井102 舞踏会
今日はクリスマス。
そして今日は待ちに待った宍戸家主催の舞踏会が開催される日。
宍戸に関わりのある者や、親族が、このダンスホールに一堂に会し、一年の労をねぎらい合い、改めて来年に向けて、一族の結束を誓い、絆を深める重要な日。
更に今回は、宍戸家の長兄が許嫁を紹介するとの噂もあり、
興奮した賓客達の熱気で、待ち合い室は暖房の必要がないほどだった。
宍戸家の庭師、港川紀之が、何やら忙しそうに廊下を行ったり来たりしている。今日はいつもの庭仕事の服ではなく、正装に身を包んでいる彼だが、両手に分厚い手袋をして、大きな箱を前に抱えて建物の裏へ回っていく姿が見えた。
「港川さんは忙しそうですね。」
宍戸あきらは、普段は宍戸の人間のみが入れるこの控え室で、三上クリスティーヌと並んで立ちながら、手にしたビスケットを口に入れた。
アールデコの様式を取り入れた、この狭い部屋は、床一面に色違いの細かいタイルが貼られていて、それらは柔らかい天井照明を反射して、一枚一枚が別々な表情を見せていた。
「あきらちゃん、キマッてるわねえ。」
と、クリスティーヌが溜め息をつきながら呟く。
「アハハ、そういう三上さんも、カッコいいですよ?……なんなら後で一緒に踊ります?」
そう言いながら古風な燕尾服に身を包んだ、あきらがクリスティーヌの前に跪くマネをすると、
「ほら、ほら、やめなさい?そういうおふざけは今日はダメよ?」と言って、彼は顔を赤らめながら、あきらを立たせた。
「今日はまだ紫園くんを見かけていませんね?」と、あきらが辺りを見回しながら言う。
「さすがに今日はそうでしょ?あの子、本番であきらちゃんを驚かせようと意気込んでいたからね……。」
「アハハ……それは楽しみだ。……僕、紫園くんのお相手を見るのも楽しみです。まあ、僕が言うのもなんですけど……、彼女がきちんと踊れるか心配ですよ。」
「なに言ってるの!紫園ちゃんは完璧よ?情けないこと言ってないで、あなたもお相手を助けておあげなさい?」
「まあ、本当に僕が助けてあげられるなら助けてあげたいですよ。まあ、楽しむのが一番!と……紫園くんに本番前に会って励ましてあげたかったんだけど……、あー、なんか僕の方が緊張してきましたよ。」
「リラックス、リラックス!!」と言って、クリスティーヌがバンバンと、あきらの背を叩く。
暗くなり始めた窓の外には、明け方まで降っていた雪が積もっていて、宍戸家の庭を真っ白に変えていた。
駐車場はすでに雪かきが済んでいて、多くの高級車が鼻先を並べている。
クリスティーヌは、窓に映る自分の顔を見ながら、「あきらちゃん……女の子ってのはね……好きな人の為なら、全てを懸けて頑張るものなのよ……」と言った。
あきらは、?、?、?、とクリスティーヌの横顔を眺め、
……今の話、何か繋がりのある話題なのかな??と静かに考えながら、彼が見つめる駐車場の方を一緒に見つめてみた。だが、そこにはヒントになるようなものは何も見えず、
あきらはわかったような顔をして、頷いてみるのだった……。
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別棟の応接室で、宍戸かぐやと、旧友雨宮世奈が、ティーテーブルにを挟んで座り、黙って紅茶を飲んでいる。
この部屋の壁には、古い客船にあるような形の擦りガラスの丸窓がついており、それは増築の時に屋外とは繋がらなくなったせいで、ただの飾りになっていた。宍戸邸には所々そういった不要になった施設、意匠が残されており、
訪れた客はいつも、それらの歴史的遺物を興味深そうに見ていることが常だった。
今日の世奈は、1930年代風のパーティードレスを着ていて、綺麗に染めた金髪も、昔の女優っぽくふんわりとセットしてきている。
「あきら君、ますますお父さんに似てきてるわね………。」と、雨宮世奈がシガレットケース風の手鏡を開き、口紅を塗り直しながら呟く。
(フン)と、かぐやが鼻を鳴らす音が聞こえ、静かにティーカップを口に持っていく気配を感じた。
世奈は、なるべくかぐやと目を合わせないようにしながら「さやかちゃんもお父さん似よね……」と言った。
「ところで、雨宮?…あなたの幼稚園は相変わらず繁盛してるの?」と、かぐやがあまり興味ない話題を口にしている風に、棒読みで話しかけてくる。
