち誇ったようにして笑う彼女の母親がいて、こちらに向かってウィンクをしながら親指を立てていた。


「克徳さん?ちょっと来なさい」と、さやかが東三条克徳の袖を引く。


「は、はい」「いつになったら、あの風船女に絶望を味あわせるのよ?」「え、その、もうちょい甘やかしてからの方がいいかも……」「そう?まあ、いいわ。後でママ(あの人)には私から謝っておくから。……しばらくはあなた、宍戸家に来ない方がいいかも。知ってるでしょ?あの人怒ると怖いから」「はい……」大人しく引っ張られていく東三条家の御曹司を見送りながら、

三上クリスティーヌに連れられた、燕尾服姿の吉城寺紫園が戻ってくる。


「あ、紫園くん!」「あきらさん!ごめんなさい!!」そう言いながら紫園はあきらの胸の中に飛び込んだ。


「ごめんなさい!ぼく、勇気が出なくて……」あきらは、彼の胸で泣きじゃくる幼い少年の頭を抱き締めて、

「……いいんだよ。そもそも、こんな歳で許嫁とか言ってる方がおかしいんだ……。気にしなくていいよ。ゆっくりと大人になっていけばいいんだ……。きっと君の許嫁も…それを待ってると思うよ。」と言って、より強く彼を抱き寄せた。


「あきらさん……。」「ん。」「待っててね。ぼく、きっとあきらさんとお風呂に入ってみせるから……」「ん?」


こうして夜は更けていき、宍戸家の舞踏会(ダンスパーティー)は大盛況(?)のうちに幕を閉じた。


帰り道、雨宮世奈と三上クリスティーヌは、美少女さらい(▪▪▪▪▪▪)らしく、今夜見た美少女達を報告し合い、

吉城寺家のご令嬢もなかなかだったわね、とか、やはり宍戸さやかが、とか、橘華雅美は綺麗ね……とか、話に華を咲かせながら今年を振り返っていくのだった。

次回、『冬休み』

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