「おかげさまで。うちの新しい看板アイドルがバンバン稼いでくれていて……。この調子だと来年にはドームで年越しライブが開けそうよ。」
「そうなの?なんか、あなたのとこ、先日問題を起こして、今年のイベントが中止になったって聞いたわよ?」
「まあ、よくご存じで?興味がおありでしたら、うちのメルマガ、毎日送りましょうか?」
「……結構よ。」と、シャンパンゴールドのカクテルドレスのようなイブニングを着たかぐやが、肩についた糸くずか何かを気にしながら即答する。
……しばらく沈黙が続いた後、かぐやがポツリと言った。
「……さやかはね、まだ、あなたの幼稚園に興味があるみたいなのよ……。」
世奈は何と答えてよいか分からず、返事をしなかった。
見上げると、天井には小さなシャンデリアが
輝いており、かつては蝋燭が灯されていた部分にLEDが嵌め込まれているのが見えた。
「……さやかちゃんなら、すぐにトップアイドルの仲間入りが出来ると思うわ……。」 と、 いくら紅茶を飲んでも、一向に潤わない喉からガラガラ声を出して、世奈が言った。
「雨宮、あなた、高校の時も、私に向かってそんなこと言ってたわよね?」
「……あれは、気の迷いよ……忘れて。」
「……とにかく。さやかには不安定な仕事をさせる気はないわ。あと、あの子が大勢の目に晒されるのも不快ね。」
「……さやかちゃんの意思も尊重してあげなさいよ……?」
(フン)と、かぐやは再び鼻を鳴らし、急に立ち上がると、「まあ、今夜は楽しんでいって。私、ちょっと準備があるから、もう行くわね。」と言って部屋を出ていった。
……しばらくして入れ替わりで入ってきたのは、長身の男、宍戸家のご意見番(?)橘鋭利だった。がっしりとした肩幅にタキシードを着て、まるで有名スパイのように颯爽と歩いてくる。
そして世奈の顔を見ると軽く会釈する。
「えーと、貴女は、………確か、かぐやさんのご学友……、雨宮世奈さん、でしたっけ?」
……本当は、はっきり記憶しているくせに、覚えていない振りをする、このタイプの男……、ホント苦手……。世奈は座り直しながら微笑み、「……橘さんでしたよね?お久し振りです。」と言った。
「いつ以来でしたかね?……大学を卒業されて以来?……その後の活躍は伺ってますよ。」
……ほら、やっぱり。よく覚えているじゃない……。
「橘さんがご結婚された時でしたね。奥様はお元気ですか。」
「ああ、元気ですよ。」そこで鋭利は自虐的ともいえる表情で笑った。「最近、妻が口をきいてくれなくてね。……何を怒っているのやら……。」
「はあ。」……知らないわよ。そんなこと。
「娘にも嫌われたみたいでね……。父親ってのはいつも仲間外れなんですよ……。」
そう言うと鋭利は手持ち無沙汰な様子で、部屋にある本棚に向かっていき、まだここに居座るつもりなのか、ハイネの詩集を手に取ると、溜め息をつきながら、それに目を通し始めた。
世奈は「もうすぐ舞踏会が始まりますよ。……私達も会場に向かいましょうか?」と言って、やれやれ……と立ち上がるのだった。
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談話室で、東三条克徳は、正装した姿で、
宍戸さやかの前に立っていた。
「さやか……綺麗だよ。」と克徳が囁くように声をかける。
金に赤い唐草紋様を刺繍した宮廷風ドレスを着たさやかは、長いストレートの黒い髪に大きな金のリボンを付け、背すじをピンと伸ばしたまま、冷たい目で許嫁を見ていた。
「……橘華雅美とは仲良くやっているようね?……感心だわ。あの気持ち悪い女、すっかり克徳さんを信じきってるようね。……どうするの?今夜、あの女を捨てる?演技とは言え、あんまりベタベタしてるのも、そろそろ不愉快になってきたわ。」
「……そうだね。今夜。……僕達のダンスの後、……あの女を絶望の淵に落とそう。」
「いい気味……」と言って、さやかがクスクスと笑う。
「さやか……」克徳がそっと近付いてきて、彼女の肩に触れようとする。
「なに?今、ちょっと忙しいのよ。」と言って、さやかはスマホを確認する。ウフフッ……と一人で吹き出し、何かのアニメのページを見て、無言で画面をスライドさせる。
「さやか、なに見てるの?」
「ん?ディーヴァ公式。更級古卯兎がまた、おかしなことやってるの……」「誰?」「はあ……。こういう時、ジェネレーションギャップを感じるのよねえ……。ま、いいんだけど。大好きよ♡おじいちゃん?」
東三条克徳は、黙って美しい少女のことを眺め、……俺はこの娘をもうすぐ屈服させることが出来るのか…と思うと……興奮でみぞおちが気持ち悪くなってくるのを感じた。
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橘華雅美は、胸の谷間を強調した紫色のベルサイユ調のイブニングドレスを着て、部屋の隅に立ったまま、
……きつく締めたコルセットのせいで座れずにいた。
上階にあるベッド付きの小休憩室のカーテンを締め切って、間接照明のみに照らされた華雅美は、息を潜めて合図を待っていた。
……コンコン…
「華雅美?そこにいるの?僕だよ」
華雅美は、スカートを持ち上げると、そそくさと駆け出し、扉を半分開けた。
彼が入ってきた途端、「克徳さん……」と言って胸に抱きつく。
一瞬怯んだ克徳は、呼吸を整え、華雅美の肩を掴むと、
胸から目を逸らしながら、彼女の身体を引き剥がした。
「お待たせ。………あれは、どこにあるの?」
そう尋ねられた華雅美は、膨らんだ二つの風船の間から、筒状の小さなケースを取り出した。
「な、なんでまたそんなところに入れたんだい……。」と克徳は言いながらそれを受け取る。
「ここを検査できるのは克徳さんだけやさかい……絶対安全かと思うて……。」
「う~ん。どうかな。宍戸かぐやを甘く見ない方がいいな。万一を考えて、もっと別な場所に隠しておこうか。」
「え……克徳さん?あとうちが隠しておける場所って……。」
「華雅美、君、まだ当然、ショセフ・ジョースターの奇妙な冒険だよね?」
「……はい。ショセフ・ジョースターです。」
「じゃあ、前は無理か。それなら隠すのは後ろのクリサンセマム・ゲート(略してマムゲ)かな。宍戸かぐやも、さすがにそこまで確認しないだろう。」
「………はい。克徳さんがそう言いはるんでしたら、………そうします。それに……うち、
……奇妙な冒険をして、それを前にしまっておけるようにしてもらっても構いません………。」
「いや、待てよ。」と克徳は、小さな声で喋る華雅美を無視して「それでも安心できないかな………。やはり裏をかいて、その大きな西瓜に挟んでおこう。」と言って、改めて筒の中身を確認し始めた。
「…………ねえ、華雅美。これが持ち出されてるってこと、君のお父さんは本当に気付いてないんだよね?お母さんは大丈夫?鋭利さんに言ってしまったりしない?」
「それは、ないと思うわあ。」と華雅美が言う。「ママ、相当怒ってはったから。パパが宍戸かぐやに仕えるのをやめることを条件に、結婚を承諾したのに、……全然、そんなことあらへんかったわけやし。……正直、宍戸雪仁が死んだ後、宍戸の家族には同情して我慢してた部分もあると思うんよ………。それが、今回の件で爆発したと言うか……。この宍戸雪仁の遺書の内容を見たうえでなお、うちにこれを託すやなんて……。
ママは本気で、宍戸家を潰そうと思うてはる……。」
東三条克徳は、テープで補修された遺書に、もう一度目を通し
「それじゃ、僕達も遠慮なくいかせてもらおうか……。」
と呟くと、丁寧にそれを丸めて筒にしまい、「はい、華雅美。」と彼女に向かって差し出した。
「…………。」
「華雅美……?」
橘華雅美はドレスのスカートを腰まで捲り上げ、ベージュ色のドロワーズを太ももまで下げて、
後ろを向いて大きな西瓜二つをこちらに向けて突き出していた。
「いや、やっぱりそっちは、さすがに取り出しにくいから……さっき後ろの穴じゃなくて、上の方にしようと言ったはずだけど……」と克徳が言うと、華雅美が
「ご、ごめんなさい、克徳さん……。私、自分が情けない………。克徳さん……?こ、こんな馬鹿な私のお尻を……、ペンペンしてくれはりますか……?」と、切なそうな声で言った。
克徳は、一度目を閉じて燕尾服の胸ポケットから手袋を取り出すと、
無言でそれを装着し、
……ベッドの横に立て掛けてあった靴べらを手にして、ゆっくり戻ってきた。
そして、それを白く浮かび上がった丸い肉塊に向けて、ピシリと振り下ろすと「馬鹿な女め……」と囁き、何度も何度も、表面が赤く腫れ上がるまで……、不ケツな脂肪を叩いてやるのだった。
次回、『紫園のワルツ』




